バレリア・バラハス 日本にサッカーが伝わったのは19世紀後半のことです。開国と 近代化が進んだ明治時代、イギリス人の教師や海軍軍人によ って持ち込まれました。初期の頃、このスポーツは主に学校や 大学を中心に親しまれていました。 その後、数十年にわたり日本では野球が国民的スポーツと して人気を博し、サッカーはアマチュア競技として緩やかに発 展していきました。そして1921年、日本サッカー協会が設立さ れ、競技としての正式な第一歩を記しました。 大きな転換期となったのは1993年の「Jリーグ」開幕です。 これにより日本サッカーは真のプロ化という革命を迎えました。 以来、日本代表は「サムライ・ブルー」の愛称で知られ、アジア サッカー界の主役へと成長を遂げました。 1998年のFIFAワールドカップ・フランス大会で悲願の初出 場を果たして以来、日本は連続して本大会への出場を続けて います。また、2002年に開催された韓国・日本共催大会は、ア ジアで初めて開催されたワールドカップとして歴史に刻まれて います。 日本サッカーの歴史年表 重要な点は、スーパーチャンピオンシリーズ(キャプテン翼)が獲得した人気であり、都市や州を代表するために企業に所属することをやめたチームを強化するのに役立つ野心的なアプローチを西部のコミュニティに伝えることができた。
BB VAスタジアム・モン テレイ:2026年FIFA ワールドカップ開催地
モンテレイのBBVAスタジアムは、ス ポーツの象徴であるだけでなく、メ キシコの大手建設会社であるGrupo GPによる高度なエンジニアリングプ ロジェクトとしても高く評価されてい ます。Grupo GPは60年以上の歴史 を持ち、メキシコ国内で2,200万平 方メートルを超える建設実績を誇 る、同国を代表する建設会社の一 つです。 Grupo GPは、この近代的なサッ カースタジアムの建設を担った主要 建設会社です。土木工事、構造工 事、そしてこの複雑なプロジェクトの ロジスティクス調整に携わりました。 さらに、複雑なコンクリート構造や 鉄骨構造、特にスタジアムの特徴的 な建築形状を実現するために、デジ タル建設モデルや最新の建設管理 といった先進技術を導入しました。 こうした技術革新により、設計と 建設を最高水準の品質と安全性で 同期させることが可能となりました。 BBVAスタジアムにおいて、GP Construcción社は以下の業務を担当 しました。 特筆すべきは、建設段階からサステナビ リティへの取り組みです。プロジェクトは 持続可能な基準に基づいて実施され、 建設段階から環境認証を取得し、環境 負荷の低い材料の使用とエネルギー効 率の向上を実証しました。 BBVAワールドカップスタジアム:
マツダ・メキシコ:バヒ オ産200万台の軌跡
サラマンカに位置するマツダ・メキシコ・マ ニュファクチャリング(MMVO)の累計生産 台数が200万台に達しました。12年前にグ アナファト州へ進出して以来、この日本メー カーが遂げてきた目覚ましい成長を象徴す る数字です。 同工場が生産累計100万台を達成し たのは2020年1月のこと。それからわずか 6年後の2026年1月、その数字は倍増しま した。 この躍進において、グアナファト州は極 めて重要な役割を果たしています。サラマ ンカ工場は単独で機能しているわけでは ありません。サプライヤー、物流、高度な人 材、そしてこの地域で成長のチャンスを掴 んだ企業ネットワークが一体となった「エコ システム」の一部なのです。ここで働く数 千人のグアナファト市民の労働こそが、事 業を維持するだけでなく、さらなる規模へ と押し上げる原動力となっています。 現在、マツダ・サラマンカ工場では5車 種を生産し、5,000人以上の従業員を擁し ています。生産された車両は米州各国へ 輸出されるほか、メキシコ国内市場にも供 給されており、内需の力強さを反映してい ます。 200万台達成は今年1月のことでした が、去る4月14日、マツダ・メキシコの石橋 剛社長兼CEOとリビア・デニセ・ガルシア・ ムニョス・レド州知事らが出席し、公式な記 念式典が執り行われました。 マツダ・サラマンカ工場 生産モデル ● Mazda2 セダン ● Mazda2 ハッチバック ●…
日本はホームで戦う
エウニセ・ メンドサ 私たちメキシコ人は、今大会で自国代表を応援する準備がす でに整っています。超満員のスタジアム、たなびく三色の国旗、緑 のユニフォーム。メキシコ代表の勇姿を見るための熱気に包まれ ています。 しかし同時に、私たちはメキシコ人にとって非常に親しみ深い 「もう一つの代表チーム」を応援する準備もできています。それ は、日本代表です。 メキシコの様々な都市、特にバヒオ地区では、数千もの日本人 家族が「家庭」を築き、コミュニティを作り、新しい帰属の形を見出 しています。彼らは仕事、才能、そして夢を携えてやってきました。 そしてメキシコは、彼らを両手を広げて迎え入れたのです。 レオン在住のミレイさんと夫のアラクさん、そして小さな息子さんは、いよい よ始まるワールドカップで日本代表を応援することを、心待ちにしています。 この繋がりは、単なるビジネスの関係をはるかに超えていま す。私たちメキシコ人は、日本に対して深い親近感を抱いていま す。彼らの規律正しさ、革新性、伝統への敬意、そして文化の美し さに憧れを感じているのです。日本の美食、芸術、テクノロジー、そ して未来を築きながら過去を尊ぶあの特別な姿勢に、私たちは心 を動かされます。 だからこそ、6月20日にモンテレイというメキシコの地で日本 が戦うとき、彼らは単なる「遠征チーム」ではありません。ホーム で戦うチームと同じなのです。日本の選手たちがピッチに飛び出 すとき、私たちメキシコ人は、彼らを地元のチームと同じように鼓 舞し、応援します。 ココ・メキシコも、日本代表の成功を心から祈っています。 ビバ・メヒコ! ビバ・ハポン!(メキシコ万歳! 日本万歳!)
