ココ・メキシコを創刊したエウニセ・メンドサ編集長は、ラテンアメリカで独立メディアを創設した女性リーダーを対象とするビジネスメンタリングプログラム、「Metis2021世代」のメンバーに名を連ねる。 イベロアメリカでメディアを設立する、女性ジャーナリストの支援機関であるSembraMediaは、Google Newsイニシアティブの協力を得て、持続可能なビジネスモデルを開発するためのプログラム、Metis を3年連続で募集しました。 ラテンアメリカでメディアを創立した女性、140人以上がこのプログラムに募集し、その中でわずか10人が選出されました。ココ・メキシコはその中の一つです。 選出された女性創設者たちは、各プロジェクトを持続可能な道へ導くためのメンタリングコースを6カ月間受講することができ、更に国際的リーダーとのネットワークを構築しているコミュニティ、「メティス」に参加することが出来ます。 「Metis2021世代」のメンバーには、ココ・メキシコの創設者、エウニセ・メンドサを含む3人のメキシコ女性の他に、アルゼンチン、ボリビア、チレ、コロンビア、ホンデュラス、そしてドミニカ共和国などの女性ジャーナリストも選ばれています。
マツダサラマンカがグアナファト州の教育事業を支援
マツダは学生や教員のサラマンカ工場見学、さらに社員の子弟を対象とした学習プログラムを社内で提供する計画を進めている 地域貢献を目指すマツダ社は、グアナファト州教育省と連携し、若い学生のための教育プログラムを強化していく意向です。 その一環として、対面式の活動が再開した際にはマツダサラマンカ工場への見学者を受け入れ、自動車生産工程を学べる機会を設けます。 また新たな試みとして、グアナファト州の学生や教師のキャリア形成を支援するため、さまざまな教育レベルに合わせた研修や学術文化交流なども計画されています。 グアナファト教育省は、マツダ社員の子弟が必要な教育プログラムを検討し、州のキャリア形成促進へ繋げていく考えです。 会合には、ホルヘ・エンリケ・エルナンデス グアナファト教育相、岩下卓二マツダ社長兼CEO、そして水谷智春 特別顧問が出席し、活動の実現に向けて作業部会を開くことで合意しました。
東京オリンピックにグアナファト出身アスリート6名が出場
グアナファト出身アスリートが東京オリンピック2020+1、そしてパラリンピックに出場し、メキシコを代表して自転車競技、陸上、飛び込み、パラ水泳に参加する。 陸上競技 東京オリンピックへの切符を最初に手にしたのは「ラ・ガセラ」の愛称で知られている陸上選手、ラウラ・ガルバン。アメリカで行われた陸上競技会、ゴールデン・ゲームズ・アンド・ディスタンス・オープンに出場し、5000mの種目で15分02秒48を記録し、オリンピック出場権を手にした。ラウラ・ガルバンはグアナファト州都の農村部の出身。 自転車競技(マウンテンバイク) 2番目に東京オリンピック出場が内定したのは、マウンテンバイク競技で国を代表するヘラルド・ウジョア・アレバロ。チェコ共和国で開かれた大会では金メダルを獲得するなど、数々の国際大会で成功をおさめ、国際自転車競技連合(UCI)が発表するランキングでは552台中28位にランクインし、オリンピックへの出場権を得た。昨年はグアナファト州スポーツ優秀選手賞を受賞している。 飛び込み競技 メキシコ飛び込みチームの強化選手に指定されているアランサ・チャベス・ムニョスは、飛び込みメキシコ選手権板飛び込みの種目で1位を獲得し、オリンピック出場を決めた。5回の試技で合計325.90点をマークした。 パラリンピック グアナファトの歴史上初めて、3人のパラリンピック選手を派遣する:フアン・ホセ、そしてラウル・グティエレス・ベルムデス兄弟に加えて、ヘスス・エルナンデスも出場。パラ水泳に参加する3名は、先日キンタナ・ルー州カンクンで行われた第9回パラ水泳オープンでオリンピック出場が確定した。
友愛の壁画が完成
東京オリンピックはメキシコと日本を結ぶイベントでもあります。グアナファト州と友好都市関係にある広島県は、事前キャンプ地としてオリンピックに出場する全メキシコ人アスリートを迎え入れます。 2017年に、広島県はメキシコ選手団を受け入れることを発表し、県内10か所がホストタウンとして登録されました。 そして、歴史的な出来事を記念して壁画を描くというメキシコの伝統文化に従い、メキシコオリンピック委員会事務所で壁画の完成式が行われました。このプロジェクトの総括責任者であるミノル・アレハンドロ・グティエレスさんはイベントで、「言語の枠を超え、両国間のこの歴史的な出来事を象徴する記録を壁画に残したい。」と語りました。 この壁画の制作者は、30年の経験があるアドリ・デル・ロシオさんとカルロス・アルベルトさん兄弟です。
