バレリア・バラハス 日本の文化において、子どもたちが 小学校に入学する際、その購入金額の 大きさに勝るとも劣らないほど、深い意 味を持つアイテムがあります。それが「 ランドセル」です。 ランドセルという言葉は、バックパッ クを意味するオランダ語(ransel)に由 来しており、19世紀半ばに日本へ伝わ った当初は、軍隊用の歩兵鞄として導 入されました。 転機が訪れたのは1885年。貴族の 子弟を教育するために設立された歴史 ある学校「学習院」の初等科にて、通 学カバンとして公式に採用されたので す。その後、時代の移り変わりとともに 日本社会全体へと広がり、今では小学 生の誰もが背負う、国を代表する通学 カバンとなりました。
日本の伝統的な夏祭り
バレリア・バラハス 7月から8月にかけて、日本各地では歴史、信仰、そして文化が 融合した様々なお祭りが開催される。 祇園祭(京都):山鉾(やまほこ)巡 行、豪華絢爛なパレードと家宝の公 開 祇園祭は、日本で最も重要かつ 最古の歴史を持つお祭りの一つで す。その起源は平安時代の869年に まで遡り、当時京都で流行した疫病 を鎮めるため、八坂神社の神々に祈 りを捧げた御霊会(ごりょうえ)が始 まりとされています。 現在は7月の1 ヶ月間にわたり京都で開催され、ク ライマックスとなる7月17日と24日の 「山鉾巡行」では、高さ約25メート ルにも及ぶ巨大な山鉾が都の大通 りを壮麗に巡行します。 みたま祭り(東京):東京の夜を照らす数万の 灯籠(とうろう) 第二次世界大戦後の1947年に始まったこ のお祭りは、靖国神社の参道や境内に3万灯 を超える黄金色の灯籠が掲げられ、境内を幻 想的に照らし出します。この光は、御霊(みた ま)を導く道標であり、現世に生きる私たちと 先祖の魂をつなぐ絆を象徴しています。 ねぶた祭り(青森):炎の祭典、 巨大な紙の灯籠と神話の英雄 たち 職人の手で色鮮やかに描 かれた和紙、針金、木組みで作 られた巨大な灯籠(ねぶた)が 街を練り歩きます。描かれるの は、勇壮な武者、歴史上の英 雄、神々、そして日本古来の伝 承に登場する神話の生き物た ち。夏の暑さによる「眠気(ね ぶた)」を払い、厄災や邪気を 遠ざける願いが込められた、エ…
グアナファトに息づく 盆栽の芸術
ハビエル・アルバラド・デ・ラ・ロサ(ラ・サジェ大学バヒオ校 盆栽講師) 一本の木には、風景そのものが宿ることがありま す。その枝や根、そして全体のフォルムには時の流れ が刻まれており、その静寂のなかには忍耐、手入れ、 そして深い観賞の物語が生きています。それこそが 盆栽の本質であり、葉の一枚一枚、幹の曲線、細部 の一つひとつが、人間と自然界との深い結びつきを 映し出す、自然を審美的な表現へと昇華させる芸術 なのです。 盆栽とは、単に小さな木を育てることだけを指す のではありません。その目的は、森の雄大さ、樹齢を 重ねた巨木の力強さ、あるいは自然の風景の美しさ を、縮小されたスケールで表現することにあります。 生きている作品の一つひとつは、何年にもわたる献 身、知識、そして感性の賜物であり、自然のリズムを 理解し、敬意を持ってその成長に寄り添うことが求められます。 盆栽は日本の伝統として定着していますが、その 歴史の最初の章は古代中国に始まります。2000年以 上前、樹木や風景の要素を用いて自然の情景を再現 する「盆景(ペンジン)」という実践として誕生しまし た。最初のグラフィックとしての記録は、紀元前200年 頃の漢代のものです。時を経て、この表現は中世に日 本へと伝わり、そこで芸術的かつ哲学的な次元へと 高められ、世界中で称賛される一分野となりました。 盆栽(Bonsai)という言葉は「盆(鉢)で栽培され た樹木」を意味し、この実践が到達し得る形態やサイ ズの多様性を反映しています。数センチメートルほど の小さなものから、2メートルを超える高さのものまで あります。大きさに関わらず、それぞれの木は、樹種 や環境、そして育てる人のビジョンに応じた独自のア イデンティティと歴史を宿しているのです。 メキシコにおいて、盆栽はその発展のための肥沃 な 土 地を見出しました。特にグアナファト州では、長 年にわたり日本との文化的な関係が様々な形で深ま ってきました。こうした背景のなか、ラ・サジェ大学バ ヒオ校は2010年、日墨の友好の証として、また教育 的な提案として盆栽の芸術をワークショップに取り入 れました。それが後に常設コレクションへと発展し、現…
生者と死者が繋がる場所:メキシコと日本
