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・「Prometheus」が国際技術コンテストに出場

グアナファト産ロボット「Prometheus」が、国際技術コンテスト「ANA Avatar Xprizer」のセミファイナリスト38チームに選出された。 Prometheusは、イラプアト企業インビオロイドがグアナファト在住の学生の協力を受けて開発された。 このロボットは被災地や感染症流行地域の補助を行う目的で開発された初めてのロボットで、危険性の高い場所での清掃作業、メンテナンスなど人間には困難な活動を遂行できる。 国際技術コンテストには、日本、アメリカ、ヨーロッパ、アジアなどから多数出場しており、Prometheusはメキシコから参加した唯一のロボットである。 9月にフロリダ州マイアミでセミファイナルが行われる予定で、ファイナルへの進出を狙う。優勝賞金は1000万ドル。 ・EDUCAFINが日本留学プログラムの募集を開始 グアナファト州政府はEDUCAFIN(グアナファト州教育情報助成基金)を通じて、広島県の高校へ留学を希望する学生を募集。選考合格者はIBワールドスクール認定校である広島叡智学園にて就学する。 応募資格はグアナファト州の学生で、海外留学を体験したい人。 詳細はEDUCAFINのウェブサイトwww.educafin.com (応募締め切り日は6月20日、又は応募者が定員100名に達し次第募集を終了)。 ・マツダ・サラマンカ工場に新社長就任 ディエゴ・シヌエ・グアナファト州知事、並びにマウリシオ・ディアス経済開発省長官は、今回新たにマツダ・サラマンカ工場の社長兼CEOに就任した岩下卓二氏を歓迎した。 同時にサラマンカでの5年間の任期を終えた水谷前社長には、その功績をたたえ、謝意を述べた。

コロナワクチンを求めてアメリカへ 渡るメキシコ人

メキシコでは旅行会社が、アメリカ行きの新型コロナワクチン接種ツアーを企画 メキシコ国内では新型コロナウイルスワクチン接種の進展が遅れているため、ワクチンを受ける目的でアメリカを訪れるケースが増えています。 特に60歳以下のメキシコ人実業家、又はアメリカに親族がいるメキシコ人は、早くワクチンを接種することで感染への不安を取り除きたいとアメリカへ渡っています。 その恩恵を受けた航空会社は活動を再開しており、中には航空券、ホテル、そしてワクチン接種の予約をセットにしたツアーを提供している旅行会社も出てきました。 コロナ禍で自粛生活が1年間継続している中、アメリカへ旅行気分で出かけ、ワクチンを接種してメキシコへ帰国する人もいます。「メキシコでワクチンを待つのは時間がかかるので、2回アメリカへ旅行することに決めました。」と話す50歳未満のグアダルーペ・エルナンデスさんもその一人で、テキサスへ2度旅行し、2回のワクチンを受けました。 メキシコでは、民間医療機関で勤務する医師にもまだワクチン接種が行き渡っておらず、60歳以上の市民を優先しているものの、強い日差しの中、ワクチンを待つ長蛇の列は6時間待ちという状況です。 アメリカでは、16歳以上の市民は国籍に関係なく誰でもワクチンが受けられます。 ワクチン接種会場をインターネットで探し、予約するだけで、列に並ぶ必要も無く、無料で接種できます。 ショッピングモールも接種会場となっており、そのモールのウェブサイトから予約ができ、予約時にワクチンのメーカーを指定することも可能です。 テキサス州はメキシコ人ワクチン旅行者にも人気が高く、手続きも容易です。予約の際にアメリカ国内での連絡先住所、そして簡単な個人情報を入力するのみです。 「とても段取りが良くて驚きました。」と、アメリカ在住の親族とともにワクチンを接種したメキシコ人、エリサベス・ゴンサレスさんはこう話します。「接種会場ではソーシャルディスタンスも保たれていて、5分後にはワクチン接種も完了しました。2回目のワクチンも同じ場所で接種されます。2回アメリカまで行かなければなりませんが、その価値は十分にあります。」 エリサベスさんのように多くのメキシコ人が早期にワクチンを受けることで感染への不安を解消したいと願っています。

