広島県とグアナファト州との関係は、マツダのグアナファト州への進出を契機に、より強固な関係になってきています。2012年9月には、当時、マツダの代表取締役副社長執行役員をされていた金井誠太氏がメキシコ政府より在広島メキシコ合衆国名誉領事に任命され、2013年2月に広島大学工学部とグアナファト大学工学部が交流協定を締結してからは、広島大学ではグアナファト大学の留学生を受け入れています。そして、この年の11月には、ミゲル・マルケス・グアナファト州知事(当時)が広島県を訪問し、湯﨑英彦広島県知事との間で経済交流協定の締結を行いました。 翌年2014年11月には湯知事が県議会議員団とともにグアナファト州を訪問し,交流分野を更に広げる友好提携を締結してからは、毎年、交換留学生として高校生数名を相互に派遣している他、文化使節団の相互派遣を行っています。 2015年6月には、広島県や広島県議会、広島県商工会議所、広島大学、企業、テレビ局、関係団体から構成される広島グアナファト親善協会が設立され、今まで、広島県とグアナファト州の親善交流のための事業に対し様々な支援を行っています。 グアナファト州では、日本から学ぶことが多くあり若い人に日本を知ってもらおうという観点から毎年20名から30名の高校生・大学生を「日本に行こう」プログラムにより約10日間、日本に派遣しています。このプログラムでは参加学生は必ず広島県に立ち寄り広島県知事にお会いしています。また、毎年、広島県からはシェフ3人をグアナファト州に派遣し、広島フードフェスティバルを開催し日本食を紹介しています。その他、東京オリンピック・パラリンピックでは、広島県1県で全てのメキシコの代表団チームを受け入れるホームタウンとなっています。 2019年7月には、湯﨑知事が県議会議員団とともにグアナファト州を訪問し、ディエゴ・シヌエ・グアナファト州知事との間で友好連携協定締結5周年を記念するとともに,広島県とグアナファト州との間でスポーツ交流提携及び議会友好提携の各々の覚書を締結しています。 このように、広島県とグアナファト州との関係は、人物交流や文化交流だけではなく、スポーツ交流や議会交流等幅広く交流の場を広げています。 私がレオンに着任してから1年9か月が経過しました。この間、各州の政府要人、大学、民間企業、団体等多くの方とお会いし、日本への関心や期待の高さを感じました。 グアナファト州では、2011年、日本人居住者は201名、進出日本企業数は14社でしたが、2018年には、日本人は2362名、進出企業数は279社に達しています。同州では、人口600万人のグアナファト州に居住する2300人余りの日本人のためにグアナファト州内の交通標識、グアナファト国際空港や州議会議事堂、メトロポリタン公園の案内標識、レオン動物園の動物標記には日本語が併記され、また、グアナファト州緊急管制センターでは24時間日本語で対応できるジャパン・デスクが設置される等日本人に配慮した対応をしてくださっているのを目にしました。誠にありがたい限りです。グアナファト州では幼稚園から日本語を学ばせている学校もあるように日本語学習熱が盛んな地域です。毎年、メキシコ日本商工会議所が開催している日本企業の就職フォーラムには、今年は日本企業への就職を希望する1000名を越えるメキシコ人の方が来場しました。2015年から毎年実施されているマツダ駅伝大会には、地域住民の方や企業関係者約3000人が参加し、日本人とメキシコ人の方の友好を深める場となっています。レオン市、イラプアト市、セラヤ市、グアナファト市、サルバティエラ市では、日本祭りを開催し多くのメキシコ人の方が来場しています。 日本もグアナファト州への関心が高くなっています。2018年には、岡本三成外務大臣政務官、衆議院米州各国議会制度等調査議員団が、2019年には、日本商工会議所の経済ミッション、遠藤利明衆議院議員をはじめ4名の衆議院議員がグアナファト州に来訪されました。同年4月には、イラプアト市内にグアナファト日本人学校が開校し、今後、更に日本人の増加が見込まれます。 このようにグアナファト州と広島県そして日本との関係は、年々相互理解を深め益々強固になっていると感じており、そんなグアナファト州に勤務していることを幸せに思っています。
古川佳世子さん 日本人とメキシコ人の 架け橋に
