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新型コロナウイルスのためレオンフェリア延期

今年は新型ウイルス感染拡大の影響で大規模なイベントが開催できず、レオン市誕生を祝う毎年恒例のフェリアも延期される。 1月20日にレオン市は創立445年を迎えます。毎年この時期にレオン誕生を祝うフェリアが開催され、その規模の大きさや盛り上がりから国際的イベントとして人気があります。 しかしながら、今年は感染拡大を受けレオンフェリアも延期となりました。 これまで145年の歴史を誇るレオンフェリアが延期されるのは、これで二度目です。前回は1888年に起きた大洪水のためフェリアが延期となり、工芸品や家畜の展示会が再開されたのは1896年のことです。 フェリア・レオンで日本 文化を満喫しましょう! 去年のレオンフェリアでは国内外から約600万人の観光客が訪れ、市へ大きな経済効果をもたらしました。 今年はフェリア特有のあのおいしい食べ物や、すばらしい催し物、そして美しい工芸品を楽しむことができず、毎年フェリアへ訪れる人々は皆残念に思っていることでしょう。 新型ウイルスの感染拡大を受け州の保健省とフェリア関係者が協議した結果、人込みにより感染が広がるのを避けるため、今年度のレオンフェリアは延期となりました。 新日程は2月下旬から3月初旬に予定されていますが、その時の感染状況によって開催されるか再び延期になるかが改めて発表されます。

第11回:縁起

厄払いの考え方は共通する日本とメキシコ 新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 筆書「現役通訳夫婦が見たメキシコ自動車産業と今後」では多くの共感・納得の声を頂いていますが、本シリーズは著書に書き切れなかったこぼれ話&メキシコ人向けの内容でお届けしていきます。 第11回目は「縁起」です。新年という事もあり、縁起の良いスタートを切りたいと思う今日この頃ですが、読者の皆様の中には去年の厄払いをしたい!と思う方もいるのではないでしょうか? 実はメキシコでも古代文明から引き継がれたお祓いや占星術、厄払いの文化が残っています。特に盛んな地域はメキシコシティー(アステカ文明の中心地)、ベラクルス州カテマコ市(黒魔術・白魔術の街)、そしてユカタン半島全般(マヤ文明)です。3つすべてに共通する事は、お香を焚き、煙を多用する事です。メキシコシティーの旧市街、ソカロ広場に行けばあちこちでお香を焚いて厄払いをしてくれる場所があります(現在はコロナで禁止されております) もし去年から不調続きの方は、機会があればメキシコ流の厄払いの儀式に参加して、すこしでもメキシコの古代文明に触れてみるのも良いかと思います。

