けん玉とバレロ
日本とメキシコそれぞれの国の伝統玩具であるけん玉とバレロは共通点が多く、どちらもテクニックと集中力が必要な遊びである。 けん玉 原産国:日本 素材:木製 特徴:十字状の「けん(剣)」と穴の空いた「玉」で構成される伝統的な玩具。 テクニック:バランスよく玉を皿の上に乗せたり、けん先に入れたりして遊ぶ。 歴史:アイヌ民族によりもたらされた、何百年も前から日本に伝わる伝統玩具。 風習:現代でも老若男女問わず親しまれており、けん玉の特別授業を行っている小学校もある。 BALERO 原産国:メキシコ 素材:木製 特徴:「頭」と呼ばれる底に穴があいたパーツと、持ち手となる棒状の2つのパーツからできており、様々な大きさのバレロがある。 テクニック:頭部分の穴に棒状の先を入れる。 歴史:プレヒスパニック期にメキシコ原住民マヤ族がガイ骨を用いてバレロに興じていたことが起源だとされている。 風習:現代ではバレロを始めとする伝統玩具で遊ぶ子ども達が減少している。
クリスマスフラワー
ポインセチアは11月から12月にかけて葉が美しく色づくため、世界中でクリスマスプレゼントとして人気がある。 ポインセチアはメキシコが原産で、冬の季節に葉っぱが赤く染まることから、クリスマスを彩る植物として重宝されています。 アメリカやヨーロッパの国々でも大人気のポインセチアは、メキシコから大量に輸出されています。 古代アステカ人のナワトル語では、「枯れた花」を意味しました。 ポインセチアには約20種類もの品種があり、赤色、黄色そして白色の葉もありますが、オーソドックスで鮮やかな赤色が一番人気があります。 メキシコの冬にはこのポインセチアが欠かせず、植物園やスーパー、そして路上でも色とりどりのポインセチアが販売されています。値段は種類や大きさによって20ペソから250ペソまで様々です。 ポインセチアの育て方 室内室外どちらでもよい 犬や猫などペットが口にすると中毒症状を起こす危険があるため、手が届かないところに置く 日当たりの良い場所に置く 3日に1度、土が乾いてから水をやる 水やりの際、色落ちの原因になるため赤い葉の部分には水をかけない 過湿を嫌うため、水を与えすぎた場合は取り除く カビ予防のため湿気の少ない場所を選ぶ クリスマス時期が終わると、赤い葉っぱの部分を剪定することで枯れないようにする
団結力を要する駅伝
533チームの各第1走者が「たすき」を胸にかけ、駅伝大会がスタートしました。赤いたすきを受け渡しながらリレーを繋いでいくこのマツダ駅伝大会は、チーム全員のサポートと団結力が試されます。自分自身への挑戦であると同時に、チームへ貢献するレースでもあります。今年は533チームの参加者が、メンバーが待つ次の地点までそれぞれの区間を全力で走り抜けました。 チームワークが欠かせないこの駅伝レースは日本が発祥で、グアナファトでも少しずつ知られるようになりました。マツダメキシコ社では5年前から駅伝大会が開催されており、年々参加者数も増加しています。 今回はマツダ社の社員を始め、同業者やサプライヤーを含む日本人そしてメキシコ人総勢3,300人ものランナーが参加し、団結力を発揮しました。
優秀な人材を求める日本企業
日系企業が主催する就職フォーラムに1875人が来場 先日メキシコ商工会議所がレオンで開催した就職フォーラムには、日系企業への就職を希望するメキシコ人が一日で1875人も来場しました。 4回目の開催となる今回のフォーラムには、自動車関連産業に興味のある女性730人の参加も目に留まりました。 19歳から40歳までの求職者を対象に日系企業18社が集まり、各企業の説明会が行われました。 また、参加者の内訳は学生277名、転職希望630名、失業者968名で、日系企業に対する学生からの関心の高さもうかがえました。 企業側は、テクニシャン、製造ライン作業員、エンジニア、通訳者、営業、経理、そしてインストラクターまで74種の多様な職種を募集しています。 グアナファト州ではイラプアト、グアナファト、シラオ、そしてセラヤなどのt都市から雇用を求める人々がレオン・ポリフォルムに集まり、州外からもケレタロ、メキシコシティ、ハリスコ、オアハカ、ナヤリ、ミチョアカン、サン・ルイス・ポトシ、そしてサカテカスなど遠方の州からも日系企業への就職を希望する人々が来場しました。
第4回: 会社のお金
メキシコ人の考える“お金の遣い方” 筆書「現役通訳夫婦が見たメキシコ自動車産業と今後」では多くの共感・納得の声を頂いていますが、本シリーズは著書に書き切れなかったこぼれ話&メキシコ人向けの内容でお届けしていきます。 第4回目は「会社のお金」、つまりお金の使い方や金銭感覚についてです。メキシコ人も日本人も自分のポケットマネーだったら財布の紐を引き締める行為は同じですが、会社のお金だと大分話が変わってきます。 全体的に言える事は、メキシコ人は会社のお金を「賢く」使うというよりは、「自分の仕事を楽にする」為に使う事に重きを置いています。例えば、何か設備を購入しようとしたら「ちょっと高くても」性能の良いもの、最新技術のもの、付帯設備を付けるなどです。もはやそこには「費用対効果」や「長期視点での回収」は希薄な場合が多いです。 何故かというと、「自分達の雇い主はお金持ちだ。だから彼らのお金を使う罪悪感を覚える事は無い、彼らはこの投資で今以上に儲けるだろうから」という外国資本に搾取され続けている歴史が生んだ考え方があるからです。 全てのメキシコ人がそうではありませんが、貴方も思い当たる節がありませんか?