古川佳世子さんは3か月前に在レオン領事としてバヒオ地区に来られました。領事として最も重要な役割は、ここに住む日本人が安全に暮らせるよう働きかけることだそうです。 ココメヒコのインタビューでは外交官としてのこれまでの経歴などについて話していただきました。 お名前をお願いします。 私の名前は古川佳世子と言います。古川が名字で佳世子が名前です。私は豊田という夫と結婚しているので戸籍上は豊田佳世子と言います。古川は私の両親の名字で,外務省では入省してからずっと古川を使っています。よくメキシコ人の方から私の名前(佳世子)の意味を聞かれるのですが,意味は,「より良い世界にする」という意味です。名前に負けないよう頑張らなくてはいけませんね。 ご出身は? 私は,日本の東京出身です。東京で生まれ,東京で育ち,東京の学校を出て東京で就職しました。東京は人も多くて,公共交通機関は混んでいて,大変なところも多いですが,やはりずっと生活してきたので,私は東京の街が大好きです。 これまでの外交官としての経歴は? 私は外務省では経済,経済協力,儀典,領事といろんな分野で働いてきました。在外勤務は,スペインとインド,そして今回のメキシコが3カ所目になります。 在レオン領事就任前のご職歴は? 直近は,領事局外国人課というところで,日本への観光促進のために,ビザの緩和を担当していました。メキシコと日本はとても良い歴史的関係を有しているので,観光目的であれば6ヶ月以内の滞在はビザが不要ですので,とても嬉しいですね。今は,メキシコシティから直行便が毎日飛んでいますし,2020年には東京オリンピック・パラリンピックもありますので,是非沢山のメキシコ人の方に日本を訪問して欲しいです。 その前は,南インドのチェンナイというところで,5年間勤務していました。もちろん,インドは文化も生活もメキシコとは違いますが,1つだけ共通していることは,実はチェンナイも日本企業の進出が進んでおり,チェンナイで知り合った日本企業と方と,またメキシコで再会するという面白いことがおきています。 以前メキシコに滞在されたことはありますか? 私がメキシコに来るのは2回目です。1回目は15年程前にカンクンに来ました。でも,バケーションではないですよ,仕事です!大きな国際会議がカンクンで開かれ,その日本代表団の一員としてきました。ですから10日間ほどいましたが,海には一度も入れませんでした。ここ,レオンには初めてきました。まだ3ヶ月しか経っていませんが,レオンでの生活はとても気に入っています。 グアナファト州における領事の課題とは? 日本企業が加速的に増加し,在留邦人の増加がめざましいここバヒオにおいて,私の一番大事な任務は,在留邦人の方がここメキシコで楽しく生活し,またスムーズにビジネスができるように側面支援を行うことです。 日墨関係改善のために必要なことは何ですか? 今年は,日墨外交関係樹立の130周年の記念すべき年です。このように日本とメキシコは既に長い交流の歴史がありますので,先輩方に感謝しつつ,更にこの良好な関係を継続,更に活発にしていくために,ビジネス交流のみならず,人的交流や文化交流が進んでいくことを願っています。 グアナファト州在住の日本人が直面している問題点は? 今,一番日本人が心配しているのは,治安の悪化です。もちろん,日本人が直接被害に遭う場合もありますが,最近は,ショッピングセンターやコンビニエンスストア等で銃器を使った犯罪が増えていることはとても心配です。幸い,私たちはグアナファト州政府とそういった治安に関する情報交換の場を設けて頂いているので,引き続き州政府と協力しながら,邦人の安全に努めていきたいと思っています。 メキシコ生活に早く順応するために心掛けられていることはありますか? 私は,基本的に柔軟な人間なので,どこにいってもすぐにその生活に溶け込めるという長所を持っています。スペイン語をずっと使っていなかったので,まだまだ勉強が必要ですし,メキシコの文化や歴史をもっと知らなくてはいけませんが,まずは友達を沢山作って,メキシコの生活を楽しみたいです。
在レオン日本総領事館 初の女性領事