生唐辛子から乾燥唐辛子まで味のバリエーション

チレ(唐辛子)はメキシコ料理に欠かせない食材で、メキシコ人はほぼ毎日チレを食している。チレはサルサの調理や、さまざまなメキシコ料理に使われる。 メキシコには約50種類のチレ(唐辛子)があり、味や辛さもそれぞれ違います。 生唐辛子と乾燥唐辛子があり、面白いことに同じチレでも生のものと乾燥させたものでは、呼び方や味も異なります。 一般的に、生唐辛子はビタミンCが豊富で、乾燥唐辛子にはビタミンAが多く含まれています。 チレは通年収穫されており、通常のお店やスーパーで手軽に手に入ります。 乾燥唐辛子は生唐辛子に比べて味がまろやかで、辛味も少なめです。乾燥唐辛子はサルサやモレの調理に最適です。 生唐辛子には黄色や緑色など様々な色のものがありますが、乾燥すると茶色か赤褐色へ変化します。 今回は特に人気のある乾燥、生唐辛子それぞれの特徴や、生の唐辛子を乾燥させていく過程でどのように全く別の乾燥唐辛子に生まれ変わるのかをご紹介します。 ハラペーニョは90パーセントの確率でメキシコ料理に登場する。この人気のチレは1970年にメキシコで開催されたサッカーワールドカップで公式マスコットキャラクターにもなった。 少し丸みを帯びたハラペーニョは、とても辛いもの(茶色の線がある)や、それほど辛くないもの(全体が緑色)など様ざまである。そのまま食べたり、みじん切りや千切りにして料理に添える。サルサ・ベルデにもハラペーニョが使われる。 ハラペーニョを乾燥し、燻製にしたものがチレ・チポトレである。表面はしわが多く、薄い茶色。味は少し甘めで、サルサやアドボソース(辛くないモレ・サルサ)、そしてスープや煮物などの調理に用いられる。缶詰で売られていることが多い。 チレ・セラーノは最も辛い唐辛子の一つで、きれいな緑色をしていて丸く小さい。そのままかじって食べることもしばしば。鈴木康久レオン前総領事はチレ・セラーノを丸かじりするのがお好きだったとか。 この唐辛子は、ピコ・デ・ガジョ(トマト、玉ねぎ、チレ・セラーノで出来たサルサ)と呼ばれるフレッシュサルサに使われる。メキシコではとても人気のある唐辛子。 チレ・セラーノを乾燥させると濃い赤色に変わり、プージャと呼ばれる乾燥唐辛子になる。辛いサルサや煮物に用いられ、メキシコのタコス店では必ず置いてある「サルサ・タケラ」と呼ばれるソースには欠かせない食材である。 緑色の大きなチレで辛味は少なめです。ポブラノは肉詰めやチーズ詰めに用いられ、「チレス・エン・ノガダ」はメキシコの人気メニュー。 ポブラノが乾燥すると「アンチョ」というチレになる。赤褐色でざらざらした質感のあるこの唐辛子は、少し甘味がある。肉詰めやチーズ詰めに調理されることもあるが、モレの材料として使われることが多い。 細くて長いチラカは、濃い緑をしている。辛味は少なく、肉料理や、タコス、タマレスなどに添えられることが多い。 チラカが乾燥すると色が濃くなり表面もしわしわになることから、レーズンやプルーンに似ているのでチレ・パシーヤと呼ばれる。細長く、味はまろやかでドライフルーツの味や燻製味も同時に楽しめる。 チレ・ミラソルは真っ赤な円錐形の唐辛子で、表面は滑らか。フレッシュサルサに辛味を加えるのに用いられ、煮物やモレの調理にも使われる。 乾燥するとチレ・ワヒージョと呼ばれ、メキシコで最も使用される唐辛子の一つである。赤褐色でマイルドな辛さのワヒージョは、主にポソレや、エンチラーダ、スープやモレなどに使用される。また、他のチレと合わせてサルサ・ロハ(赤色サルサ)の材料として用いられる。

グアナファトの温泉でリラックス

温泉に治癒力があることは世界的に知られている。メキシコでは温泉を利用したウォーターパークやプールもあり、楽しむと同時にリラックスもできる。 温泉は地下深くから湧き上がっており、鉄分、塩素、硫黄、マグネシウム、カルシウム、ナトリウム、重炭酸塩などの成分が含まれています。 温泉には体調を整える効用があり、ストレスの解消にも最適です。また温泉につかると体温が上がり痛みが軽減されて、筋肉や関節に集中する緊張をほぐしてくれます。 さらに血液循環を促進し、細菌やウイルスを殺して免疫システムを改善するのにも役立ちます。体内では活性酸素が増加し、毒素を排除することで、代謝プロセスを改善して消化を促進します。 温泉に入ると頭がスッキリするので、3〜4週間続けることで精神的疲労の回復が期待できます。 他にも温泉水に含まれる硫黄は、傷や皮膚炎などに効果的です。 多くの人々が不安やストレスを抱えている現状では、温泉はリラックスできる最高の場所と言えます。 自然に囲まれた温泉 自然いっぱいの温泉でくろいでみよう。グアナファト州にあり、感染対策も万全な場所をご紹介(要事前予約)。 エスコンディード・プレイス (サン・ミゲル・デ・アジェンデ) 自然に囲まれたこのウォーターパークは、屋内・屋外両方の温泉プールがある。子供用プールや遊具もあるので、子供連れの家族も楽しめる。 場所:サン・ミゲル・デ・アジェンデのアトトニルコ付近。 料金:入場料は1人150ペソ(2歳以上)。 ラ・グルータ (サン・ミゲル・デ・アジェンデ) 家族で楽しめるこの温泉プールには、緑のスペース、スパ、温泉がある。角質ケアマッサージなどのスキンケアも充実している。 場所:サン・ミゲル道から10㎞ 料金:入場料は1人250ペソ(3歳以上) ウォーターパーク・ショテ (サン・ミゲル・デ・アジェンデ) このパークの温泉水はサン・ミゲル温泉から直接引かれており、温泉プール、ウォータースライダー、緑のスペースやレストランもある。 場所:サン・ミゲル−ドローレス・イダルゴ道5.5Km 料金:入場料は1人85ペソ(子供)、170ペソ(大人)