トルタ:メキシコ人 お気に入りのランチ

トルタはメキシコ風サンドイッチで、安くておいしいうえに作り方も簡単。多くのメキシコ人が好んで食べるストリートフード。 メキシコでは小学生の子供たちだけでなく、工場や会社勤めの大人もお弁当としてトルタを持っていきます。トルタはメキシコで大人気のランチメニューなのです。 ポルフィリオ時代にフランスパンを真似た「ボリージョ」という食事パンが普及し始めると、それを用いた「トルタ」が誕生します。 トルタはボリージョにいろいろな具材を入れたサンドイッチで、地域によってさまざまなメニューがあります。温かいホットトルタもあれば、冷たいままで食べたり、グリルにしたり調理法もさまざまです。 このように、トルタは調理が簡単なうえに種類も豊富で持ち運びも便利なので、学校や職場でのお弁当、そしてハイキングやスポーツ観戦に、またバス旅行などにも重宝されています。何よりもお腹がすいた時に手軽に食べられるのがトルタの魅力です。 人気のトルタ10選 ハム・トルタ:サンドイッチには欠かせないハムを、半分に開いたボリージョに詰め込み、マヨネーズ(又はサワークリーム)、トマト、玉ねぎ、チーズ、酢漬けハラペーニョをお好みではさむ。 エッグ・トルタ:ボリージョを半分に開いてフリホーレス(煮た豆をペースト状に潰したもの)を薄く塗り、ハムやソーセージ、チョリソー入りのスクランブルエッグ、又はメキシコ風スクランブルエッグ(トマト、玉ねぎ、チレのみじん切りと卵を炒めたもの)を詰める。 おかずトルタ:「ギサド」は煮込み料理や焼き料理などのおかずを意味し、ボリージョに煮込んだチチャロン(豚肉の皮を揚げたもの)や、牛肉の炒めもの、衣をつけて揚げたカツ、チラキレス(トルティージャチップスにサルサをかけたもの)などのおかずをはさんだトルタ。 ワハロタ:メキシコシティ発祥のこのトルタは、ボリージョにタマル(トウモロコシをすりつぶして蒸したチマキのような食べ物)を詰めたもの。 テコロタ:これもメキシコシティで誕生したメニューで、トルティージャチップスをサルサに浸したチラキーレスをボリージョにつめ、上からサワークリームとフレッシュチーズをかける。 ワカマヤ:ボリージョにスナック状態のチチャロンを詰め、フレッシュサルサ(トマト、玉ねぎ、チレのみじん切りをレモン汁で調理)をかける。ワカマヤはレオン発祥のメニュー。 トルタ・アオガダ:ハリスコ州発祥のこの辛いトルタは、ビロテと呼ばれるボリージョに豚肉と玉ねぎをつめ、唐辛子のサルサをたっぷりかけたもの。「アオガダ」は「溺れる」という意味で、サルサに溺れたトルタの意味。 パンバソ:ベラクルス州で誕生したこのトルタは、チョリソーとジャガイモを炒めたものをボリージョにつめ、「チレ・ワヒージョ」(チレの種類についてはココ・メキシコ1-2月号参照)をかけたもの。 キューバ・トルタ:肉、チーズ、パイナップル、ハム、ソーセージ、アボガド、トマト、レタス、サワークリーム、マヨネーズ、唐辛子などが入った具だくさんで人気のトルタ。 スイートトルタ:ボリージョにカヘタ(キャラメルクリーム)やバナナ、バターシュガーなどで甘く味つけしたトルタ。