水谷前社長がメキシコ人従業員のレベルの高さを称賛
マツダサラマンカ工場で5年間社長職を務めた水谷前社長は、メキシコ人従業員のレベルが世界で通用するレベルにあると述べ、分野によってはサラマンカ工場が日本の工場より優れているところもあるとインタビューで言及した。 1.マツダサラマンカ工場での最大の功績は? 一番の功績は、全ての弊社従業員の皆さんの功績です。彼らの努力のお陰で、日本の本社工場と同等レベルの品質や生産効率を達成することができました。分野によっては、サラマンカ工場のレベルが日本の本社工場よりも上であると思っています。 2.世界の自動車産業にとってマツダサラマンカ工場とは? この工場はマツダの海外生産拠点の一つですが、非常に明確な戦略の下で建設されました。アメリカに向けて自動車を生産・輸出するだけでなく、メキシコが参画して締結されている諸自由貿易協定を活用して、世界のさまざまな市場へ輸出できるという利点があります。 3.メキシコの何が恋しくなるでしょうか? メキシコを代表するお酒であり、私も大好きなメスカルです。 4.スーツケースの中にメキシコから持って帰る物は? お土産に頂いたテキーラ2本とメスカル1本です。 5.メキシコでの生活で学んだことは? メキシコ人はみんな陽気で、道端で知らない人同士でも挨拶をしています。メキシコで学んだ良い点の一つです。 6.今後の仕事の計画は? 日本へ帰国後は退職して隠居生活をしようと思います。もう働きません。 7.メキシコでの生活についてマツダサラマンカ工場の新社長にアドバイスしたいことは? 州レベル・市レベルの政府機関の方々との良好な関係構築と維持をするべき、と私から岩下さんへはアドバイスとして伝えました。 8.最後にお別れの言葉を一言お願いします。 この5年間私を支えてくれた全てのメキシコ人、そして何よりグアナファト日本人学校開校の際にお世話になった方々に感謝申し上げます。 日本人学校設立は、イラプアト市、グアナファト州の政府関係者、そして出資者の方々から多くの支援を得た素晴らしいプロジェクトでした。 発案から学校建設までわずか1年半という、例外的な速さで達成することができました。これだけの速さで学校が立ち上がる、というのは本当に異例です。 9.いつかメキシコに戻ってきますか? はい、メキシコの永住権も取得しているのでまた訪ねてくると思います。 訂正とお詫び ココ・メキシコ 5−6月号の記事で、マツダサラマンカ歴代社長の表記に誤りがありました。謹んでお詫び申し上げますとともに、下記の通り、訂正させていただきます。 マツダサラマンカ歴代社長: 江川恵司氏(2011-2016年) 水谷智春氏(2016-2021年) 岩下卓二氏(2021年〜)
「世界一の工場を目指す」マツダサラマンカ岩下卓二社長
マツダサラマンカ工場の新リーダー、岩下社長は大のクルマ好きであり自動車業界におけるエキスパートである。同工場の競争力を高め、世界のトップレベルへと引き上げる決意を胸に着任された。 今回マツダサラマンカ工場で行われたココ・メキシコのインタビューの中で、岩下社長はメキシコ人の手により生産されたマツダ車はメキシコ人消費者にもっと還元されるべきだとする地産地消の重要性を強調しており、「メキシコ国内市場の拡大により貢献すべきである」と感じているそう。岩下社長はまた、マツダサラマンカ工場のリーダーとしての役割を受け入れるにあたり、メキシコでの挑戦などについて語ってくれた。 1.マツダサラマンカ社長としての感想は? 非常に光栄に感じております。MMVO(マツダデメヒコビークルオペレーション)は操業開始から7年で累計生産台数100万台を誇る会社で、5500名以上の従業員を抱える大規模な組織のリーダーという任務に就けたことを大変幸運に思います。 私は、人生において経験するどんな仕事も決して無駄ではなく、自己成長につながる学びがあると感じています。今回の新しい役職は、これまで面識のない人々と新たな関係を構築していく機会に恵まれていると考えます。 また、単に社内での社長という役職に就くだけでなく、地域社会への貢献やメキシコ在留邦人コミュニティへの支援なども積極的に行っていきます。 2.社長就任以前の役職は? メキシコ赴任前はマツダ社の経営企画部門の本部長としてとして日本で勤務していました。マツダ全社の短期、中期 戦略や計画の策定を担当し、同時に他企業との新たなビジネスパートーナーシップの構築も担っていました。 これまでの仕事は生産とはあまり関わりのない部門だったのですが、現在の役職では日々生産に携わっている従業員と間近に接することになるので、私にとっては新しい経験です。 