イノベーションとテ クノロジー:金属加 工産業の原動力
バレリア・バラハス 金属加工界の「ワールドカップ」へ向け て、準備は整いました。レオン市のポリフ ォルム・レオンにて、350社以上の出展者 が最先端技術を搭載した機械を携え、第 7回「EXPO MAQ」に集結します。本展示 会は、ビジネスチャンスの拡大、トレーニ ング、ネットワーキング、そして企業成長 を促進する絶好の場となります。 6月2日から4日まで開催されるこの金 属加工分野の世界的リーディング・エキ シビションでは、実働する工作機械、自動 化・ロボティクス、工具、産業用ソフトウェ ア、計測、品質管理などが展示されます。 展示エリアに加え、EXPO MAQでは 基調講演や、サプライヤー、バイヤー、意 思決定者間のビジネスを円滑にするスペ ースも用意されています。また、多彩な日 本ブランドの出展に加え、ドイツ、スペイ ン、中国、アメリカの国際パビリオンも設 置されます。 EXPO MAQのディレクターであるビク トル・サンティアゴ・バルガス氏は、バヒオ 地域のビジネスコミュニティに対し、来場 と商談を呼びかけています。「メキシコに いながらにして、最高峰のテクノロジーを 見つけることができるのです。」 EXPO MAQは、金属加工、自動車、航 空宇宙、医療機器、電子機器、家電など の分野の専門家や企業を対象としていま す。「当展示会は、あらゆる産業が最先端 技術を見つけるためのプラットフォームで す」と語るバルガス氏。期間中、1万2,000 人以上の来場者が見込まれています。
すべての道は日本へと続く
先日、サッカーチーム「クラブ・レオン」の本拠地ノウ・キャ ンプ・スタジアムで、新たなファンに出会いました。K.E. 矢 野さんという日本人ですが、今や彼は「パンサ・ベルデ(レ オン市民の愛称)」の一員です。これは新しい「種」の誕生 と言えるかもしれません。彼はレオンに住み、プエルト・イ ンテリオール工業団地にある企業で働いています。そし て休日は私たちと同じ場所で過ごし、レオンの試合は一 戦たりとも見逃しません。 一昨日、朝食をとるためにレストラン「チリス」へ行く と、すぐ隣で日本人が朝食をとりながら、企業の財務諸表 をチェックしていました。 昨日、打ち合わせの指定場所に向かうと、 そこはアドルフォ・ロペス・マテオス通りにあ る日本総領事館近くのホテルでした。ま た、レオンで初めて「メキシコ全国日系 人大会」が開催されるというニュースも 目にしました。 日本の文化は、いまや私たちの生活 の一部となっています。 探さずとも、至る所で日本的なものに 出会う時代です。驚くべきことに、2026年ワ ールドカップでの日本代表の初戦は、ここメキシ コのモンテレイで行われます。 先週、アカンバロ出身の若者に出会いました。大学を 卒業したばかりの彼は、セラヤのホンダに採用されたそう です。彼はパフォーマンス向上のための研修を受けるべ く、米国への渡航準備に余念がありませんでした。 また先日、「ロス・ニポネス(Los Nipones)」というサッ カーチームにも出会いました。グアナファト州に拠点を置 く企業で働く日本人たちで結成されたチームで、彼らもま た、2026年ワールドカップで日本代表にエールを送るた め、モンテレイへの遠征準備を進めています。 日本の方々は、私たちの社会にすっかり溶け込んでい ます。それは単に異文化と共に暮らすということだけでは ありません。新しい労働習慣を知り、高い品質基準のもと で働くためのトレーニングを受け、高精度で秩序ある生産 プロセスを学ぶことでもあります。日本のコミュニティは、 私たちに多くの素晴らしい教えを残してくれています。
レオンにて第17回メキシ コ全国日系人大会開催
5月29日から31日にかけて、第17回 メキシコ 全国日系人大会(CONANI)が、バヒオ日系 人会の主催により、グアナフアト州で初めて 開催されます。 本大会の目的の一つは、日本文化に親しむ 機会を提供することです。期間中、ブンカフ ォーラム内のビセンテナリオ劇場にて、一般 公開(無料)の3つの大きなイベントが開催さ れます。 ※チケットはチケットマスターにて 入手可能です。 Taichi & Komaki コンサ ート 5月29日(金)17:00~ 日本の若き2人の才能が、 打楽器と伝統楽器 でる三味線を駆使 し、エネルギーに 満ちた現代的な 楽曲を演奏。 演劇「絆-Kizuna 」-プ レ ミア 上 映 5月30日(土)18:00~ ポルフィリオ・ディアス 政権時代における「榎 本植民」の知られざる 歴史から、両国を繋ぐ 多様なメキシコ日系社 会の確立までを辿る。 驚 き、勇 気、愛…
