日系企業が主催する就職フォーラムに1875人が来場 先日メキシコ商工会議所がレオンで開催した就職フォーラムには、日系企業への就職を希望するメキシコ人が一日で1875人も来場しました。 4回目の開催となる今回のフォーラムには、自動車関連産業に興味のある女性730人の参加も目に留まりました。 19歳から40歳までの求職者を対象に日系企業18社が集まり、各企業の説明会が行われました。 また、参加者の内訳は学生277名、転職希望630名、失業者968名で、日系企業に対する学生からの関心の高さもうかがえました。 企業側は、テクニシャン、製造ライン作業員、エンジニア、通訳者、営業、経理、そしてインストラクターまで74種の多様な職種を募集しています。 グアナファト州ではイラプアト、グアナファト、シラオ、そしてセラヤなどのt都市から雇用を求める人々がレオン・ポリフォルムに集まり、州外からもケレタロ、メキシコシティ、ハリスコ、オアハカ、ナヤリ、ミチョアカン、サン・ルイス・ポトシ、そしてサカテカスなど遠方の州からも日系企業への就職を希望する人々が来場しました。
第4回: 会社のお金
メキシコ人の考える“お金の遣い方” 筆書「現役通訳夫婦が見たメキシコ自動車産業と今後」では多くの共感・納得の声を頂いていますが、本シリーズは著書に書き切れなかったこぼれ話&メキシコ人向けの内容でお届けしていきます。 第4回目は「会社のお金」、つまりお金の使い方や金銭感覚についてです。メキシコ人も日本人も自分のポケットマネーだったら財布の紐を引き締める行為は同じですが、会社のお金だと大分話が変わってきます。 全体的に言える事は、メキシコ人は会社のお金を「賢く」使うというよりは、「自分の仕事を楽にする」為に使う事に重きを置いています。例えば、何か設備を購入しようとしたら「ちょっと高くても」性能の良いもの、最新技術のもの、付帯設備を付けるなどです。もはやそこには「費用対効果」や「長期視点での回収」は希薄な場合が多いです。 何故かというと、「自分達の雇い主はお金持ちだ。だから彼らのお金を使う罪悪感を覚える事は無い、彼らはこの投資で今以上に儲けるだろうから」という外国資本に搾取され続けている歴史が生んだ考え方があるからです。 全てのメキシコ人がそうではありませんが、貴方も思い当たる節がありませんか?
子ども達に毎年贈り物を届ける三賢者
メキシコで毎年祝う三賢者の日は良い子のもとへ三人の賢者から贈り物が届く日で、子ども達のお気に入りの祭日である。この習慣はスペイン発祥だが、今ではメキシコに深く根付いている。 新約聖書ではイエスの誕生時に東方から三賢者が拝みにやって来て、贈り物を捧げたと言われています。他の国々がクリスマス時期にプレゼントを交換していたように、スペインでもこのカトリックの言い伝えに由来してクリスマスには子ども達にプレゼントを贈ることが習慣となりました。 現在では三人の賢者はメルチョル、ガスパル、そしてバルタサルとして知られています。それぞれが異民族を代表しており、メルチョルはヨーロッパ人、ガスパルはアジア人、そしてバルタサルはアフリカ人です。 スペイン征服と共にこの習慣はメキシコへも渡り、今ではこの三賢者からプレゼントをもらえる子ども達の大切な伝統行事となっています。 1月5日の夜、子ども達は就寝前にクリスマスツリーの根元、又は家の玄関に欲しいプレゼントを書いた手紙を置いておきます。あるいはヘリウムガス・バルーンに手紙を付けて空へ飛ばす子ども達もいます。 たくさんのプレゼントを届けるのに疲れた三賢者のために、ミルクとクッキーを用意する家庭もあります。 三賢者は皆が寝ている間に贈り物を届け、子ども達は早朝目覚めると一目散に 新しいおもちゃを探しに走ります。 三賢者の習慣はとても面白く彼らは非常に寛大なので、日本人の子ども達にもきっとプレゼントが届くことでしょう。 三賢者のリースパン プレゼントが届いた1月6日には、大きなリースパンとホットチョコレートを食べるのが習慣となっている。 家族や友人が集まり、大きな輪の形をしたパンを自分の食べ分だけ順にカットしていく。パンの中にはイエスの形をしたプラスチックの「人形」が何体か入っており、自分のパンの中から人形が出てきた場合は2月2日に皆にタマレス(潰したトウモロコシを蒸した料理)を振舞う。 この習慣は皆で一緒に時間を過ごすのが目的なので、学校や職場行われることもある。