3.自動車産業に従事することになったきっかけは? マツダ社へ入社して30年になります。理由は大きく分けて二つありますが、一つは自動車産業が日本の主要産業であること、もう一つは以前から無類のクルマ好きだったことです。 4.マツダ車の中で一番好きな車種は? 私にとって象徴的な車は間違いなくマツダMX5で、入社して最初に購入した自動車です。MX5は二人乗りなのですが、当時は独身だったので問題ありませんでした。運転していてとても楽しい車で、乗っていて走る歓びを感じる事が出来ました。今でも大好きな車です。 自分の家庭を持つ今となっては、このような二人乗りの車は買い難いですね。 5.メキシコで驚いたことは? メキシコ人がこんなにも細かい所まで気配りをされる人々だとは正直に言って想像していませんでした。また 突然様々な事が起こるので驚いています。日本では事前のかなりの準備を経て、1つ1つ意思決定をしていくことが多いですが、メキシコでは柔軟性と臨機応変に対応していくことが多い気がします。 例えば、先日ロス・ブラボスの野球場への訪問がありました。当初は観戦のみの予定だったので、リラックスして心躍らせながら球場へ向かいました。すると突然その試合の始球式を依頼されたのです。多くの観客の前で、しかも25年ぶりに野球ボールを手にしてとても緊張しましたが、無事に大役を終える事も出来、とても貴重で楽しい経験になりました。 6.ご自身の性格をどうお考えですか? 私は自分をとても楽観的な人間だと思っています。何か上手くいかない事があっても、マイナスな感情を長くは引きずらない性格です。 7.マツダサラマンカ工場で成し遂げたいことは? メキシコ工場はマツダグループ全体のグローバル生産拠点です。わずか7年間で要求されている品質レベルへ達することができました。今後はもっと国内市場、すなわちメキシコ国内市場への貢献を強化していくべきだと考えています。 モノ造りには地産地消という考え方がありますが、この考えをこれまでよりも一層強化していかなければなりません。 自動車メーカーとして、メキシコはとても要求レベルが高くチャレンジングな市場です。しかし、それを認識した上でメキシコを拠点とする日系企業として、メキシコ国内市場にさらに貢献していくことが我々の次なる挑戦です。 8.グアナファトの市民がマツダサラマンカ工場に期待できることは? グアナファトの皆さんのためにマツダは貢献し、利益をもたらせる事が出来ると思います。そのためにはマツダという会社が継続的に成長し、存続し続けていく事が必要になります。強い企業体質を維持しながらさらなる競争力の向上に努めていきます。 また、地域社会に貢献し、利益をもたらしていくことも重要だと考えています。今後も駅伝大会や社員のためのファミリーデーなども含め地域社会の交流を考えていきたいと思います。 パンデミック以前には、工場見学の訪問者やインターンシップの学生なども積極的に受け入れてきました。今後も地域のさまざまな分野で活動を推進していく考えで、既に州の関係機関とも会合を行い、どのように協力ができるかを模索している段階です。 マツダサラマンカ工場は地域の人々に信頼される企業を目指しています。 9.マツダサラマンカ工場の社員の皆さんへ一言 マツダサラマンカ工場の品質レベルはかなり高く、すでに日本の品質レベル基準に達しているということを、まず社員の皆さんに知ってもらいたいと思います。日本の本社工場よりも優れている分野があるほどです。このわずか7年で達成してきた全ての事に自信を持ってください。 今後は、直面するさまざまな挑戦を一緒に乗り越え、全世界のマツダグループ内でナンバーワンの工場を目指していきましょう。私たちにはその目的を達成する力があると確信しています。
OGPIはプエルトインテオールの企業を代表する団体です
OCPIの委員会には日本人メンバーも含まれており、統合やコミュニケーションの促進につながっている。 プエルトインテリオールに入居する企業に、法的安定性と代表性を確立するため、5年前にグアナファトプエルトインテリオール協会(OGPI)を立ち上げました。この協会により、セキュリティ、公共照明、清掃、道路や緑地のメンテナンスなどのサービス運用費用を管理しています。 アメリカ系企業Orbisのディレクターでもあるアルベルト・ソトOPGI会長は、インタビューでこう述べています。「この協会は、プエルトインテリオール内の企業それぞれが、更なる利益を得られるよう便宜を図ることが目的です。様々な企業の代表による委員会を設け、プエルトインテリオールの運営がうまく機能するように活動しています。」 