バヒオ地区在住の日本人をサポートするという使命を抱いて、2年前にメキシコに来られました。当時開設されたばかりの在レオン日本総領事館では、勤務していたのは3名のみでした。 バヒオ地区在住の日本人をサポートするという使命を抱いて、2年前にメキシコに来られました。当時開設されたばかりの在レオン日本総領事館では、勤務していたのは3名のみでした。 小林明子さんは当時を振り返り、「日本人コミュニティがどのくらい増えるのか想像もつきませんでしたが、最初の一年で予想以上の増加がありました。」とレオンを去る数日前に話してくださいました。 明子さんは在レオン日本領事館首席領事としての任務を終え、エクアドルでの新しい職務に就くためすでにメキシコを後にされましたが、レオンに大きな足跡を残されました。 日本人コミュニティの支援、地方自治体と新参日系企業を結ぶパイプ役となるなど、両国間の架け橋としての役割を果たされました。 また、様々なフェスティバルや、発足式、展覧会、企業会議に参加するなど、常に同胞に寄り添って来られました。 明子さんは大学卒業後、23年前から外交官として働き始め、これまで東京の政府機関、スペイン、日本大使館、イタリア、ドミニカ共和国、メキシコで勤務し、現在はエクアドルに赴任されています。 レオン滞在中の2年間で明子さんはバヒオ地区の経済成長と、日本人コミュニティが及ぼす影響を目の当たりにしました。 この先第二段階が訪れる、と明子さんは語ります。 「ここ3、4年で多くの日系企業が設立されていますが、今後さらに増加するでしょう。メキシコ人は日本人をよく理解してくれますし、双方がお互いに向上していこうと努力しています。そういう点から見ても、バヒオ地区は確実に発展していくと思います。」 「最も重要なのは互いを知り、違いを理解することです。日本人は規律正しく、時間に正確です。メキシコ人は柔軟性があり、とても創造的です。その長所をお互いに学んでいけば、多大な利益をもたらすでしょう。」 明子さんは切ない思いでグアナファトを後にされました。「ここの人々は皆親切なので、日本人にとってこの町に居住することは良い選択肢だと思います。日本人もたくさん住んでいますし、路上のサインやレストランのメニューも日本語で書かれている所が多いですし、日系企業も集まっています。」 メキシコでの生活が懐かしくなる、と明子さんはこのように語ってくださいました。「メキシコでのたくさんの素晴らしい思い出を胸に、テキーラとメキシコのおもちゃを土産に持って行きます。ここでの生活はとても幸せでした。」 SaveSave
新領事の着任
伯耆田修総領事は以前メキシコシティとグアダラハラに住んでおられたので、メキシコ文化にも精通されています。メキシコ人の気さくな人柄を好み、タコス・アル・パストールを食するのが大好きだそうです。 1月に着任された新在レオン日本国総領事の主な目的は、日本−メキシコ両国間の絆を深めることだそうです。伯耆田総領事はラテン関連のテーマにも見識が深く、外交官としてこれまでコスタリカ、エクアドル、パナマ、メキシコ、そしてスペインに赴任されていました。今回メキシコに帰還され、レオンのオフィスで総領事の今後の責務について、ココ・メキシコに語っていただきました。 総領事の前職は? これまでのキャリアの中で、コスタリカ、エクアドル、パナマなど、中米の国々で働く機会がありました。前職では、外務省領事局海外邦人安全課法人援護官に就いていました。 以前からメキシコについてご存知でしたか? はい、1981年から1982年にかけて、日本−メキシコの交換留学でグアダラハラに滞在しました。メキシコ人家族と生活することで、メキシコの文化や習慣を多く学びました。2001年には在メキシコ日本大使館で第一秘書、そして領事に就任したので、その経験がメキシコの地理や安全面を把握するのに役立ちました。また、カンクンやカンペチェの魅惑の町々、そしてチアパスなど様々な場所へも訪れました。 メキシコについて耳にされていたことは? メキシコは日本にとって良きビジネスパートナーであり、その上素晴らしい文化交流が行われています。特にバヒオ地区ではここ4年間で日本人の人口が2.5倍も増加し、計5000人が在住しています。さらに日系企業は4倍に増加し、バヒオ地区だけで日系企業数は計600社です。 グアナファト州は想像されていた通りでしょうか? グアナファト州が経済発展著しい州のひとつであることは、多くの日本人が在住していることからも明らかです。2年前レオンに総領事館が開設され、グアナファト州、アグアスカリエンテス州、ケレタロ州、サン・ルイス・ポトシ州、サカテカス州、そしてハリスコ州の6州を管轄地域として、邦人のサポートにあたっています。また、安全面はとても重要な問題であり、地方自治体や連邦当局と協力して、訓練や情報の提供を受けるなど引き続き取り組んでいきます。 