自転車でメキシコを駆ける日本人

メキシコグアナフアト在住の山田洋平さんはメキシコでサイクリストとして活動をしています。 これまでカンクンやモンテレーでのロードレース参加に加え、アグアスカリエンテス、グアナフアト、ケレタロ、コリマなどあらゆる場所で自然とふれあえる環境でのサイクリングを楽しんでいます。 2021年1月現在で29歳、10年前に自転車旅を始めてから、世界中を何千キロも旅してきた洋平さんは、メキシコの山々も大好き。 洋平さんはGFNY(グランフォンド ニューヨーク)の日本親善大使として、日本でGFNYレースの開催を目指しています。 GFNY(グランフォンド ニューヨーク)は、プロアマチュ ア関係なく、すべての人が自転車を楽しめるレースイベントである事をコンセプトとしています。 日本でのレース開催実現は大きな挑戦です。 「日本は他の国よりも交通法が厳 しいので、レースのために道を閉鎖 することが難しいです。なので日本にはGFNY本格的だけどどんな人でも楽しめるようなアマチュアレースはありません」と洋平さんは話します。 洋平さんは自転車旅行を大学時代から始めて、熱中しました。 「東京から京都、姫路、そして日 本の北のほうにも自転車で行きました。自転車で キャンプに行くのにハマっていたんです。大学時代、最後の学期に、アムステルダ ムからスペインのパンプローナまで自転車で旅しました(スペイン語は勉強していたのですがフランス語はすごく苦戦しました笑) 楽しい思い出です。 パンプローナまで2,300kmでした。21日かかりました」と洋平さんは語ります。 洋平さんは2015年にアグアスカリエンテ スの会社の通訳としてメキシコに来ました。自由な時間があれば、いつもメキシコの 町や山を旅しています。グアナファト、ケレタロ、コリマなどメ キシコのいろいろな州に自転車で行きました。そして、カ ンクンとモンテレーでのサイクリングレースにも参加。 「メキシコの気候は、サイクリングにぴったりです。日本は雨が降るし、標高が低い、道も狭いので、条件がよくない。」 「私のルーチンは、車で町の郊外まで行き、そこから100kmくらいをサ イクリングすることです。練習が終わったら、車に戻って家に帰ります。」 現在、洋平さんはグアナファト州のレオンで働いており、自転車の活動を続けて います。グアナファトの山々をよく走っています。 「おかしな形をしたバッタや臭い虫、トンビやイグアナも見かけます。ノパルサボテンを切って、とげを取り除 き、料理したこともあります!」と楽しそうに言います。 洋平さんは、メキシコに住んでいる日本人の方々に、問題なくメキシコの山々を自転車で旅行できることを知ってほしいし、せっかくメキシコは気候がいいのでそれを利用してほしいと思っています。 日本人は怖がって家にいる傾向が ありますが、行くべきところはたく さんあります。」

パンデミックの間、レースは2,000 人以上で開催されました!

山田洋平さん記 GFNY(グランフォンド ニューヨーク)コスメルは、第7回レースを開催しました。北米とラテンアメリカではよく知られているレースです。カンクンのコスメル島で、島を2周するレース(160km)なので、観光もできるため、このレースは人気が高まっています。コスメル島はカリブ 海の楽園としても知られており、カンクンの 観光ビーチで有名です。また、空の美しさとエメラル ド色の水は、訪れる人々を魅了します。レースのルートは平地ですが、 サイクリストが逆風に吹かれる道があるので、「キング・オブ・マウンテン」ではなくて、「キング・オブ・ウィンド」の賞が授与されます。通 常、フルレースには毎年1,200人が参加し、 ハーフレースには1,000人が参加します。今年はコロナウイルス感染症の問題があったにもかかわらず、参加者数は前年までと同じくらいでした。 レースの前日に開かれたエキスポでは、検温やユニフォームの消毒がされました。 レース中の人の密集を避けるため、商業エリアに入る最後の 30kmのルートが変更され、その周辺の80km のルートは74kmに短縮されました。 また、エキスポでもスタート地点でも、ゴールゾーンと休憩場所(救助ステー ション)まで、参加者はソーシャルディスタンシング(1.5 km)の維持とマスク着用を義務付けられました。

