日本文化のシンボルである桜は、生命の再生と同時に命のはかなさを象徴しています。 日本では春になると、桜の木の下で家族や友人と美しい桜の花を観賞しながら「お花見」を楽しみ、春の訪れを祝います。 桜の見頃は通常3月下旬から4月の初旬ですが、南の沖縄では2月下旬から3月初旬、北の北海道では4月下旬から5月初旬と地域により異なります。 戦国時代には、咲いてはすぐに散る桜のはなかさは武士の生き方の象徴とされ、桜の花びらは戦いで潔く散っていく武士の血に例えられてきました。 現在では桜は見て楽しむだけではなく、利尿作用があるため薬用として利用される場合もあります。
メキシコで活躍するバレリーナ 位下 純奈 (Junna Ige)さん
世界的バレエダンサー,ホセ・カレーニョ(キューバ生まれのバレエダンサー、アメリカンバレエシアターを経て現在モンテレイバレエ団芸術監督)からパートナー指名された日本人バレリーナ 文:大澤英子 横浜市生まれ。5歳からバレエを始め、子役として多数の牧阿佐美バレエ団、新国立バレエ団の公演に出演する。2004年ドイツに留学、卒業後にバレエ・サンノゼ(アメリカ)に入団。バレエ教室を主催し後進を育てることにも邁進。芸術監督であるホセ・カレーニョさんに請われ、メキシコ モンテレイバレエ団にプリンシパル(そのバレエ団のトップ階級、主役級ダンサー)として入団し数々の主要な役をこなしている。 彼女は、2017年にはレオンの劇場で「くるみ割り人形」クララ役で、2018年には金平糖、雪の精で、華麗に魅せてくださいました 今回私は位下 純奈さんとグアナファトにてお話を伺う機会に恵まれました!実際の純奈さんは、パワフルで美麗な演技を舞台でこなす姿からは想像できないほど華奢でいらっしゃいました。 「バレリーナ」とは「華やかな衣装を着て、軽やかに華麗に舞う」と誰もが持っているイメージでしょう。しかし実はそうした舞台の上で目に見えるのはほんの一部で、その背後には体の作りが変わってしまうほどの厳しい修練、強いメンタルの鍛錬、全生活をバレエに捧げる覚悟、生き残りをかけた戦いや思いがぶつかり合っています。また修練を積み上げた観客を魅了する身体を持ち、それを維持し続ける努力、そして容姿、運と縁すべてに恵まれないとバレリーナとして活躍するのは難しいのです。今回のインタビューを通して、純奈さんがそれらにいかに恵まれているか、また全ての物事周りの方々への感謝に溢れた美しいお心をお持ちだからこそ、麗しく舞い続けることができるのだと実感しました。 純奈さんは、幼稚園の園長先生に勧められ幼稚園の課外授業で、バレエを始め、バレエ団で子役として活躍されました。また、通っていた高校の音楽の先生の勧めで、文化庁海外研修員としてドイツ留学を果たされ、本人のご努力もさることながら素直に聞く耳を持つ純奈さんだからこそ道も開けてくるのだなと感じました。バレリーナになろうと決心したのはいつかと尋ねると、意識したことがないくらい自然に、そのレールに乗っていたと思うとのことでした。 ドイツに留学、アメリカ、メキシコでダンサーとしてのお仕事、言語は、ドイツ語、英語、スペイン語、語学の習得はさぞや大変なご努力であったろうと伺うと、バレエを始めてから先生方から海外を勧められていたこともあり、選択科目は常に英語を選択するなど、常に海外での生活を視野に入れていらしたそうです。 とはいえ、17歳でドイツにて、学校での授業•生活•食事など、日本との違いには多少戸惑われたそうです。体調、体系管理のために14時半以降の食事制限など、自己管理を心がけ、ドイツ語での授業(座学)解剖学等、またダンスの授業でも日本ではあまりなじみのない種類のモダンダンス、レパートリー、インプロビゼーションなどもご尽力、そして「それがあるからこそ今の私がある」と仰います。 