アパセオ・エル・グランデで トヨタ操業開始
グアナファト州アパセオ・エル・グランデにて、遂にトヨタが今年12月に稼働を開始します。投資額は9億4700万ドルで、グアナファト工場では国内そして輸出マーケットに向けてピックアップトラック「タコマ」が生産されます。 2016年11月にアパセオ・エル・グランデでのトヨタ新工場建設が発表された当初は小型車「カローラ」の生産が計画されていましたが、アメリカでドナルド・トランプ大統領が就任した後に生産車種が「タコマ」に変更されました。 年間生産台数は約10万台で、約2000人の雇用が見込まれています。 グアナファト州経済開発庁は、トヨタの稼働に向けて地域の225名を対象にした特別研修をサポートしてきました。 トヨタメキシコ社データ 生産車種:ピックアップトラック「タコマ」 生産台数:年間10万台 投資額:9億4780万ドル 従業員数:約2000人 用地面積:約607ヘクタール 工場面積:18万平方メートル
三船敏郎:日本人原住民
スペイン語が話せないにも関わらず原住民役としてメキシコ映画の主役を演じた日本人俳優。当時のエピソードをご紹介。 今から58年前「価値ある男」というメキシコ映画で、三船敏郎さんは飲んだくれで無責任な農夫役を演じました。 1961年4月に映画の撮影でメキシコへ渡った三船さんが着物姿でメキシコ空港に降り立つ姿を、当時多くの新聞社が取り上げました。 渡墨した際の記者会見で三船さんは、スペイン語が全く話せなかったため映画でのセリフは全て丸暗記をしたと話していますが、三船さんの「独特なアクセント」により、最終的にはネイティブによる吹き替えが使われました。 三船さんの映画出演料は1万ドルで、その頃の相場に比べると低めだったそうです。 三船さんがメキシコ映画に出演する(1961年5月オアハカで撮影開始)という珍事は、当時メキシコ映画の国際化を模索していたイスマエル・ロドリゲス監督のアイデアにより始まります。 「三船敏郎さんを探しに日本へ渡りました。」と語るロドリゲス監督は長い交渉の末に三船氏を説得し、あの飲んだくれの原住民農夫が誕生したのでした。 そして映画公開から1年後に、外国語映画賞としてゴールデングローブ賞とオスカー賞にノミネートされました。 三船さんの心にはメキシコでの思い出が刻まれていたのではないでしょうか。帰国後に三船さんから届いた手紙にはこう記されていました。「メキシコの地でメキシコ人の皆さんに出会うことができ、とても嬉しく思います。私の母国日本と同様にメキシコを尊く、恋しく思います。」
レオン市における自動車産業の発展
レオンはいまや靴生産だけの町ではなく、自動車産業関連の日系企業進出により町の経済も多様化している 数年前まではレオン経済のベースは靴産業でした。しかし日系企業がこの町へ進出し始めて以降、その情勢が変化してきました。現在ではレオンに自動車関連の日系企業が12社進出しており、4802人の雇用を創出しています。 わずか4年間でこの町の自動車産業は一期に成長し、約2億6800万ドルの資本が投じられました。 レオンは6つの工業団地を有しており、さらに市から10分の距離にはメキシコ国内の自動車産業では最大のプエルト・インテンリオール工業団地があります。 