アルマンド・マンサネーロと 日本の愛の歴史

メキシコ出身の作曲家・歌手であるアルマンド・マンサネーロ氏は、ラテンアメリカで多大な人気を誇るだけでなく、何千キロも離れた日本でも彼のロマンチックな歌声は多くの日本人に受け入れられてきた。 テレビドラマの主題歌として作曲された「アドロ」は1967年にメキシコで発表され、日本語でもカバーされました。 マンサネーロ氏はメキシコで知り合った日本人音楽家の誘いで初めて来日し、ヤマハ音楽フェスティバルに参加しました。 日本の美しさや礼儀作法に感銘を受けたマンサネーロ氏は、この時から日本への思いを強く抱くようになります。 実際彼は日本で6回ツアーを行っており、それ以外にも20回観光で訪れています。日本は海外旅行で家族と訪れるお気に入りの場所だったようです。 高瀬寧メキシコ大使はマンサネロ氏の死去を受けて、彼の楽曲の中から「コンティゴ・アプレンディ」を挙げたうえで、生前の彼と日本の深い関係を追憶する声明を次のように発表しています。 「マンサネーロ氏は、2011年に日本が東日本大震災により大きな被害を受けた際、復興を支援するためのチャリティーコンサートを開催してくれました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。」

篠原誠二氏が モノクロ写真で 表現したいこと

写真家篠原誠二氏の写真展「HIROSHIMA」をレオン文化フォーラムで開催中 篠原誠二氏はメキシコでも著名な日本人写真家です。45年前に来墨して以来、メキシコと日本に関連するモノクロの写真を撮り続けてきました。 仕事、家族そして友人などメキシコですべてを得た篠原氏は、「メキシコは私の故郷です。」と語ります。 メキシコと日本という豊かな文化を持つ二国の類似性や関係性などに焦点をあてながら、これまで約25の展示会を開催してきました。 最新の展示会「HIROSHIMA」では、広島県の悲しい歴史を振り返ると同時に、その悲劇を超えた広島の生命力と希望に満ちた様子を表現しています。 この展示会は現在レオン文化フォーラムで開催されており、2月末まで野外で無料鑑賞することができます。 なぜ展示される写真はいつもモノクロなのですか? モノクロ写真が私の表現方法だと考えています。黒と白に存在する何千もの色合いを楽しみながら、私の目ではモノクロでこそ被写体をうまく捉えることができるのです。長年モノクロでやって来たので、それが私の作品の特徴となりました。 篠原さんの写真を通じてメキシコ人に伝えたいメッセージは何ですか? メキシコはカラフルな色で溢れていて、光と影があり、そして人々は明るく働きもので、温かさでいっぱいの美しい国だということをただただ感じてほしいです。 「HIROSHIMA」展で篠原さんが表現しているストーリーは? 広島は世界で語られているような単なる悲劇の町ではなく、歴史や文化に富んだ素晴らしい場所だということを皆に伝えたいと思いました。 メキシコと広島の共通点とは? メキシコ人も広島県民も温和な人柄で、働きものが多く、常に前向きな姿勢で困難にも立ち向かっているところです。 広島は日本人にとって何を象徴していますか? 人間同士が残忍に戦った傷跡のようなものを日本人は広島に対して感じていると思います。それと同時に、焼け跡から這い上がった人々の努力や強い意志なども象徴しています。 メキシコは篠原さんにとって何を象徴していますか? 私はこの美しい場所で人生の大半を過ごしてきたので、メキシコは故郷のようなものです。ここで家族をつくり、たくさんの友人ができ、仕事をする機会もできました。何よりもメキシコの美しい情景と温かい人々が私を迎えてくれたことに感謝しています。 写真で世界に発信されるべき日本とメキシコのそれぞれの場所はどこでしょう? 世界中のどの国にも伝えるべきストーリーや美しい景観、文化そして伝統があるので、それはとても難しい質問です。 日本もメキシコも世界に紹介すべき歴史や文化がたくさんあると思います。 それでは篠原さん自身が写真撮影するとしたら、メキシコ、日本それぞれどの地域を選びますか? 私なら日本の古い街並みを撮って発信したいですね。観光ツアーでは訪れない場所がたくさんあります。 メキシコには私の知らない美しい町がまだまだたくさんあります。全てを撮影するには時間が足りないかもしれません。