プエルトインテリオール内に拠点を置く120社以上の企業は、最先端のインフラ整備のもとで安全で清潔な会社運営が実現できています。 「OGPIは州政府と協力し、各企業がさらに規模を拡大しながら発展するために尽力しています。プエルトインテリオールの統合を実現するためには州政府の支援が非常に重要です。」 日本コミュニティの加入 OGPI会長としてのアルベルト・ソト氏の目的の一つは、日本人を協会に参加させることでした。「プエルトインテリオールでの日本コミュニティの影響力は非常に大きいので、協会の活動にも関与してもらえるよう働きかけました。」 現在、デンソーの社長も委員会の一員に名を連ねています。 「また、在レオン日本総領事もプエルトインテリオールの活動に大きな関心を持たれており、お力添えをいただいています。OGPIの活動に日本人が参加することには大きな意義があります。私たちの役割は労働問題において企業を支援し、また工業団地内の産業界全体から提言を受けることです。」 安全第一 OGPIのもう一つの役割は、プエルトインテリオールの安全性を維持することです。 「安全が第一なので、州政府と提携を結んで治安を守っています。さらに、民間警備会社とも別途契約を結んでおり、独自のセキュリティ戦略もとっています。」 エネルギーと蒸気の発電 プエルトインテリオールでは、エネルギーと蒸気を共に発電するプロジェクトを推進中です。現在はCFEシラオからのエネルギー供給のみですが、「CFE一社だけに依存するべきではないので、規則に則って発電と蒸気を供給するサプライヤーもう一社と契約する考えです。生産過程で蒸気とエネルギーの両方を使用する企業もいくつかあります。」とOGPI会長は述べています。
「プエルトインテリオールは、芦森メキシコの発展と成長の基盤」
芦森メキシコは、自動車安全部品(シートベルト、エアバッグなど)を製造する日系企業で、9年前からプエルトインテリオールに生産拠点を置き、事業規模を拡大してきた。 小山昭則社長は、プエルトインテリオールに拠点を置くことは芦森メキシコにとって大きな戦略的メリットであると述べた。 1. 芦森工業はいつプエルトインテリオールに工場を新設しましたか? 2012年に第1工場の建設を開始しました。同年の12月10日に、(芦森) 本社役員、プエルト・インテリオール代表、シラオ市、グアナファト州政府代表も出席の下、開所式を行いました 2.これまで芦森工業がどのように発展してきたのかお聞かせください。 芦森工業は1878年に創立され、自動車部門では50年の歴史があります。芦森メキシコは、アジア域外で初の生産拠点となります。メキシコ工場の立上げ時の初期メンバーは、ベテランと若手から成る意気込みを持った18名で、その大多数は女性でした。芦森の姉妹工場の1つであるタイ工場への研修も実施しました。2013年に最初の量産を開始ましたが、オペレーターも大多数は女性です。芦森は、組立て作業における女性の能力の高さを認識しており、人の安全を守る部品製造メーカーとしての存在意義の1つであると考えています 3.メキシコ工場では、生産量、雇用数、インフラ整備など、それぞれどのように変化してきましたか? 目下の経済的ショックにはありますが、芦森メキシコは顧客との関係を強化しています。設立当初よりビジネスの規模も拡大し、現在では従業員も420名まで増えました。現在でも、従業員の半数以上は女性です。今後も、市場、顧客と共に発展して行きたいと考えております。 インフラ面では、2018年に第2工場を設立しました。この第2工場は中々他に類を見ない、4階建てです。これにより、土地の有効活用、製造スペースの清潔感を維持することができております。また、第1工場でのスペースを有効活用し、内製で樹脂成型も開始しました。市場、顧客に新たな付加価値を提供できると考えております。また、第2工場にはソーラーパネルを設置し、これにより年間電力消費の約50%は自社再生エネルギーにてまかなえています。芦森は環境対策を今後の重要取組み課題の1つとして認識しております。 4.プエルトインテリオールは芦森メキシコの成長にどのように寄与してきましたか? プエルトインテリオールは、芦森メキシコの発展と成長の基盤です。芦森メキシコのメキシコ国内の顧客はバヒオ地区に所在し、ロジスティクスの面でもプエルトインテリオールに所在することは戦略的に非常に理想であると考えております。また、プエルトインテリオールによる、企業/従業員支援、サポート体制も非常に心強く、病院や宿泊施設、レストランなども充実しコミュニティーとしての発展も目を見張るものがあります。 GPI祝15周年 益々のご発展をお祈り申し上げます