また、日本の大手銀行である東京銀行、みずほ銀行、住友銀行もあり、日本の自動車メーカー販売店は10店舗、そして日系企業を対象にコンサルティングサービスを提供する会社も5社あります。 レオン市のラモン・アルファロ・ゴメス経済局長は日本からの投資は増加傾向にあると述べています。 「観光、教育、文化、そしてイノベーションなどの分野におけるレオン市への投資誘致を目的として、今年から日本へ担当者を派遣する予定です。」 経済局長によると、現時点で新たに日系自動車関連企業3社とレオン進出を打診中だと言うことです。 「今年中に日本企業の進出をもう一件成立させたいと思います。」 生活水準が高く、ハイレベルの教育機関があり、住宅地、病院、そしてレジャー施設なども整備されているレオンは、日本の投資家にとっても魅力的な町に違いありません。
アランダ・デ・ラ・パラ病院 創立80周年式典
メキシコ中心部において最も知名度のある民間病院、アランダ・デ・ラ・パラ病院が開院80周年を迎えました。 これまで最新の医療設備を導入し優秀な専門医を採用することで、グアナファトで実績を残しつつ質の高い医療を提供してきました。 現在専門医166名と一般医40名を配置し、病室109室、手術室12室を整備し24時間体制で対応しています。 アランダ・デ・ラ・パラはバヒオ地域の病院でも国際認証を取得したパイオニアであり、重症患者治療にも高度な専門性で取り組んできました。 プエルト・インテンリオール工業団地に開院 アランダ・デ・ラ・パラ病院のプエルト・インテンリオール開設により、外国人又は市外患者に対しても救急医療、外来診療、健康診断、検査入院、集中治療、専門手術、日帰り手術などの医療サービスを提供。 手術室3室、退院サポート室も完備されており、臨床診断、レントゲン検査、エコー検査や乳がん検診も受けられる。 arandadelaparra.com.mx
エストゥディアンティーナが 日本語で演奏
広島県とグアナファト州の文化交流の一環として、エストゥディアンティーナ(グアナファト市の名物楽団)のグループが去年4月に広島を訪れ、フラワーフェスティバルに出演してグアナファトの伝統音楽を披露しました。またそのうち何曲かは日本語で演奏されました。 桜の開花時期に合わせて開かれたフラワーフェスティバルでは、グアナファトで行われる「カジェホネアーダ」と同様に、エストゥディアンティーナ楽団が広島の道を演奏しながら練り歩きました。 楽団長であるマヌエル・アメスキータさんは、日本語での演奏は忘れられない経験になったと述べています。細谷すけみちさんにより日本語に訳された「シエリート・リンド」と「ラ・クカラーチャ」の2曲が演奏されましたが、日本語の歌詞を覚えるのに何日もかかったそうです。「日本語を曲のリズムに合わせるのに苦労しましたが、最終的にはとても感動的な演奏になりました。」とマヌエルさんは話してくれました。 グアナファトの伝統音楽が広島へ渡ったことで、二都市間の交流も更に深まったに違いありません。 また広島県知事が今年グアナファトに訪問された際に、同じエストゥディアンティーナ楽団が再び日本語での演奏を披露しました。知事を始めとする日本からの訪問団にとても喜ばれ、皆友人として歌や踊りを楽しみました。 グアナファトのカジェホネアーダ エストゥディアンティーナの演奏はグアナファト市の伝統音楽で、夕方になるとスエードの上品な衣装をまとった音楽家たちが陽気な音楽を奏でながら町の小道を練り歩く。 ギター、タンバリン、マンドリンそしてカスタネットの音色は1962年にスペイン人によってもたらされた。その後グアナファト大学の学生たちがこれらの楽器を用いて野外演奏を始めたのが「エストゥディアンティーナ」楽団の発祥である。
距離が縮まる広島とグアナファト