「バヒオ地区には以前日本人が少なかったので、どれだけ増えているのか想像もつきませんでしたが、到着してみて余りにも日本人人口が増加しているので驚きました。」 メキシコで驚いたことは? 2001年から2004年までメキシコシティに在住していた時には、バヒオ地区には余り日本人もいませんでしたし日系企業も少なかったので、どのようにこの地区が発展しているのか想像がつきませんでしたが、ここに到着した時に日本人人口と日系企業の数が増えているのを目にして大変驚きました。1981年のグアダラハラ滞在中に町の中心部を歩いていて、数人のメキシコ人学生に「(日本語)」と話しかけられました。今では多くの学校で日本語が学習されていて、メキシコ人が日本語に興味があることが嬉しかったですね。日本の企業にもメキシコ人技師をインターンとして雇っている会社もあります。 総領事としての一日の仕事はいかがですか? 今のところ様々な活動があります。6州を管轄していますから、それぞれの州の日系企業、学校、地方自治体や州政府を訪問しなければなりません。ですから今しばらくは忙しい日々です。 在レオン日本国総領事としての主な目標は? 経済面、安全面、文化交流においての日本とメキシコの絆、そしてバヒオ地区と在留邦人との交友関係を深めることです。日本人が共に協力することで成果が出ると確信しています。 グアナファトに到着されてから何か学んだことはありますか? まだこちらに来てから日も浅いですし、様々な活動もありますが、もっとグアナファトの文化、教育、郷土料理、歴史などについて知りたいと思います。 お気に入りのメキシコ料理は? チレの入ったタコス・アル・パストールです。 メキシコに赴任されるにあたって、何かアドバイスがありましたか? 通常海外へ赴任する場合と同じような注意喚起がなされます。 日本人にとってグアナファトはどんな存在ですか? グアナファト州は私たちにとって大変重要で、経済的、そして文化的交流を時間と共に深めてきました。現在メキシコ国内でも最も日本人人口、そして日系企業数が多い州です。将来的にはさらにその絆が深くなるに違いありません。 なぜ伯耆田総領事が新総領事に選ばれたのですか? 日本政府から次の外交任務についての辞令が交付されますが、4年間のメキシコシティでの経験と、グアダラハラでの1年の滞在もありましたし、これまでの中米の国々での領事としての経歴、また日系企業との関係など様々な要因が重なっての決定だと思います。
ありがとう、メキシコの友人たち!
在レオンの鈴木康久総領事が、メキシコに別れを告げました。 ココメキシコとのお別れインタビューにおいて、領事は、日本人に対するメキシコの人々の温かい心遣いと、自動車産業に従事する人々の多大な努力に感謝しました。そして、次期領事に着任する伯耆田修(ほうきだ おさむ)氏が、更なる経済・文化的発展を経験することになるだろう、と話しました。 レオンでの最後の日々、いつもの変わりない笑顔で鈴木康久氏はココメキシコのインタビューに答え、初の在レオン日本国総領事としての2年間の経験について話してくださいました。 メキシコを離れられるということですが、今のお気持ちは? 悲しいですね。レオンに住んで、非常に幸せでした。フェリアを楽しみましたし、皮のカバンやベルト、財布を買ったり、スケートリンクやサーカス、いろいろなパーティーにも行きました。ここでの生活は最高です。 メキシコの何が、特に懐かしく感じられるだろうと思われますか? 私の好きなメキシコ料理、チラキーレスとポソレでしょうね。緑のソースをかけて目玉焼きをのせたチラキーレスはとてもおいしいですし、赤いポソレが大好きなんです。 ご着任当時と比べた今現在のバヒオ地区の重要な変化とは? 日本人とメキシコのさまざまな機関が協力し、音楽や踊りなどの文化を紹介する催しを行ってきました。以前はグアナフアトには、こうしたイベントはありませんでした。日本について、メキシコの皆さんにもっと知っていただけたらと思っています。 バヒオ地区に住んでいる日本人の皆さんについては、どのように感じていらっしゃいますか? 日本の人々は、とても幸せです。多くの人が、グアナフアトでの生活を楽しんでいます。落ち着いた環境ですし、気候も良く、地域の人々はとても気さくでフレンドリーです。なので日本人も少しずつメキシコの生活になじんでいっているようです。 