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日本の起業家精神レオンの路上で本格的な日本のラーメンを売るヒロさん

ヒロさんは、手作りの麺と本場の味付けが持ち味のラーメンをレオンで提供。 ヒロさんは1年余り前から、レオンの住民やほかの都市から来た人々に本場の手作りラーメンの味で感動を与えています。 スペイン語を学んでいたヒロさんは、より身近な経験をするためにメキシコに住み始めましたが、メキシコの日本料理は母国の味と違うことに気づきました。 日本で寿司屋や和食レストランで働いた経験を活かし、ヒロさんはラーメン店「ライオンラーメン」を開く決意をしました。「ライオン」はレオンの日本語訳に由来しています。 パートナーのジオさんと共に、当初はビセンテ・バルティエラ通り902のオベリスコ広場近くに小さなラーメンの屋台を開きました。しかしながら、屋台の大きさゆえ厨房がなかったため、事前にすべて調理し、提供時に温めなければなりませんでした。 ソーシャルネットワークでの人気と、本格的なラーメンの味を求める地元の人々のおかげで、今年3月、ヒロさんはエル・ロサリオ地区のアドルフォ・ロペス・マテオス大通り3111番地のメトロポリタノ市場内に、ラーメン店をオープンすることができました。 自身のTikTokアカウント@raion_ramenで、ヒロさんは手打ち麵からスープの作り方まで、調理の全工程を公開しています。 手打ち麺、チャーシュー、トウモロコシ、ネギが入った美味しい定番ラーメン、または辛口ラーメンを、たった100ペソで味わうことができます。さらに、暑い季節にぴったりの爽やかな日本の飲み物、カルピスも提供しています。 「ライオン・ラーメン」の営業時間は、屋台が火曜日から日曜日、午後1時から4時まで、店舗も火曜日から日曜日、午後1時から7時までです。

ITM2024に1万5千人以上が来場

アメリカ大陸のハノーバーメッセ、第6回インダストリアル・トランスフォーメーション・メキシコ(ITM)では、インダストリー4.0をリードする250社以上が出展者し、世界中から最新の技術革新が紹介されました。

サン・ミゲル・デ・アジェンデで新年最初のキス

サン・ミゲル・デ・アジェンデの広場で新年を迎えることは、今や伝統となっています。訪れる人々はブドウ、ワイン、グラスを持ってメインガーデンに集まり、町のシンボルである教区教会の前で、生演奏を楽しみながら、恋人と新年最初のキスを交わします。 花火やマリアッチの音色、そして真夜中の寒さの中、市の関係者によるカウントダウンが行われ、新年の祝いが始まります。この新年の祭りは、地方自治体とサン・ミゲルの観光業界が協力して企画され、町中のレストランやホテルでもこのお祝いが広がってきています。 12月に行われるサンミゲルの祭りは特別で、市が主催するイベントをいくつか紹介します。 クリスマス・フェア サン・ファン・デ・ディオス地区での季節のマーケット ツリー点灯 市民がメイン広場に集まる 全国羊毛・真鍮フェア 40年の伝統 ウィンターフェスティバル メイン広場での無料音楽コンサート ポサダ 各地域で行われる 大晦日 メイン広場での祝賀行事

IECA新事務局長にサロモン・セバジョス氏が就任

サロモン・セバジョス・オチョア氏がグアナファト州職業訓練センターの新事務局長に就任しました。就任に際して、セバジョス事務局長は、社会変革をもたらすための教育とIECAの重要性を強調しました。 サロモン・セバジョス・オチョア氏の経歴 セバジョス氏は法学士であり、公共政策学修士、さらに日本の国際協力機構(JICA)での研修経験もあります。国家公務員として勤務し、サラマンカ市議会評議員としての実績もあります。

広島とグアナファト:友好の10年

広島県の湯崎英彦知事がグアナファト州を訪れ、両自治体の友好10周年を祝うとともに、リビア・デニス・ガルシア・ムニョス・レド知事との友好関係を再確認しました。 祝賀会では、両知事が広島・グアナファト友好関係提携書に署名しました。 「広島とグアナファトのような強固な友好関係の一端を担えることを大変誇りに思います。両地域の幸せと発展のために、互いに協力していく真の友情があります」とガルシア知事は述べました。 広島とグアナファトの連携は、2014年のミゲル・マルケス・マルケス知事の任期中に始まり、経済関係協定が締結されました。その数年後にはスポーツ交流協定が結ばれ、より充実したものとなりました。 それ以来、グアナファト州には144の日系企業が進出し、その多くが広島発祥の企業で、現在4万7000人以上の雇用を生み出しています。

新キンドルが読書を変える

さらに薄型で防水仕様を搭載し、ページめくりの速度も向上した新バージョンはクリスマスギフトに最適。 アマゾン (NASDAQ:AMZN)はキンドルの新シリーズを発表しました。史上最速のKindle Paperwhiteと、新色の鮮やかな抹茶色を取り入れた新Kindleが登場。 Kindle Paperwhite:史上最速のキンドル 本モデルは、軽量で薄型なデザインでありながら、史上最大となる7インチディスプレイを搭載しており、最大3カ月間持続可能なバッテリーを実現しています。 Kindle Paperwhite防水仕様で、数千冊の本を保存できる16GBのストレージを備え、カラーはブラック。Kindle Paperwhite シグニチャーエディションは、32GBのストレージや明るさ自動調整機能を搭載しているほか、ワイヤレス充電にも対応しており、こちらもカラーはブラックです。 新Kindle:最もコンパクトなKindleが抹茶色で登場 新色の鮮やかな抹茶色が加わり、1回の充電で数週間持続可能なバッテリーと16GBのストレージを搭載しており、お出かけ先の読書にもおすすめのモデルです。  アマゾンでの価格 Kindle 2,099ペソ Kindle Paperwhite 2,099ペソ Kindle Paperwhite Signature Edition 3,799ペソ

