サンルイスポトシはメキシコで一番大きな ラテンアメリカで2番目に大きな日本庭園があります。タンガマンガ公園に位置し、前には市立劇場、後方にはエコ博物館があります。 このスペースはサンルイスポトシの初めの日本人の移民100周年を記念して作られました。 この場所は鎌倉時代の歴史を参考に作られました。鳥居という有名な門や、石のある池、茶室のある家、日本由来の植物が植えられています。 ここは友好的な交流ができるスペースとして全ての世代の方々への活動があります。サンルイスポトシの日系コミュニティが様々なイベントの企画を後押ししています。
メキシコの伝統を体験
グアナファト日本人学校で「死者の日」にちなんだイベントが開催されました。地域に住む日本人家族が仮装で参加し、マリアッチ、民俗舞踊などのショーや、伝統食である「死者のパン」やホットチョコレートが振舞われました。 イベントでは、アルフィニケと呼ばれるシュガースカルやロリポップをデコレーションする体験も盛り込まれました。 また、イラプアトにあるケツァルコアトル大学(UQI)の協力で、メキシコの代表的な歌手ホルヘ·ネグレテに捧げる死者の祭壇が飾られました。 この死者の日イベントは、UQIのブレンダ·ペレス理事と平田さんによって企画され、メキシコのカラフルな伝統を日本人家族が楽しめる良い機会となりました。
死者の日の祭壇に欠かせないもの
メキシコの「死者の日」は、11月1日と2日です。この日は亡くなった大切な人を偲ぶメキシコの伝統的な日です。 故人が故郷に戻り、愛する家族のもとを訪れるためにその道標となる祭壇を作る習慣があります。 祭壇には、お供え物、故人の写真、食べ物、花、おもちゃ、故人を思ってたくさんのお供え物をします。 祭壇に必ず置かなくてはいけない4つの物があるのを知っていますか? それは水、風、土、火です。 水:死者の魂が旅を終えて渇きを癒すためにコップに入れてお供えします。 風:故人と生きている家族の結束を意味すし切り紙紙でそれを表します。(とてもカラフルで、動物、カボチャ、骸骨などのデザインが施されている)。紙が動くときは、亡くなった人がいることを意味しています。 土:食べ物、特に死者のパンや果物で表される。メキシコの文化では、故人が愛する人を見舞うときに食べ物の魂が必要とされると信じられています。 火:キャンドルで表される。魂が行き来できるように、十字架の形に置かれるのが一般的です。 10月27日は 天国へと旅立ったペットに想いを馳せる日です。 27日はペットの思い出の品を死者の日の祭壇に飾って貴方と共に生き、沢山の思い出をくれたマスコットを思い出す日です。 この日は死者の日の祭壇に貴方のペットの好きだった食べ物、おもちゃ、おかしなど ペットの写真と共にお供えします。きっと貴方に会いにペットが来てくれるでしょう。 でもこれは最近の習慣でペットを故人と同じ死者の日の祭壇に飾ることは昔はありませんでした。 メキシコの先住民たちは動物たちには別の場所を用意していました。 動物たちの魂は人間の魂と共に永遠の休息の場所へお供して行くと信じられています。
アギナルド:メキシコ人が待ち焦がれるボーナス
労働法第87条によると、1970年以降、メキシコではすべての給与所得者は少なくとも15日分の給与額を法定賞与として受け取り、毎年12月20日までに支払うことと定められています。 クリスマスボーナスは他の手当てとは独立しているため、労働者の12カ月分の給料に追加して支払われるものです。 アギナルドの対象者は? メキシコでアギナルドを受け取らないのは、契約社員の形態で働いている労働者のみです。労働法によれば、短期間採用の労働者であってもアギナルドが支給されます。 支給時期は? アギナルドは毎年12月20日までに支払わなければなりません。しかしながら、メキシコではアギナルドを2回に分けて支払うことに雇用主と労働者が合意するのが一般的です。 この慣行は労働法の中でも考慮されており、労働者が経済的な余裕を持って新年を迎えれるように、12月と翌年の初めの2回に分けて支給されます。 アギナルドの算出方法は? 民間企業の労働者の場合、アギナルドは給与の15日分に相当し、公務員の場合は給与の40日分となります。 これは、月給に基づいて計算されており、1カ月の給与総額を30で割り、その金額に支給日数をかけ合わせます。 労働者の勤続年数が1年未満の場合は、勤続日数に比例して支給日数が決定されます。 また、販売代理店や歩合制の労働者など固定給が無い場合は、過去30日間の平均日給に基づいてアギナルドが計算されます。