SAPALが企業・産業向けに処理水の販売を開始

レオン浄水システム(SAPAL)は市の企業や産業を対象に新しいサービスを提供し始めました。下水処理水を浄化して再利用する包括的なシステムにより、水もお金も節約できます。 このサービスを契約することで、水道代が大幅に軽減されます。タビュレーターと消費量によると、水道水では1立方メートル平均27ペソだった料金が、再生水では約9.21ペソまで下がります。 水道料金の支払いはインターネットで 再生水は工業用水、雑用水、緑地の灌水などに利用することができます。SAPALは給水車が再生水を補充できる供給ステーションを配置し、浄化水の配管網も設備しています。 レオン市内には、ラス・ホヤス、ビジャス・デ・サン・フアン、サン・イシドロ・デ・ラス・コロニアス、ペリオディスタス・デ・メヒコ、サンタ・ロサ・プラン・デ・アヤラ、シウダ・インダストリアル、ロス・アルコス、エル・アベリン、エロエス・デ・レオン、ポルタ・フォンタナ、パルケ・デル・アルボル、パルケ・イダルゴなどの地域に浄化センターがあります。 再生水の供給ステーションを利用するためには、再生水専用給水車、再生水の用途を記した書類、そして「Llenamático」という給水カードを取得する必要があります。 また、住宅地、企業、工業団地、学校、商業施設などへは運搬給水サービスを申し込むこともできます。 再生水利用の契約には、契約者本人の身分証明書と公共料金の領収書が必要で、それぞれのコピーをSAPALトレス・ランダ支店の窓口に提出してください。 上記のSAPALサービスを利用するには事前に、電話番号073、又は477 788 78 01、 477 788 78 00をダイヤルし、内線2408 又は2409へ繋いでください。 詳細はSAPALのホームページwww.sapal.gob.mx/descargasからもご覧いただけます。

メキシコ人が400鉢以上の盆栽を 展示する美術館を設立

盆栽とは木や苔を鉢に植えて自然の風景を模して造形し、その姿全体を鑑賞する。どんな種類の樹木でも盆栽として楽しめ、大きさは1.5メートル以下の小さなものが多い。 盆栽という日本独特の手法は、一種の芸術とみなされています。メキシコ人のエミグディオ・トゥルヒージョ・サンチェスさんは、47年前からメキシコで盆栽職人として活躍してきました。 ココ・メキシコのインタービューで、エミグディオさんは日本文化への関心や愛着、そして盆栽が彼の人生に欠かせないものとなった経緯などを語ってくれました。 エミグディオさんは現在80歳で、プエブラ州アトリクスコの出身です。ある雑誌で盆栽を目にして以来その美しさに魅了され、盆栽の大規模な展示会へ見学に行くために来日しました。 「初めて盆栽を見た時から、その独特の世界観、そして日本文化に深く惹かれ、1974年からはフルタイムで盆栽業に従事しています。盆栽は私の人生そのものなのです。」 1980年から盆栽のコレクションを本格的に始め、2001年には生まれ故郷にメキシコ盆栽芸術学院を創立しました。 エミグディオさんは日本語を話しませんが、ジョン・ナカ氏、寺川宝積氏、小林國雄氏、そして漆畑大雅氏など日本屈指の盆栽師を彼の学院に招待し、ワークショップや実演などを開催してきました。 10年前には同じくアトリクスコにジョン・ナカ盆栽美術館を設立し、日本、イタリア、そしてアメリカなど世界各地の盆栽師の協力を得てエミグディオさんが手掛けた、400鉢以上の盆栽コレクションが展示されています。 コレクションには50センチの小さな盆栽から3メートルに及ぶ大きなものまであり、アウエウエテ、コショウボク、オリーブ、ニレ、針葉樹など100種類以上の樹木からなります。 それぞれの盆栽に樹木の名前、形式、植え付けの日付などが記されたラベルが付いており、毎日必要な手入れがが施されています。 また、美術館では200種類以上の盆栽が販売されており、価格は200ペソから4万ペソに上るものもあります。 ジョン・ナカ美術館はパンデミック禍でも開館しており、感染防止対策を徹底しながら団体客に向けたガイドツアーも行っています。