ボリージョ:メキシコ料理には欠かせないパン

ボリージョはメキシコで人気のパンです。トルタと呼ばれるメキシコのサンドウィッチはボリージョで作られ、他にもデザートやモレ・ポブラーノの材料としても使用されます。 ボリージョは小さな楕円形で、フランスパンによく似ています。材料は小麦粉、ベーキングパウダー、水と塩のみで、味はかすかな塩味です。 外側はこんがり焼けてパリッとしていますが、中は白く柔らかい食感です。メキシコではこの中の部分は「ミガフォン」と呼ばれています。 ボリージョは小麦でパンが作られ始めた頃から食されており、値段が安いために当初は貧困層の食べ物でした。しかし現在では全てのメキシコ人がボリージョを食べています。 ポルフィリオ長期政権下(メキシコでポルフィリオ・ディアスが30年に渡って大統領として君臨し、フランスからの影響を多大に受けた時期)に、フランスパン、すなわちパンの表面が硬くて中がふわふわに焼かれているパンを真似てボリージョが作られました。 時が経つにつれて、メキシコのパン屋でも食事パンとしてのボリージョが普及されていきました。 ボリージョにもいろいろな種類があります: ビロテ ビロテはこんがり焼き色がついて、棒状の形をしている。長さは15センチから1メートルまでさまざまで、味は少し苦味があるが、甘いものもある。ビロテは主にハリスコ州グアダラハラで生産されている。 テレラ テレラは白っぽい色で、丸く平たい形をしている。表面も柔らかく、三本線で分けられており、大きさは10〜15センチくらい。「テレラ」という名前は3列、又は楕円形を意味する。 「驚いたときにはボリージョ」 メキシコには「驚いたときにはボリージョを食べる」習慣がある。突然の出来事に驚いたり、怖い目にあった時にはボリージョを食べると落ち着くという言い伝えである。 恐怖に直面すると胃に不快感を感じたり、吐き気を感じたりすることがあるが、ボリージョを口にすることでその症状を和らげる効果がある。

ハイアット ホテルがパンデミック禍の イベント開催に特化

ハイアットグループでは、コロナ禍そしてアフターコロナの中でビジネスエグゼクティブが商談、会議そしてイベントなどを安心して開催できるよう、新たなリソースを駆使したプランを提供。 ハイアット ホテルは、「Together by Hyatt」と名付けた新たなプランを紹介し、同施設でのイベントなどの開催においてクオリティの高いサービスを提供している。コロナ禍の現況では、何よりもゲストの安心安全を最優先に考える。 「新型コロナウイルスのパンデミック禍において、お客様のご意見に耳を傾けることに焦点を当ててきました。この困難な状況においても、継続してビジネスを手掛けている方々のイベント開催に対するご要望や熱意に触れ、この経済回復、そしてアフターコロナに際してお客様とともに経済復興を目指していく考えです。」と、ハイアット グローバルセールスディレクターのジャック・ホーンさんは述べています。 「参加者が驚くようなイベントのプランニングや企画のお手伝いをさせていただきたいです。」 安心安全なイベント ハイアットの「グローバルケア&クリーン」対策では、従来から実践してきた厳格な安全と清潔さのためのプロトコルをさらに進化させたものである。 衛生強化のための新しい取り組み: 館内ではソーシャルディスタンスを確保し、各所に表示や個人用保護具を設置 全世界のハイアットホテルで、グローバル・バイオリスク・アドバイザリー・カウンシルによる衛生教育プログラムを実施 ハイアットは新型コロナの検査機関と提携し、イベント開催のプロトコルの一環として参加者へのPCR検査を提供

アクセル・ロジスティクス社が ハリスコ工場を展開

90年以上の実績を持つメキシコ企業アクセル・ロジスティクスが、ハリスコ州の新工場での操業を開始しました。 アクセルは運輸監査、商品調整、貿易、保税倉庫、そして物流業務を専門とする会社です。 ハリスコ州サポパンの新工場では下記のサービスを提供しています; 質の高い設計と建設 アクセスしやすい立地 顧客のニーズに合わせたソリューションを提供 幅広い通路が確保された工業団地 ドッグレベラーが設置された11のプラットフォーム 大型トラック用駐車場

イラプアト市長も 新社長の就任を歓迎

リカルド・オルティス イラプアト市長は岩下新社長の就任を祝福すると共に、水谷前社長のこれまでの功労に謝意を述べました。 オルティス市長は、今後も継続して市の自動車産業、ならびに日本人コミュニティのために最善を尽くすことを約束しました。

