メキシコは左に方向転換する一方グアナファトは右側に留まる

フアン・カベジョ 新聞記者   去る7月1日、約9千万人のメキシコ人が総選挙で票を投じた。 Morena(国家再生運動)を率いるアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール氏が他の候補者を大きく引き離して大統領選を制し、メキシコ史で初めて左派政党が政権を握ることとなった。革命以来PRI(制度的革命党)とPAN(国民行動党)が交互に政権を握っていた体制が崩壊し、ペニャ・ニエト大統領の後にAMLO(アンドレス・ロペス氏の通称)が就任する。 グアナファト州は国内で唯一PAN(国民行動党)が勝利した州で、新グアナファト州知事はPANのディエゴ・シヌエ氏である。この若い政治家が、現ミゲル・マルケス知事の後を継承する。メキシコ大統領、グアナファト州知事共に、今後6年間の政権を担当することになる。 レオンでは、同じくPANのエクトール・ロペス・サンティジャナ氏が、市長としては史上初めての再選を果たした。レオン市そしてグアナファト州は同じ保守派政党により統治される。 グアナファト州はPANが大勝した唯一の州であり、メキシコは左に方向転換する一方でグアナファトは右に留まることになりそうだ。

新年に新領事が着任します

新年にレオンに新しい領事が来られます。 伯耆田修領事ようこそメキシコへ。 鈴木康久領事2年間 本当にありがとうございました。お世話になりました。 鈴木領事が帰国される前にはテキーラとチラキーレスが大好きになったことや、日本人がここでどんな風にメキシコの生活に適応していくのかを熱っぽく語ってくれました。 今月号のココメキシコをレオン領事として読むのは最後になられます。 今月の特集はメキシコの美しいモナルカ蝶です。毎年この季節に見ることができる自然のアートをお見逃しくなく。私たちの国メキシコを満喫してくださいね。 モナルカ蝶はカナダからメキシコの森まで旅を続け、私たちに絶景を見せてくれるのです。 素晴らしい一年の始まりに聖堂を訪れるのもいいですね。 昭仁天皇陛下の誕生日のレセプシオンもよかったでね。日本の天皇家の継承や伝統とても興味深かったです。 一年の始まりにはメキシコを代表する様々なお祭りが行われます。今年もメキシコと日本の様々な違いを紹介していきたいと思います。 ココメキシコを今年もよろしくお願いします。 2018年 あけましておめでとうございます。  

メキシコの家政婦事情

林 道子 米インディアナ大学コミュニケーション学部卒   メキシコにおける「家政婦」。その存在は一般的であり、低所得者の多い彼女たちに仕事を提供することは社会貢献の一つとも言われている。私もこの国に住んで約3年、とても信頼できる家政婦さんに出会い、お願いすることが出来た。つい最近までは・・・。 物静かで仕事熱心な彼女が、ある時期から勤怠が不安定になり始めた。そして最終的には「仕事を辞めるので退職金が欲しい」と、グアナファト州の労働社会福祉事務局で見積もった金額を提示してきた。知り合いの弁護士に相談したところ、「労働者の意思での退職ならば退職金を支払う義務はないが、穏便に済ませたいなら2週間分の賃金を渡し、契約書を交わせば良い」とのこと。しかし彼女は合意どころか、これでは足りないと更なる金銭を要求。再度労働局に出向き、第三者を含む話し合いに持ち込む正式なレターを送ってきたのである。あんなに信頼しきっていた彼女からの裏切りは、まさに青天の霹靂。 彼女が駆け込んだ労働社会福祉事務局は、労働者の権利を保護する目的の政府機関。日々多くの人で溢れかえっているのが実態だ。今回はあくまで話し合いによって解決することが目標で、まだ訴訟にはなっていない。お互いの合意が得られなければ、支払を拒否する権利も私には残っている。しかしここで注意したいのは、万が一彼女が次のステップである訴訟に持ち込んだ場合、彼女たちは国の弁護制度を無料で活用できるのに対し、私たち雇用側は高額の弁護士費用を自費で捻出せねばならないこと。今回のような件では弁護士費用の方が高額になる為、訴訟になる前に終わらせたい場合がほとんどだろう。 また、この国の労働局は、基本的には低所得者階級を保護する傾向が強い。家政婦雇用の多くは契約書や勤怠表はなく、事実を証明できるものはどこにもない。実際に労働局の判事を含んだ話し合いの中で、彼女の話は嘘や過剰表現で溢れていたが、それが嘘だと証明できるものもない私は非常に不利な立場だ。それでも幸い私の主張も通り、支払は中間よりやや雇用主側に有利なところで決着できた。これは滅多にない事らしい。 家政婦雇用のトラブルは、メキシコ人でもおおいに起こりうる問題だが、外国人である私たちは言葉や文化の違いによるリスクも背負っているので十分に気を付けたい。信頼の基準は難しい。特に個人で雇用する場合、予め契約書を作る等の対策は有効であろう。 最後に一言。彼女はとても残念なミスを犯したとも言える。もしそのまま働き続けていたら、クリスマスボーナス、プレゼント、彼女の誕生日プレゼント、そして(私の帰国に伴い発生する)満額の退職金が問題なくもらえていた。その上、感謝の気持ちを込め、引っ越しの際に持ち帰らない家具や洋服なども彼女にプレゼントする積もりだったのに。彼女はこれら全てを、自らの強欲で失ってしまったのである。 (謝辞)この度の件を親身になって支援してくれたメキシコ人の友人に心から感謝します。  