フォルクスワーゲンがグリーン企業として認定

 リビア・デニス・ガルシア知事が、グアナファト州のフォルクスワーゲン社に環境保全「グリーン企業」認証を授与。 グアナファト州政府は、自主的に環境監査を実施し、高い基準で廃棄物、排出物、資源利用を管理している組織にこの認証を与えています。 この認定は、メキシコのフォルクスワーゲンが環境保護に対するコミットメントを示し、グアナファト州の持続可能性に寄与していることを反映しています。 フォルクスワーゲン・メキシコのホルガー・ネスター社長兼CEOがこの表彰を受けました。 フォルクスワーゲン・グアナファト工場は2017年に参加し、大気、水、廃棄物管理、天然資源保護などの項目で100%のコンプライアンスを達成しています。 現在、同州では270社以上がこの認定を受けています。

板垣克己総領事が離任へ

在レオン日本国総領事として4年間を終えた板垣総領事が、日本とグアナファト州の産業および文化の関係強化に向けた多大な尽力を経て、惜しまれながらの退任を迎えました。 離任式には日本人だけでなくメキシコ人も集まり、心温まる時間となりました。板垣総領事は「メキシコは私の外交キャリアにおいて大きな財産であり、アグアスカリエンテス、ケレタロ、サン・ルイス・ポトシ、そしてレオンの友人たちと共に働けたことを誇りに思います」と述べました。 新領事は11月9日に着任する予定です。

日本企業がグアナファト州への投資を希望:ジェトロ

グアナファト州は日本企業にとって依然として魅力的な場所です。マツダ、ホンダ、トヨタといった自動車メーカーの進出により、同州は日本企業の投資先の第一候補となっています。 ジェトロ・メキシコの中畑貴雄所長はココ・メキシコのインタビューで、グアナファト州は自動車産業だけでなく、飲食業やサービス業の日本企業にとっても大きな可能性がある。そして、グアナファトの立地や交通インフラが、アメリカに輸出する日系企業にとって適していると述べました。 メキシコには現在約1600社の日系企業があり、バヒオ地域には約600社でそのほとんどがグアナファト州に位置しています。 ホタテがメキシコに上陸 中畑所長の報告によると、自動車産業向けの部品のほかにも、日本原産の貝類ホタテがメキシコに輸入されており、メキシコシティ、モンテレイ、グアダラハラ、レオンの日本食レストランで食べられるようになっています。 日本米もメキシコへの市場参入が妨げられていた規制が解除され、すでにメキシコ国内で販売されています。 さらに、日本酒の販売もメキシコで大幅に増加しています。

エル・パラシオ・デ・イエロ:起源はグアナファト州

メキシコの高級ブランド・デパートとして知られるエル・パラシオ・デ・イエロが、先日レオンにオープンしました。約30億ペソが投じられ、800人の従業員が雇用されています。 エル・パラシオ・デ・イエロは、メキシコシティ、モンテレイ、グアダラハラ、カンクン、プエブラ、アカプルコ、ケレタロなどの国際的な都市に15店舗を展開しています。 高級ショッピングの象徴としての地位を確立してきたこのデパートは、グアナファト州の小さな町シラオにその起源があります。 エル・パラシオ・デ・イエロの創業者の父であり、全国的に有名な実業家だったラウル・バイエレス・チャベスはフランス系ですが、シラオにあるシンコ・デ・マヨ通り18番地の家で生まれ育ちました。 裕福なフランス人移住者の息子であるラウル・バイエレス一家は、もともと農業に携わっており、ポルフィリアート時代のメキシコの繁栄に乗じて、ランチョ・ヌエボにアシエンダを築きました。 1915年、父の死後、若きラウルはメキシコシティに移り住み、民間企業で主に金融、産業、文化機関の設立に携わりました。その後も努力を重ねて輝かしいキャリアを築き上げました。特に外国企業の買収を推進し、革命後の国の安定化を支えました。 グアナファト州出身のラウルは、同じく同胞でレオン出身のセリア・ゴンサレスと結婚しました。レオンに開店した新店舗の廊下には、2人の肖像画が飾られています。 2人の間には、ラウル、アルベルト、セリア、スサナの4人の子供が生まれ、次男のアルベルト・バイエレスがエル・パラシオ・デ・イエロの創設者となります。 ラウル・バイエレスがシラオに残したもの ラウルの遺産は今でもシラオの通りに残っています。1985年、シラオ市はラウル・バイエレスに敬意を表し、町の主要な大通りのひとつであるラウル・バイエレス通りを建設しました。 この大通りは、旧シラオ・フェリア会場を起点とし、バスターミナルへとつながっています。さらに、この町には彼の名を冠した公立小学校もあります。