「メキシコには多くの文化があることに驚きました」:紗由さん
文化交流でメキシコを訪れ、日本に帰国後はタコス・デ・スアデロや死者の日の慣習を懐かしんでいるという日本人学生、紗由さんを紹介します。 「メキシコで一番驚いたことは?」 たくさんの文化があることに驚きました。メキシコではさまざまな場所を旅しましたが、それぞれの場所に特徴があると感じました。たとえば、メキシコには古代の遺跡が残っているし、それぞれの土地で先住民の文化を見ることができます。そういうところに惹かれました。 「なぜメキシコに行こうと思ったのですか?」 メキシコでスペイン語を学びたかったからです。日本の大学でスペイン語を学んでいたので、留学してみたいと思っていたところ、交換留学のプログラムを見つけました。そのプログラムは、毎年日本人がメキシコに行き、メキシコ人も日本に留学するというカリキュラムでした。メキシコには私の住んでいる町と姉妹都市があることも、もう一つの理由でした。 「メキシコに来る前は、どんな国だと想像していましたか?」 来る前は、メキシコは少し危険な国ではないかと思っていました。日本ではそういうイメージがあると思います。でも、メキシコで生活して異文化を学ぶことに興味があったので、留学を決めました。 「メキシコ滞在中は、日本の何が一番恋しかったですか?」 日本の家族や友達が恋しかったです。日本食に関しては、メキシコシティにはたくさんの日本食レストランがあり、値段は高めですがおいしかったので、思ったより恋しくなりませんでした。 「文化の違いで一番驚いたことは?」 『死者の日』の慣習には驚きました。日本にも亡くなった人を迎える文化がありますが、全く違います。メキシコに行く前に、映画『リメンバー・ミー』を見て死者の日について知りましたが、実際にメキシコでこの日を体験し、その慣習を自分の目でみることができてうれしかったです。 「お気に入りのメキシコ伝統行事は?」 ピニャータが気に入りました。一度ピニャータに挑戦しましたが、割ることはできませんでした。 「何かメキシコの物を日本へ持って帰りましたか?」 たくさん持ち帰りました。帰国前にクラフトマーケットへ行って、お土産をたくさん買いました。オアハカで買ったアレブリヘスは日本の自宅のリビングに飾っています。 「メキシコ料理で一番好きなのは?」 タコスですね、特にタコス・デ・スアデロが大好きなので、また食べたいです。 「チリは食べてみましたか?どんな料理でしたか?」 チリ・エンノガーダを一度食べてみました。 「メキシコの言葉やフレーズで一番好きなものは?」 『チンゴン』という言葉です。『ノー・マンチェス』もよく使っていました。とてもメキシコらしい表現だと思います。 「初めてメキシコに来る日本人に何かアドバイスはありますか?」 『ahorita(アオリータ)』という言葉にはいろいろな意味があるので、「今すぐ」と言われてもあまり信じないほうがいいと思います(笑)。
メキシコと日本を繋いできた7年間
メキシコと日本という全く異なる二つの国をつなぐ役割を担って以来、早くも7年が経ちました。この間、ココ·メキシコは日本人とメキシコ人の良好な人間関係を深め、違いや距離を埋めていこうと尽力してきました。 私たちの仕事は、さまざま記事やリポートを書くことにとどまらず、二つの国の団結や統合を促すメディアであることを理念としています。 そこで、二国間関係に貢献し続けるという意志のもとに、これまで何百ページもの記事を掲載してきました。 ココ·メキシコは、今後もメキシコ人と日本人の価値あるコミュニティを構築するためのジャーナリズムを継続していきます。読者の皆さま、ビジネスパートナーの皆さまのご愛読に感謝しつつ、さらなる飛躍を目指していきます! ココ·メキシコ エウニセ·メンドサ 雑誌『ココ·メキシコ』創刊者。 ラテンアメリカの女性メディア·ディレクターを対象としたSembraMedia y Google News Initiative奨学金受賞者。 ジャーナリストとして20年以上の経験を持つ。 ガブリエル·ガルシア·マルケスとアルマ·ギジェルモ·プリエトによる国際ジャーナリズム講座を受講。 コロンビアのGabo Foundation主催のメディア·ディレクター向けコース、テキサス州オースティン大学での編集会議に参加。 パブロ·セサール·カリジョ マスメディア、出版、デジタルメディア業界で30年以上の経歴を持つ。 Reforma新聞やExcelsior新聞などの全国メディアで独占記事を担当。 