今月号では日本の「お盆」が紹介されて います。家族の魂を迎えるこの風習は、 メキシコの「死者の日」とよく似ていて、 親近感を覚えた方も多いのではないで しょうか。しかし、その根底にある「死生 観」には、両国のユニークな違いがあり ます。 メキシコの死者の日は、とにかく明る く賑やかです。死は終わりではなく「生 の延長」であり、年に一度、ガイコツたち と陽気に歌い踊るお祭りとして死を祝福 します。 一方、日本の「お盆」は、静けさと情 緒に満ちています。その象徴が「精霊馬 (しょうりょううま)」と呼ばれる、野菜で 作る乗り物です。私たちは、きゅうりに箸 の足を付けて「俊足の馬」に見立て、ご 先祖様が一日も早く家へ帰ってこられる ようにと願います。そしてお盆が終わる と、今度はお供え物をたくさん積んでゆ っくりあの世へ戻れるよう、なすで作っ た「歩みの遅い牛」に乗せて送り出すの です。 死を「ガイコツ」という形あるキャラク ターにして笑い飛ばすメキシコと、死を「 目に見えない魂の気配」として静かに受 け入れる日本。表現方法は違っても、「 去っていった大切な人を忘れない」とい う愛の深さは全く同じです。 今年の夏は、遠い日本の家族に思い を馳せながら、メキシコの美しい文化と の共通点を感じてみてはいかがでしょ うか。
米国、T-MECの毎年見直しを要求
パブロ・セサル・ カリージョ ドナルド・トランプ政権は、メキシコ、カナダ、米国の間で の自由貿易協定(T-MEC)について、さらに16年間の延長 を伴う更新を望みませんでした。その代わりに米国が求 めているのは、同協定の毎年の見直しです。 これは、年に一度行われる見直しのなかで、いずれの 国も離脱を決定しない限り、3カ国間の自由貿易協定は 当初の予定通りあと10年間は有効であり続けることを意 味します。 しかし、米国のこの決定は、メキシコへの投資に対し て不確実性をもたらす可能性があります。通商協定の確 実性がないなかで、一体どこの企業が10年や15年の長 期計画を立てられるでしょうか。近隣諸国との通商 条件の保証がないまま、巨額の投資を行える 会社があるでしょうか。 米国政府の公式文書によると、米国は 「協定の不備」や彼らの言う「これらの 国々との貿易赤字」に対処するため、 今後もメキシコおよびカナダとの対 話を継続する意向です。 メキシコとカナダは、当初提示さ れていたように2042年までの自動更 新を期待していましたが、米国政府 は相違点の見直しを行わないままさら に16年間署名することを拒否しました。 その結果、通商協定は米国の指摘事項が 解決されるか、あるいは2026年の失効を迎え るまで、毎年見直されることになります。 メキシコ、カナダ、米国の自由貿易協定は、カルロス・ サリナス・デ・ゴルタリがメキシコ大統領を務めていた 1994年に初めて署名されました。それ以来、メキシコ企 業は米国やカナダへ商品を輸出しており、北米経済に多 大な利益をもたらしてきました。 しかし、ドナルド・トランプ大統領は、2025年1月20日 に2期目の政権を発足させて以来、この通商協定に疑問 を投げかけています。関税の引き上げや輸出に関する新 たな条件といった脅しは、メキシコ経済に不確実性をもた らしています。専門家らは、米国のこの決定が現時点で 経済に直接的な影響を与えることはないものの、新規投…
グアナファト州、T-MEC 見直しを前に確実性の メッセージを発信
バレリア・バラハス メキシコ・米国・カナダ協定 (T-MEC)の見直しは、経営者 や投資家の間に疑問を生じさせ ています。これに対しグアナファ ト州政府は声明を発表し、同協 定は引き続き有効であり、北米 における貿易拡大を可能にして きた規則に変更はないことを明 確にしました。 今回の見直しは、2020年の T-MEC発効時に定められたメ カニズムの一環であり、協定の 破棄や貿易上の優遇措置の停 止を意味するものではありませ ん。3カ国間で交渉が進められ る間も、関税の優遇措置、原産 地規則、および貿易取引を規制 する法的枠組みは引き続き有効 となります。 州政府は、州内で操業する 企業への確実性を維持するた め、連邦政府、経済団体、そして 投資家と常時コミュニケーション を図り、見直しの動向を追うとと もにタイムリーな情報提供を行っ ていると報告しました。 グアナファト経済における T-MECの重要性は極めて高 く、2025年の同州の輸出額は 379億8,800万ドルに達し、国内 第6位の輸出州としての地位を 固めました。州内には1,972社 の輸出企業があり、その83%を 中小零細企業が占め、製品は 138カ国に届いています。さら に、米国とカナダはグアナファト 州において62億6,400万ドルを 超える共同投資を行っており、3 万6,000人以上の雇用創出を約…