日本文化を学ぶ

日系企業で働くメキシコ人にお話を伺いました。 Por Kokó México 日系企業で働くグアナファトの地元の方は益々増えています。州政府の調査によると、2万4千74人の従業員が日系企業に勤務しています。 日系企業での研修のみならず、日本の生活習慣についても学んでいるという方々にインタビューしました。 カレン カストロ 彼女は日本ビジネスシステムズ株式会社に2年勤務しています。日本のスタイルで働くことにはすぐ慣れたものの、未だに職場や生活の様々な分野において学ぶことが多くあると述べています。 「働き方、物ごとの考え方など私の生活の中にも馴染んでいます。率直な結論を求められるので、答えはイエスかノーであるべきです。それで、質問にはいつも率直に答えています。」 カレンはこの一年間、日本人の指導のもとで、仕事の効率を上げるために組織立て、時間を厳守し、規律正しくあることなどを学びました。   パトリシア モンティエル 彼女は日本ビジネスシステムズ株式会社で事務室長として2年勤務しており、仕事にやりがいを感じています。 彼女の上司とは、以前に働いていたメキシコシティ空港の旅行サービス会社で知り合いました。上司は日本語で接客し、その努力する姿は顧客に良い印象を与えていました。 彼女はこの2年で、段取りよく、かつ効率的に仕事を進めることを学び、特に苦労して練り上げたプランは評判もよく、やりがいを感じていると述べています。 「違う文化の元で働くという経験はかけがえのない貴重なもので、段取りよく懸命に働くなら必ず目標を達成できると学びました。また、目標を目指す意欲があれば国籍などは関係ないということは、ほかでもない日本人から学びました。」   ルイス セルバンテス 彼はネット回線のテクニカルサポート技師です。日本語を6か月学びましたが、彼の勤務先の企業が日本語指導を継続しており、上司への挨拶やお礼など、日本語を使っています。 「外資系企業で勤務するなら、習慣や服装、振る舞いや話し方を知ることをお勧めします。」