飛行距離にすると1万1397KMも離れているメキシコと日本。習慣、言語そして時間帯まで何もかもが異なっているにも関わらず、広島県とグアナファト州の友好関係が近年さらに強固になっていることで、互いに近く感じる。 広島県とグアナファト州の交流は深まる一方で、現在グアナファト州には日本語表示の標識や広告塔が溢れており、自動車産業関連日系企業の進出、日本食レストラン、お盆祭りを始めとする文化イベントなど、日本が日常にあります。一方広島県では、グアナファト州から派遣された交換留学生が勉学に励んでおり、またチリやサボテンでメキシコ料理を調理するシェフ、メキシコの伝統音楽を披露するエストゥディアンティーナ楽団もいます。また2020年の東京オリンピックでは、広島県はメキシコ選手団の事前合宿を受け入れています。 グアナファトと広島の友好提携は5年前に締結され、文化・経済交流発展の為に多様な活動に取り組んでいます。 この友好関係は広島に本社を置くマツダ社がサラマンカに進出した時点から始まり、そこからグアナファト−マツダ−広島へと繋がっていき、今では経済・教育・文化・スポーツなど様々な分野に交流が広がっています。 先日友好提携5周年の記念式典にグアナファトを訪れた湯崎英彦広島県知事によると、現在グアナファト州にはマツダを含む広島県の企業24社が進出しており、200名以上の広島県民が居住しているそうです。 式典では両都市の友好関係をより一層強固なものにしていくことが両知事により再確認されました。 ディエゴ・シヌエ・ロドリゲス知事「今後さらに広島とグアナファトの交流が深まることを願います。」 湯崎英彦知事「メキシコと日本を隔てる地理的な距離にも関わらず、グアナファトと広島はまた一歩近づいているように感じます。」 広島とグアナファトからなる自動車産業関連の職場では日本人・メキシコ人社員が努力を共にし、社内外でのコミュニケーションの活性化に取り組んでいます。また、歴史的観点からも不屈の精神という共通点があります:広島県は原爆から困難を克服し、グアナファト州はメキシコ独立のリーダーとして戦いました。 このような過去が更にグアナファトと広島の友好関係はを深めているのかも知れません。そして今、グアナファトに移住する日本人は増加の一途をたどっています。 マツダから始まった友情 マツダ自動車のサラマンカ工場建設により、両都市の友好関係が始まる。広島県の主要企業であるマツダの進出はグアナファト州の発展に大きく寄与し、両都市の友好関係の要でもある。 当初広島県からメキシコ工場に派遣されたマツダ社員により、企業、政府などが一体となって両者の交流を進め、親善を深めていく目的で、「広島グアナファト親善協会」が設立された。 親善協会設立趣意では以下のように述べられている: 「広島は、70年前の原爆の惨禍の中から、今日の復興と発展を遂げたまちであり、グアナファト州はメキシコ独立運動が始まった地として、自由の象徴とされており、こうした歴史を持つ両県・州が未来に向けて共に歩んでいくことは大変意義深いものと考えられます。」 友好関係5年 2011年4月 マツダがメキシコでの生産事業を発表 2014年2月 グアナファト州サラマンカ工場操業開始 2014年8月 グアナファト州と広島県が経済交流提携を締結 2014年11月 広島県‐グアナファト州が友好提携を締結 2016年1月 在レオン日本国総領事館が開設 2017年6月 ミゲル・マルケス・グアナファト州知事が広島を訪問 2019年7月 ディエゴ・シヌエ、グアナファト州知事が湯崎英彦、広島県知事をグアナファトに迎える。更に交流を深めることを再確認し、けん玉遊びやセルフィ−撮影などが行われた。 よく使われる言葉 Palabras comunes Ciudades hermanas 姉妹都市 Amigos 友達 (tomodachi) Acuerdos…