「GPIはラテンアメリカ唯一のビジネス都市」:ルイス・キロス
メキシコ国内では最も完成度が高く、ラテアンアメリカでも他に類を見ない工業団地であるグアナファトプエルトインテリオールは、設立15周年を迎えた。 8年前からディレクターを務めているルイス・キロス・エチェガライ氏は、プエルトインテリオールの統合について語ってくれました。 「プエルトインテリオールはラテンアメリカ唯一のビジネス都市です。グアナファト州の経済発展と企業誘致の先駆者であり、他の工業団地からもロールモデルとしてみなされています。」 「誘致した企業を原野のような場所ではなく、設備が整った工業団地へ受け入れることができたという実績を誇りに思います。団地内のサービス体制、セキュリティなど、投資につながる環境が整備されています。」 過去15年に渡るプエルトインテリオールの道のりはチャレンジングでした。 当初はこのプロジェクトに対する不信感も強かったのですが、今ではラテンアメリカを代表する工業団地へと成長しました。 「このプロジェクトは、多くの企業と政府機関との協働で発展してきました。10億万ドル近くの資金がプエルトインテリオールに投じられたのは、すべての人々にとって成功を意味します。ここは政府機関ではなく、独自の経営を行う分散型のオフィスで、起業家と連携しながら事業を進めています。」 このように、メキシコで最初の工業都市であり、ラテンアメリカで指標とされているこの工業団地は、グアナファトプエルトインテリオール機構(OGPI)によって管理されており、多くの企業に信頼と安心をもたらしています。 グアナファト州にある他の工業団地の大半も、この構造を手本としてきました。 「すでにプエルトインテリオールに入居している企業が、それぞれの事業を拡張していくサポートをすることが我々の主な役目であり、それがこのビジネス都市の発展につながっていくのです。」と、キロス氏は述べました。 日本企業との連携 プエルトインテリオール内の日系企業の割合は50パーセントを超えており、非常に大きな存在感を示しています。 「我々は何人かの日本人ビジネスリーダーと共に活動してきました。現に日本人実業家の一人はグアナファトプエルトインテリオール機構(OGPI)評議会のメンバーです。」 「また、現総領事の役割は不可欠で、常に行動を共にしています。総領事はラテンアメリカでの長年の経験があり、我々の特異性をよく理解されています。」と、ルイス・キロス ディレクターは、インタビューで語ってくれました。 OGPIとは? プエルトインテリオール内のリソース、企業間のコミュニケーションをOGPI(グアナファトプエルトインテリオール機構)を通して管理することで、それぞれのニーズを把握し、サービスの充実を図る。 OGPIは一つの管理体制である。
Hitachi Astemoがプエルトインテリオールでの生産拡大
Hitachi Astemo Silaoは、プエルトインテリオールで成長率が高い日系企業の一つである。800名以上の従業員を抱えるこの自動車関連会社では、生産量が増加傾向にある。9年前の会社設立時はパワーステアリング1モデルだけの生産だったが、来年には4モデル目が生産開始される。 プエルトインテリオール工場の斎藤雅章社長が、今回ココ・メキシコのインタービューに応じてくれた。 Hitachi Astemo Silaoについて教えてください。 2012年に㈱ショーワが創業したパワーステアリングシステム製造販売の会社で、2021年4月に社名を変更し、現在の名前になっています。現在の従業員は約800名です。 なぜ、プエルトインテリオールを選びましたか? 州政府の支援があり、インフラも安定しており、設立当初は治安も悪くは無い地域でり、メキシコへの最初の拠点進出としては、最適であると判断しました。 設立してからどのように会社は成長しましたか? 設立時は、1モデルだけの生産販売でしたが、現在は3モデルの生産販売を行っており、来年には4モデル目の生産が開始されます。 これまでのプエルトインテリオールの発展についてどのような意見をお持ちですか? 州政府の支援より海外企業にとって進出しやすい環境であり、多くの優良企業が進出する事により更に進出しやすい環境が整い大きな発展をしてきたと思います。物流において、近隣の空港と税関を有効に使えて、45Dへのアプローチが改善されれば更に充実すると思われます。 プエルトインテリオールの競争上の利点は何でしょうか? 州政府の大きな支援と事業展開に必要なインフラ整備はもちろんの事だが、その他の宿泊施設、病院等々が充実していることと、45号線、エフェメトロポリターノと大量輸送に適した道路が整備されている事が利点と認識しています。