サン・ミゲル・デ・アジェンデで暮らす長崎の被爆者
バレリア・バラハス 1945年8月9日、長崎に原子爆弾が投下された とき、山下泰昭(やました やすあき)さんはわず か6歳でした。爆心地からわずか2.5キロの場所 で被爆した山下さんは、街の大部分が破壊され る様子を目の当たりにし、その人生は永遠に変 わってしまいました。 原子爆弾の被害を受けた人々は「被爆者」と 呼ばれ、山下さんもその一人です。戦後の後遺 症や差別に直面しながら育った山下さんは、数 十年後にメキシコで第二の人生を見つけること になるとは、当時は知る由もありませんでした。 1950年代から60年代にかけて日本で流れ ていたメキシコ音楽、特にトリオ・ロス・パンチ ョスのボレロに魅了された山下さんは、スペイ ン語を学ぶことを決意します。そして、その語 学力が思いがけないチャンスをもたらしまし た。1968年のメキシコオリンピックの際、通訳 や選手・メディアのサポートスタッフとして日本 選手団に同行し、メキシコへ渡ることになった のです。 山下さんはメキシコで、予想もしていなかっ た温かさに出会いました。それは、偏見なく自 分を受け入れてくれる社会であり、「長崎の被 爆者」という枠を超えて、新しいアイデンティテ ィを築ける場所でした。やがて山下さんはメキ シコに留まることを決め、帰化してメキシコ国 籍を取得しました。 渡墨当初はメキシコシティに暮らしていまし たが、後にサン・ミゲル・デ・アジェンデへと移住 し、この街が終の棲家となりました。山下さんは ここで絵画や陶芸に取り組み、芸術家としての 才能を開花させました。これらの創作活動は、 戦争による心の傷を癒やすプロセスでもありま した。 長崎の悲劇から約80年が経った今、山下泰 昭さんは、核の大惨事を生き抜いた人々の記憶 を未来へつなぐため、自身の体験を本や出版プ ロジェクトを通じて発信し続けています。
ラテンアメリカ最大規模の自動車 サプライチェーンフォーラム
バレリア・バラハス 自動車サプライチェーンフォーラム(FPA) は、自動車産業のサプライチェーンへの新規 参入や、さらなるプレゼンス強化を目指す企業 にとって、戦略的なプラットフォームとしての地 位を確立しています。 2026年となる今回は、9月9日・10日の2日 間にわたり、ポリフォルム・レオンにて開催され ます。専門的なカンファレンスやネットワーキン グ活動に加え、プロセスのデジタル化から電 動モビリティにいたるまで、自動車業界を変化 させている最新トレンドを体感できる場が提供 されます。 2026年開催の予測規模 ●+2,000件以上のビジネス商談 ●+800社以上のバイヤー企業参加 ●+3,000社以上のサプライヤー企業 参加 ●+12,500人以上の来場者
破壊からイノベーションへ
バレリア・バラハス 1945年8月に広島と長崎に投下された原 子爆弾は、近代史において最も壊滅的な 惨劇の一つとなりました。何万人もの命が 奪われ、街は一瞬にして廃墟と化しまし た。 それから80年が経過した今、広島と長 崎は単に悲劇の記憶を伝えるだけの場所 ではありません。復興力、再建、そしてイ ノベーションを体現する象徴となっていま す。 広島では、原爆投下からわずか数ヶ月 後には復興へのプロセスが始まりました。 建築物の再建にとどまらず、広島は西日本 を代表する重要な産業都市へと変貌を遂 げたのです。世界本社を広島に置く自動車 メーカー「マツダ株式会社」は、地域の経 済成長を牽引する原動力となりました。同 社は数万人規模の雇用を生み出し、世界 中へ自動車を輸出しています。また、その 周辺には、高度な製造業、金属加工、ロボ ット工学、自動車部品などを専門とする何 百ものサプライヤーが成長しました。 マツダだけでなく、広島には造船業大 手の「常石造船」などの企業があるほか、 産業研究やイノベーションに直結した様々 な技術センターも集まっています。 一方、歴史的に日本と世界をつなぐ玄 関口として知られてきた長崎は、造船、エ ンジニアリング、重工業といった分野での 経験を活かして復興を推し進めました。こ の成長を支えた主役の一つが、19世紀か ら長崎に深く根ざしている「三菱重工業」 です。 今日、広島と長崎の両都市は、その発 展、生活の質の高さ、そして20世紀最大 の悲劇の一つを「レジリエンスの教訓」へ と変えた強さによって、世界中から高く評 価されています。