耕作地帯と工業団地の工場

鈴木 康久 在レオン日本国総領事   最近、レオン市長のエクトル・ロペス・サンティジャーナ氏とお話する機会がありました。 市長はメキシコと日本には4つの共通点がありますねと話してくれました。 太陽の国と称されること 2.農耕民族であること 3.酒やテキーラなどの名酒があること 4.地震災害を受けてきたこと。 メキシコと日本の4つの共通点を聞いてなるほどと感心しました。 多くの日本人はメキシコの文化に敬意を抱いています。メキシコ人はとても社交的で家族をとても大切にします。 日本人はメキシコ人が家族とバルバコアを食べたり、気球フェスティバルへ出かけたり、パーティーへ出かける姿を羨ましいと思っているんですよ。週末に家族や友達と集まる姿には もうそこに何も足りないものはないと感じますね。 これは仕事でメキシコにやってきた日本人とは対照的だなぁと感じます。日本ではメキシコのように家族が頻繁に集まってパーティーをしたりイベントにメキシコ人が家族で楽しんで参加するような習慣があまりありません。 でもレオンやバヒオに住んでいる日本人もここでの生活を楽しんでいますよ。サービスは良いし、静かで快適な生活環境ですからね。メキシコ料理のレストランをはじめ日本食レストランや、日本食材店もどんどん増えてきていますし日本人がメキシコの生活になじみやすく生活しやすい環境になってきていますね。

バヒオ地域における日本語ブーム

小林 明子 日本レオン領事館 首席領事   去る7月、レオン市カルカモス公園でレオン市による「Festival de las Naciones」が開催されました。このイベントには、日本、ドイツ、スペイン等の外国コミュニティが参加し、それぞれの国の文化紹介が行われました。今年が初めての開催でしたが、合計1500人もの市民が足を運びました。  日本スタンドでは、日本食と箸、団扇の販売を行いました。一番人気であっという間に売り切れてしまったのが、団扇で、日本語(漢字)で名前を書いてもらうサービスが大変好評を得ました。  日本語というのは、メキシコ人にとって大変魅力があるようですが、実際に日本語を勉強することはとてもハードルが高いようです。しかし、この高いハードルを乗り越えて日本語を着実に学んでいる優秀なメキシコ人も多くいます。 去る7月1日、グアダラハラの日墨文化交流学院で開催された日本語教師のための短期集中講座の開会式に出席した時のことです。この講座は毎年行われているもので、メキシコ国内のみならず、グアテマラやコスタリカ、遠くはトリニダッド・トバゴからも参加していました。特に驚いたのは、日本人の日本語教師のみならず、メキシコ人等、日本語を母国語としない方が数多く参加していることでした。メキシコにおける日本語教育は確実に根を張りつつあるのを実感しました。  また、開会式の後に同学院の生徒達がグアダラハラの中心街を日本語で案内して下さったのですが、この生徒達の日本語レベルもとても高く(“主柱(おもばしら)”なんていう単語まで使いこなしていました!)、日頃の先生達の努力、生徒達の日本に対する情熱に感動しました。一人の男性は、短期間レオンの日系企業で働いていた事があり、日本式の仕事ぶりが大変だったが、日本語のみならず、日本文化全般について学ぶことが出来た貴重な機会となったと語っていました。  バヒオ地域における日本語の出来る人材不足は深刻な状況にあり、毎日のように「良い通訳さんはいませんか」という相談を当館で受けることがあります。グアダラハラで会った生徒達は、まさにこうした戦力となりうる人材であり、将来の日本とメキシコの架け橋となる心強い味方です。バヒオ地域で増える日本人コミュニティを支えるのは、こうした仲介役となれるメキシコ人の友人であり、大切な財産だと思います。  レオン市はグアダラハラほどの歴史は残念ながらありませんが、大学や市が開催している日本語コース等があります。日本語を身につけたメキシコ人はバヒオ地域で引く手あまたです。確かに日本語を書くこと、読むことは難しいかもしれませんが、日本語を話すことはそれほど難しくはありません。是非勇気を持って、日本語学校の扉を叩いてみて下さい!