Milenio León新聞、Periódico am新聞、La Silla Rota新聞などのディレクターも歴任し、Formulaラジオ局、Multimediosテレビ局などで司会も務める。 コロンビア人作家ガブリエル·ガルシア·マルケスや北米ジャーナリストジャック·ハートに師事を仰いだ。 グスタボ·ベルマン 雑誌『ココ·メキシコ』創刊メンバー。 News Design協会から40以上の賞を受賞。 メキシコ、アメリカ、中米、南米、アジアで印刷ブルやデジタルメディアのデザインを手がける。 Excelsior新聞のリデザインで金賞受賞。 Síntesis新聞のリデザインで銀賞受賞。 ディアナ·テハダ サイエンスコミュニケーション専攻 ココ·メキシコのデジタルコンテンツ編集者 SNSでの戦略、コンテンツ、管理のクリエーター マグダレナ·メンデス 編集業務で10年、出版社で8年の経験を持つジャーナリスト ココ·メキシコでは雑誌、デジタル版のコンテンツを担当 日本文化を愛し、ポップカルチャー、アニメ、日本のファションのスペシャリスト。…
日本とグアナファト:かつてないほど強固な友好関係に
グアナファト州に在住の日本人コミュニティの皆さまにご挨拶できることをうれしく思います。 この機会を設けてくれた『ココ・メキシコ』誌に感謝するとともに、この1年の貴誌の才能、能力、努力を称えます。 2023年は同州にとって大切な1年であり、私自身にとっても日本を実務訪問し、広島フラワーフェスティバルに参加する機会にも恵まれるなど、大変意義深い年でした。 日本では、グアナファト州の発展と進歩の盟友である多くの日本企業と、友好と連携の絆を深めることができました。 また湯崎広島県知事と会談する機会もあり、次回は是非グアナファト州にご来訪いただくようお誘いしました。 湯崎知事とは、2024年に締結10周年を迎える友好提携の成果を確認しました。 この日は間違いなく、私たち両国民を結びつける友好と友愛の関係を祝う記念すべき日となるでしょう。グアナファトにもっと日本が、そして日本にもっとグアナファトが存在することを望んでいます。 この場をお借りして、年末のご挨拶を申し上げます。2024年がグアナファトの日本人コミュニティの皆さまにとって幸多き1年となることを心よりお祈り申し上げます。 ドウモアリガトウゴザイマス。
アレ・グティエレスレオン市長は、玉井優子広島県副知事と在レオン日本国総領事塚本主席領事を表敬訪問しました。広島県とグアナファトの交流は、2024年に姉妹都市提携から10周年を迎えます。 アレ・グティエレス市長は、スポーツ交流、文化交流、経済面での協力交流関係を継続していきましょうと語り合いました。 文化スポーツ交流の一環で11月20日から12月3日までグアナファト州の様々な自治体から30人の学生が交流に参加できることになりました。レオン市はその中でも一番多くの学生を派遣します。合計12名がレオン市からの交流に参加します。
10月27日は 天国へと旅立ったペットに想いを馳せる日です。
27日はペットの思い出の品を死者の日の祭壇に飾って貴方と共に生き、沢山の思い出をくれたマスコットを思い出す日です。 この日は死者の日の祭壇に貴方のペットの好きだった食べ物、おもちゃ、おかしなど ペットの写真と共にお供えします。きっと貴方に会いにペットが来てくれるでしょう。 でもこれは最近の習慣でペットを故人と同じ死者の日の祭壇に飾ることは昔はありませんでした。メキシコの先住民たちは動物たちには別の場所を用意していました。動物たちの魂は人間の魂と共に永遠の休息の場所へお供して行くと信じられています。
死者の日の祭壇に欠かせないもの
メキシコの「死者の日」は、11月1日と2日です。この日は亡くなった大切な人を偲ぶメキシコの伝統的な日です。 故人が故郷に戻り、愛する家族のもとを訪れるためにその道標となる祭壇を作る習慣があります。 祭壇には、お供え物、故人の写真、食べ物、花、おもちゃ、故人を思ってたくさんのお供え物をします。 祭壇に必ず置かなくてはいけない4つの物があるのを知っていますか? それは水、風、土、火です。 水:死者の魂が旅を終えて渇きを癒すためにコップに入れてお供えします。 風:故人と生きている家族の結束を意味すし切り紙紙でそれを表します。(とてもカラフルで、動物、カボチャ、骸骨などのデザインが施されている)。紙が動くときは、亡くなった人がいることを意味しています。 土:食べ物、特に死者のパンや果物で表される。メキシコの文化では、故人が愛する人を見舞うときに食べ物の魂が必要とされると信じられています。 火:キャンドルで表される。魂が行き来できるように、十字架の形に置かれるのが一般的です。