グアナフアトの未来について、どのように考えますか? 今後更に自動車産業のメキシコのサプライヤーが増え、益々専門化していくでしょう。グアナフアトは多くの国の羨望の的となるでしょう。多くの有能なエンジニアや技術者がやってきて、世界的に知られるようになると思います。 2年前、日本企業はどのくらいありましたか? 現在は? 2年前はグアナフアトに150の日本企業があり、現在は220です。バヒオ地区全体では、600社にのぼります。 バヒオ地区に在住する日本人はどのくらいいますか? グアナフアト州に、約2千人の日本人が住んでいて、バヒオ地区全体では6千人くらいです。 バヒオ地区で生まれた日本人、または日系の子どもたちはどのくらいですか? 約40人です。多くが、父親がメキシコ人で母親が日本人というケースです。 日本はどのようにメキシコに影響を与えたと思われますか? あまり多いとは思いません。逆にメキシコ人が日本人にたくさんの影響を与えていると思っています。例えば、どのように仕事と楽しみを結びつけるのか。日本では、私たちはあまり楽しみ方を知りません。パーティーもやらないし、映画館にもあまり行きません。だから、私たちはメキシコでどのように楽しんで生きるか学んでいるのです。ここでは生きることがもっと幸せです。だから日本人はメキシコで、もっと幸福感を感じるのです。 メキシコを去られて次のお仕事は? 日本政府からの指示を待っているところです。おそらく、ラテンアメリカのどこかの国に赴任することと思います。 何かメキシコのものを持っていかれますか? テキーラを!大好きなんです。ボトルをたくさん持っていきますよ。
耕作地帯と工業団地の工場
鈴木 康久 在レオン日本国総領事 最近、レオン市長のエクトル・ロペス・サンティジャーナ氏とお話する機会がありました。 市長はメキシコと日本には4つの共通点がありますねと話してくれました。 太陽の国と称されること 2.農耕民族であること 3.酒やテキーラなどの名酒があること 4.地震災害を受けてきたこと。 メキシコと日本の4つの共通点を聞いてなるほどと感心しました。 多くの日本人はメキシコの文化に敬意を抱いています。メキシコ人はとても社交的で家族をとても大切にします。 日本人はメキシコ人が家族とバルバコアを食べたり、気球フェスティバルへ出かけたり、パーティーへ出かける姿を羨ましいと思っているんですよ。週末に家族や友達と集まる姿には もうそこに何も足りないものはないと感じますね。 これは仕事でメキシコにやってきた日本人とは対照的だなぁと感じます。日本ではメキシコのように家族が頻繁に集まってパーティーをしたりイベントにメキシコ人が家族で楽しんで参加するような習慣があまりありません。 でもレオンやバヒオに住んでいる日本人もここでの生活を楽しんでいますよ。サービスは良いし、静かで快適な生活環境ですからね。メキシコ料理のレストランをはじめ日本食レストランや、日本食材店もどんどん増えてきていますし日本人がメキシコの生活になじみやすく生活しやすい環境になってきていますね。
日本はメキシコを信頼しています
鈴木総領事はグアナファトには 将来性があると断言 Por Pablo César Carrillo アメリカ人は知りませんが日本人はメキシコを信頼しています。 鈴木総領事は 新しいアメリカの大統領によって先行きが不透明となっている経済について日本人はメキシコを信頼していると言及した。 ロペスマテオスのハンプトン・インの6階の領事館のオフィスでインタビューした。 日本人はメキシコを信頼しています。今も日本企業の3社からグアナファトでの開所式の招待が来ているんですよ。メキシコには将来性がたくさんあります。 私の同僚はメキシコ人は働き者でここにはたくさんの労働力人口がある。メキシコは青年の国なんだ。と言っています。 中国、韓国、アメリカなどでも青年人口は減っていますよね。グアナファト、ケレタロ、サンルイスポトシ、アグアスカリエンテスやハリスコで571社も日本企業があります。5169人もの日本人が働いていてグアナファト州内だけで234社も日本の企業があるんですよ。 日本企業は来なくちゃいけないし、そのプロバイダーのみなさんも。 日本人はこれからも投資をしますよ。でもアメリカを挑発しているわけではないのであまり目立ちすぎないようにしたいですね。 