サン・ルイス・ポトシの 日本庭園で桜が開花
メキシコ最大の日本庭園は、サン・ルイス・ポトシの タンガマンガ公園内にあります。3ヘクタール以上の 広さを誇り、東京農業大学の造園専門家によって設 計されました。 サン・ルイス・ポトシ州政府、地域の日系コミュニ ティ、そしてメキシコ日本人協会の強力により、国内 で最も美しい日本庭園が実現しました。 「サクラ」として知られる桜の木々が、日本と同 じように咲き始めています。鳥居のアーチ、木製の 橋、池、石灯籠、竹林などが、伝統的な日本の景観 の美しさと調和をメキシコの地で表現しています。 「この庭園を訪れると、日本にいるような気持 ちになります」と、サン・ルイス・ポトシ州政府の在日 代 表、ロドルフォ・ゴンサレス・オノ氏は語りました。 この日本庭園は、2023年9月、サン・ルイス・ポト シへの日本人移住100周年を記念して開園しまし た。単なる日本庭園にとどまらず、メキシコと日本の 友情と文化的な絆を象徴する場所となっています。
在レオン日本国総領事館、開設10周年
ユニス・メンドーサ 在レオン日本国総領事館が開設されてから、10年 が経ちました。当時、その開設がもたらした大きな 喜びと期待を今でも鮮明に覚えています。それは単 なる外交事務所の設置ではなく、この地域が日本 人コミュニティ、そして両国間の経済・文化交流にお いて戦略的な拠点となったことを公式に認めるもの でした。 10年前、日本人移住者の主な渡航先はメキシコ のバヒオ地域でした。特にグアナフアト州 には、日本の主要自動車メーカーであ るマツダとホンダの2社が進出し、 その後トヨタも進出しました。こ れらの企業とともに数百人の 日本人が移り住み、グアナフ アト州および地域全体に大 きな変化をもたらしました。 それ以来、在レオン日本 国総領事館は、日墨間の投 資拡大や学術・文化交流の 発展を見守ってきました。 また、総領事館の存在によ り、ハリスコ州、ケレタロ州、ア グアスカリエンテス州、サン・ルイ ス・ポトシ州、サカテカス州、そしても ちろんグアナフアト州に至るバヒオ地域 において、私たちはこれまで以上に日本文化を 身近に感じることができるようになりました。 ココ・メキシコとして、私たちはこれからもメキシ コと日本の歩みを伝え続けていきます。両国が交流 し、お互いを理解し合い、共に喜びを分かち合える 場であり続けたいと思っています。 地域とともに歩むさらなる年月を願って。 青山健郎総領事、おめでとうございます。 エウニセ・メンドサ ココ・メキシコ ディレクター
日本へ目を向けよう
パブロ・セサル・ カリージョ アメリカとの貿易戦争により、私たちは新たな活路 を探さなければならなくなった。では、どこに可能性 があるのか。その答えの一つが日本である。 グアナフアト州は、20年前から日本との関係づく りに取り組んできた。 2000年代初め、メキシコの代表団が日本を訪れ、自 動車メーカーの工場を視察した。その後、2005年以 降、州政府は継続的に日本を訪問し、グアナフアト の魅力を積極的にアピールしてきた。2009年にはト ヨタが初めて進出の意向を示したが、実際の進出 までには時間がかかった。 2011年にはマツダが最初の日本企業 として進出。続いてホンダが工場を設 立し、2019年にはトヨタが操業を開 始した。 現在、グアナフアト州は日本の 自動車産業による投資が最も集 中している地域である。これほど 多くの日系企業が集積している 国や地域は他にない。 マツダはサラマンカで年間15万 台、ホンダはセラヤで年間13万台 を生産している。トヨタはアパセオ・エ ル・グランデの工場でで年間27万台を製 造している。 日本はグアナフアト州にとって重要な貿易相手国 であり、同州には自動車関連を中心に220社以上の 日本企業が進出している。関税をめぐる不透明な 状況が続く中、企業に安心感を与え、さらなる日本 からの投資を呼び込むために、リビア・デニセ・ガル シア州知事が日本との関係強化に取り組むことは大 きな意味を持つ。 貿易戦争が始まる前から、グアナフアトは日本を 戦略的なパートナーと位置づけてきた。そして日本 もまた、トランプ政権下で通商環境が揺らぐ前か ら、グアナフアトを有力な選択肢として着目していた のである。