子ども達に毎年贈り物を届ける三賢者
メキシコで毎年祝う三賢者の日は良い子のもとへ三人の賢者から贈り物が届く日で、子ども達のお気に入りの祭日である。この習慣はスペイン発祥だが、今ではメキシコに深く根付いている。 新約聖書ではイエスの誕生時に東方から三賢者が拝みにやって来て、贈り物を捧げたと言われています。他の国々がクリスマス時期にプレゼントを交換していたように、スペインでもこのカトリックの言い伝えに由来してクリスマスには子ども達にプレゼントを贈ることが習慣となりました。 現在では三人の賢者はメルチョル、ガスパル、そしてバルタサルとして知られています。それぞれが異民族を代表しており、メルチョルはヨーロッパ人、ガスパルはアジア人、そしてバルタサルはアフリカ人です。 スペイン征服と共にこの習慣はメキシコへも渡り、今ではこの三賢者からプレゼントをもらえる子ども達の大切な伝統行事となっています。 1月5日の夜、子ども達は就寝前にクリスマスツリーの根元、又は家の玄関に欲しいプレゼントを書いた手紙を置いておきます。あるいはヘリウムガス・バルーンに手紙を付けて空へ飛ばす子ども達もいます。 たくさんのプレゼントを届けるのに疲れた三賢者のために、ミルクとクッキーを用意する家庭もあります。 三賢者は皆が寝ている間に贈り物を届け、子ども達は早朝目覚めると一目散に 新しいおもちゃを探しに走ります。 三賢者の習慣はとても面白く彼らは非常に寛大なので、日本人の子ども達にもきっとプレゼントが届くことでしょう。 三賢者のリースパン プレゼントが届いた1月6日には、大きなリースパンとホットチョコレートを食べるのが習慣となっている。 家族や友人が集まり、大きな輪の形をしたパンを自分の食べ分だけ順にカットしていく。パンの中にはイエスの形をしたプラスチックの「人形」が何体か入っており、自分のパンの中から人形が出てきた場合は2月2日に皆にタマレス(潰したトウモロコシを蒸した料理)を振舞う。 この習慣は皆で一緒に時間を過ごすのが目的なので、学校や職場行われることもある。
アパセオ・エル・グランデで トヨタ操業開始
グアナファト州アパセオ・エル・グランデにて、遂にトヨタが今年12月に稼働を開始します。投資額は9億4700万ドルで、グアナファト工場では国内そして輸出マーケットに向けてピックアップトラック「タコマ」が生産されます。 2016年11月にアパセオ・エル・グランデでのトヨタ新工場建設が発表された当初は小型車「カローラ」の生産が計画されていましたが、アメリカでドナルド・トランプ大統領が就任した後に生産車種が「タコマ」に変更されました。 年間生産台数は約10万台で、約2000人の雇用が見込まれています。 グアナファト州経済開発庁は、トヨタの稼働に向けて地域の225名を対象にした特別研修をサポートしてきました。 トヨタメキシコ社データ 生産車種:ピックアップトラック「タコマ」 生産台数:年間10万台 投資額:9億4780万ドル 従業員数:約2000人 用地面積:約607ヘクタール 工場面積:18万平方メートル
三船敏郎:日本人原住民
スペイン語が話せないにも関わらず原住民役としてメキシコ映画の主役を演じた日本人俳優。当時のエピソードをご紹介。 今から58年前「価値ある男」というメキシコ映画で、三船敏郎さんは飲んだくれで無責任な農夫役を演じました。 1961年4月に映画の撮影でメキシコへ渡った三船さんが着物姿でメキシコ空港に降り立つ姿を、当時多くの新聞社が取り上げました。 渡墨した際の記者会見で三船さんは、スペイン語が全く話せなかったため映画でのセリフは全て丸暗記をしたと話していますが、三船さんの「独特なアクセント」により、最終的にはネイティブによる吹き替えが使われました。 三船さんの映画出演料は1万ドルで、その頃の相場に比べると低めだったそうです。 三船さんがメキシコ映画に出演する(1961年5月オアハカで撮影開始)という珍事は、当時メキシコ映画の国際化を模索していたイスマエル・ロドリゲス監督のアイデアにより始まります。 「三船敏郎さんを探しに日本へ渡りました。」と語るロドリゲス監督は長い交渉の末に三船氏を説得し、あの飲んだくれの原住民農夫が誕生したのでした。 そして映画公開から1年後に、外国語映画賞としてゴールデングローブ賞とオスカー賞にノミネートされました。 三船さんの心にはメキシコでの思い出が刻まれていたのではないでしょうか。帰国後に三船さんから届いた手紙にはこう記されていました。「メキシコの地でメキシコ人の皆さんに出会うことができ、とても嬉しく思います。私の母国日本と同様にメキシコを尊く、恋しく思います。」