マツダサラマンカに 新CEO就任

マツダメキシコを5年間リーダーとして率いてきた水谷智春氏に変わり、今回新たに岩下卓二氏がCEOに就任。 今年4月からマツダサラマンカ工場の社長兼CEOに岩下卓二氏が就任しました。 岩下社長は、「今後も継続してメキシコ経済、そしてメキシコ社会に貢献していきます。」と、明確なミッションのもとメキシコへ到着しました。 2021年に設立10年目を迎えるにあたり、この10年間のマツダメキシコの軌跡を振り返り、「次の10年間の発展基盤を築きたいと思います。」と述べました。 岩下社長は自動車産業界での経験も豊富で、1990年にマツダ株式会社に入社して以来、さまざまな役職を担ってきました: 企画財務部長 事業部長 経営企画本部副本部長 経営企画本部長 さらに、マツダ中国工場では中国企画財務部長を務めました。 グアナファト、サラマンカ工場では3代目社長としてMazda2、Mazda3、そしてCX-30モデルの生産を先導します。 ディエゴ・シヌエ・ロドリゲス グアナファト州知事、並びにマウリシオ・ウサビアガ・ディアス経済開発局長は、岩下の社長就任を温かく歓迎しました。 水谷氏が退任 駅伝の醍醐味と同じく、協力と連携を強化したマツダチームの勝利に貢献した水谷氏がメキシコを去る。 水谷前社長のマツダサラマンカでの功績 運営体制の強化 競争力と収益性の向上 将来に向けた強固な基盤を確立 ローカルプロバイダーネットワークの増強 現地人スタッフを重役に起用 自動車100万台生産を達成 ●CX-30モデルがサラマンカで誕生 コロナ禍で自動車産業も一時操業停止の危機に直面するも、再開後には生産増加に成功 グアナファト州知事から 水谷氏にエール シヌエ・ロドリゲス・グアナファト州知事は、水谷前社長の5年に渡るサラマンカ工場での功績に感謝の意を表し、新天地でのさらなる活躍を願った。 マツダサラマンカの軌跡 2011年にグアナファト州への進出が発表され、同年10月に着工式が行われた 工場建設に3000名が着手 投資額7億7000万ドル 2014年2月にマツダデメヒコビークルオペレーション(MMVO)が開所 マツダサラマンカは世界で5番目、メキシコでは初の生産拠点 記念すべき生産1台目はアメリカ市場向けのMazda3 Sedan(セダン) マツダサラマンカ歴代社長 山之内隆氏(2014-2016年) 水谷智春氏(2016-2021年) 岩下卓二氏(2021年〜) 文言 「次の10年間の発展基盤を築きつつ、今後も継続してメキシコ経済そしてメキシコ社会に貢献していきたいと思います。」…

日本の中山道

中山道は「山の中にある道」という意味で、江戸時代に東京と京都を結んでいた街道である。 当時、商人や貴族、武士や大名や職人までが利用していた街道で、道中には69の宿場がありました。 20世紀以降は電車や自動車の登場によって中山道は使われなくなり、宿場町も徐々に廃れていきました。しかしながら、町の住民は伝統的な宿場町の街並みを再生することに決め、道、家屋、建物や自然地域を復元し始めました。さらに、自動車の往来をなくしてできる限り昔の景観を保っています。 現在、中山道で最も人気のルートは、馬籠と妻籠を結ぶ木曽路で、約8㎞の道中では美しい林、小川、滝、そして古い日本の建造物を堪能できます。所要時間は片道約3時間、往復6時間です。 中山道の魅力はその美しい景観だけではなく、観光客を迎えてくれる宿場町の人々の温かさです。大自然の山や森に囲まれた街道を歩きながら、日本の歴史に触れ、都会での生活を忘れてリラックスしてみましょう。

ジャポニズム、日本文化への趣向

「ジャポニズム」は日本美術への関心を表現する言葉として、1876年に初めて使用された 17世紀まで西洋人が日本を訪れることはなく、さらに政治的理由から日本は19世紀半ばまで鎖国の政策をとり、国際的に孤立した状態が続きました。 200年に及ぶ鎖国後に西洋にもたらされた日本文化は、ヨーロッパ人にとって非常に新鮮でエキゾチックに映り、日本の装飾品が次々と西洋に輸入され始めました。このジャポニズムの流行は、日本独特の構図や色彩構成に強い衝撃を受けた西洋の芸術家たちにより広まりました。 浮世絵のように、西洋の絵画表現とは大きく異なる技法と色彩感覚、極端に誇張された構図は、彼らにとって大きな刺激となりました。 日本の装飾品一つ一つに、日本の伝統や風習、そして四季の美しさが表現されていたのです。 バン・ゴッホやクロード・モネを始めとするヨーロッパの著名な芸術家を魅了したのは、自然を繊細に、且つ情熱的に描く日本人の感性だったに違いありません。