メキシコにはこれからもっと石油化学工業やプラスチック産業、スチールよりも強く熱にも強い炭素樹脂繊維の生産や産業物流、運送システム、鉄道や港の整備など増強が求められています。 メキシコは一日で1万台を輸出できるインフラを整備しなくてはいけない。 ベラクルス港、マンサニージョ港、プエルトバジャルタ港を発展させて船でヨーロッパ、南アメリカやアメリカに車をもっと輸出できるようにするのです。 グアナファトはまだまだ自動車産業を強化する必要があります。 そのためにはまだたくさんやることがありますね。 目標はアメリカとの経済関係ではなく もっともっと大きな事なのです。 メキシコに投資する企業の声 日本企業はメキシコを信頼しています ココメキシコが自動車関連企業の代表の声を紹介します メキシコは投資するのにとても魅力ある国です。日本企業はメキシコを注視しています。 管野 敬司Ent Precision メキシコ 社長 2年前にレオンに事業所を開設 アジアやアメリカにも自動工業のボルト締結部品を販売 ここの市場は多くの可能性がありますし メキシコ人は働き者でとても礼儀正しいです。 山崎一郎 美濃工業メキシコ社長 今年からレオン工場で自動車部品、アルミダキャストの製造開始 メキシコで生産するのはとても良いです。 市場は広がっていますし生産も増えてきています。 山田充利 パイオニア社長…
良き市民 になりたい
日本人はメキシコにびっくりさせられます。 ここには 耕作できる広大な土地があります。日本は山がたくさんあります。 ここにはたくさんの子供たちと青年がいます。 日本はたくさんの高齢者と成人がいます。 レオンの日本領事館の鈴木康久総領事は日本人がどのように新しい土地に適応していく過程を語った。 “私たちは 良き市民になりたいのです”。 日本から見てメキシコはどうですか。 「いいですよ。とても良い仲間ですし メキシコ、メキシコ人に好感を持っていますよ。」 にほんから見て グアナファトはどうですか。 「たくさんの日本人がバヒオ地域に住んでいます。静かな町で人々も素朴です。 これは多くのことを意味します。」 グアナフアトから見た日本はどうですか。 古い感じですね。 多くの高齢者がいます。メキシコは多くの青年が道を闊歩しています。 この地域は 日本にとってどのように見えますか。 とても良いパートナーですね。土地も美しいです。 日本は国土の85%が山地で居住、畜産、農業に適していないんです。 日本人は ここに馴染んでいますか。 多くの人がメキシコは変わったなと感じています。 国際化されてきていますね。メキシコ料理もそんなに辛い味付けにしてないですし、モダンになってますね。 多くの外国人にとってメキシコは コスモポリタンです。 個人的にお伺いします。 ここで一番 印象的なことはなんですか。 夜明けや夕暮れの太陽が本当に美しいです。高層ビルが少ないこともあり 地平線が見えるので 本当に美しい景色です。まだたくさんの自然があることも 印象的ですね。 ここで 日本人が直面している問題は どんなことですか。 多くの日本人はスペイン語を話さないので コミュニケーションするのが難しいことです。それは とても心配なことです。私たちは良い市民になりたいのです。もっと地域社会の輪の中に入っていかなくてはいけないんですが 言葉の壁が大きく 難しいと感じています。 治安についてはどうですか。 ここは日本よりも事件が多いのはわかっています。日本人への被害は 一ヶ月に4,5件 車のガラスを割って盗難されるケースが報告されています。 グアナファト州の州民の皆さんの働きぶりを 見られたことはありますか。 日本人が求めている 意欲がありみんなの雰囲気がいいところ それが メキシコ人労働者の中にあります。機転がきいて素直で早く仕事を覚える。とても適応していると思います。 ここでの生活の質はどうですか。 私はメキシコの人たちはよい生活をしていると思います。 カラオケが好きで レストランで食事をする。娯楽も多いですね。 日本の生活はもっと退屈ですよ。映画は高くて行けないし、レストランにも行きません。 ここで 日本に似ているような場所はありますか。 メトロポリタン公園ですね。とても緑が多くて 自転車に乗ってる人やウォーキングしてる人がいて そこから見える山もすこし日本の山に似ています。とても居心地がいいですね。 日本人にアドバイスはありますか。 もっとみんなの輪に入るように努力してほしい。 メキシコ人に挨拶してほしいですね。