ようこそ日本へ

小林 明子 元在レオン日本国領事  昨年末、日本で最も驚いたのは、スキー場が多くの外国人観光客で賑わっていたことです。鄙びた山奥のスキー場に外国人が大勢いるとは想定外でした。島国である日本は一般的には閉鎖的だと言われてきましたが、21世紀の日本はここまで開かれた国になっていたとは!!まさに衝撃でした。 それもそのはずです。安倍総理は大胆な改革を断行し、訪日外国人旅行者数を2012年の836万人から2015年には1974万人まで伸ばし、さらに2020年に4000万人、2030年には6000万人に増やすことを目指しています。日本は2008年に観光庁を新設し、以来外国人を積極的にもてなし、受入れてきており、観光誘致は成功を収めています。 日本を訪れる外国人が日本の魅力としてよくあげるのは、「伝統文化と現代文化が上手に共存している」点や、人々の規律正しさや治安の良さです。財布を置き忘れ、翌日何も取られていない状態で手元に戻ってきた、朝3時に東京の繁華街を女性一人で歩いても全く怖くなかったといったエピソードを良く聞きます。 渋谷に行けば、ハチ公(一日に最大50万人が通行する交差点)や、回転寿司が楽しめます。秋葉原に行けば、最先端の電気製品があり、メイド喫茶(誰でも最高のおもてなしを受けられる)に行ってみるのが面白いでしょう。もう少し落ち着いた旅を楽しみたければ、京都の寺で庭園を見ながら瞑想するも良し、高野山に登って座禅をしながら精神のデドックスをするも良し。日本観光は、老若男女が楽しめるバラエティーに富んだものです。 ここバヒオ地域には現在約5200人の日本人が住んでおり、メキシコ人の日本に対する関心が高まっています。しかしながら、多くのメキシコ人にとって日本という国はマルコポーロがジバングと呼んでいた時代と同じぐらい、まだまだ遠い存在のようです。 しかし、勇気を出せば日本はたちまち近くなります。今年2月から、全日空は成田・メキシコシティ直行便のディリー運航を開始し、また、アエロメヒコも直行便を増やしており、メキシコシティから14時間で東京に着きます。 それから、メキシコ人は観光目的の6カ月以内の滞在であれば、日本への査証が免除されています。お金を貯めて2020年の東京オリンピックまで待って日本を訪れるも良し、それまで待てないという人はすぐにチケットを買って、明日日本に遊びに来てください!

「工業団地」の文化政治学

林和宏 日本ピラー工業メキシコ工場 kazuhiro.hayashi@pillar.co.jp   メキシコ自動車産業は概して、米国大統領選挙、TPP、為替変動のような政治経済・外交といったマクロな視点から論じられています。僕自身は、「工業団地」というよりローカル且つミクロな視点からの自動車産業というテーマに関心があります。文化人類学的「民族誌」の見地から見る、団地での文化の生産、再生産に関心があるのです。工業団地で生産されるのは、自動車部品や機械だけではない、と。  「行けばなんとかなる」と言われて「なんともなっていない」中高年のジャパニーズビジネスマンがスマホや電子辞書を片手に交流を取ろうと試みる傍らで、それらしい日本語を若いメキシコ人社員が操りはじめ、笑顔で丸く収まる微笑ましい昭和的・中小企業的な雰囲気もあれば、「グローバル共通語」の英語をドライに使いこなす企業もあります。  無論、「工業団地」で交錯するのは、所謂ナショナリティによって分節化されるような「国民文化」だけではありません。社会階層間の流動性の低い階級社会メキシコでは、「管理職」と「ワーカー」の違いは−高等教育にアクセスできる富裕層とそうでないものの格差という意味において−本人の努力以前のところで決定されているようにも見えてなりません。「ワーカー職」を求める若い「未婚の母」たちの列は同時にジェンダー、教育、宗教といったメキシコ文化の諸相について鋭く問いかけているような気がします。工業団地にもいろいろあるんです。  ただ、立ちすくんではいられません。いみじくも鈴木在レオン日本国総領事が本誌第2号で言われているように、まずは語りかけてみること。そこから始めるしかないのではないでしょうか。親に連れられてメキシコに来た子供たちが親より早くスペイン語を覚え、あっという間に友人を増やしていく過程こそが「 」付きの文化を乗り越える第一歩なのかも知れないですね。