メキシコで生活するお子さん方は、幼いうちから異文化、現地交流の機会を味わえる中で言語習得し、将来視野が広がるという宝を得るチャンスがありますね!と仰っていました。 純奈さんは、将来の夢についても語ってくださいました。 バレリーナは身体を酷使する職業でもあります。純奈さんご自身も何度か足の怪我に苦しまれました。身体の管理の大切さを身を以てご存知で、ピラティスマット(体幹を鍛え心身の機能を整える)のインストラクターの資格、ジャイロトニック(表層部及び深部筋肉の無理のないエクササイズでの強化とストレッチ)の資格をお持ちです。ご自身の技術を継承すべく、後進を育てるために栄養学、解剖学等とともに「正しいことを教えたい•役に立ちたい」との志を語る純奈さんはキラキラ輝いていらっしゃいました。 純奈さんが更に輝くお姿を心より応援いたします。
日本天皇2019年4月に退位
85歳の誕生日を迎えられた明仁天皇陛下は2019年4月30日に退位される。1年以上前から、高齢と健康上の理由で公務を全うできないことを心配され、生前退位の意向を発表された。翌日5月1日には皇太子さまが天皇に即位される。 天皇の譲位は約200年ぶりとなる。 裕仁天皇の崩御により1989年に天皇に即位された明仁天皇は、約30年間にわたる在位期間の中で一貫して平和主義を貫いた。日本国民は明仁天皇に親しみを感じており、生前退位を支持している。5月1日には57歳の徳仁皇太子が第126代天皇に即位される。
メキシコでの運転
最近運転中の日本人が交通警察より止められると伺い,聞き及んだ事例をお知らせするとともに注意喚起致します。 文:大澤英子 事例:未 排ガスチェック 平日、警察官に排ガスチェックしてないからと罰金の用紙渡され、交通許可証(tarjeta de circulacionキラキラのカード)押収される。 →交通許可証を写メして、排ガスチェックに行き、フロントガラスにスティカー貼ってもらい、その領収書をプラザマジョール内の支払い場所市役所で罰金の用紙を渡し、排ガスチェックの領収書と罰金$80peso支払い交通許可証を返却してもらう。(Hさん女性) 事例:未払い 車両税 在墨3年間、この車両税について(排ガスチェックも)知らずに乗っていた。 →友人から聞き延滞金を含む金額を支払いしチェック行った。 事例:スピード違反 平日午前、プエルトインテリオ付近にて止められ、指示通り免許証(licencia)を渡し、罰金$730程を、シラオの交通局に支払いに行くよう言われた。 →大変急いでいるし、そこに営業時間内に行けないと伝えると内密に$200渡し、免許を返却してもらい放免。(Mさん女性) 平日午前、レオン市内にて止められ、指示通り免許と交通許可証(tarjeta de circulacion)を渡し、違反用紙を受け取り、交通許可証返却される →電話で通訳してもらったところ 1.その場で違反金をカード払い もしくは2.後日指定場所にて支払い。免許不携帯で運転するのがためらわれ1を選択し、支払い端末(terminal)を持つ警察をその場で20分程待ったが、端末回線不具合で支払い不可。 翌日指定場所である交通局にて、支払い窓口で$800支払い、領収書とチケットを受け取り、隣の窓口でそのチケットを渡し、書類にサインし免許を返却してもらった。(Aさん女性) ※免許不携帯で運転時、警官にもし免許証提示を求められても違反用紙を見せれば問題ないと言われた。 平日早朝、45号線アウトレット付近にて止められ、指示通り免許を渡した。 →言葉がわからないからと通訳に電話し警察官と話してもらい、正規書類を受け取り、後日ドライバーが書類記載の交通局にて支払い($730.4)免許を返却してもらう。(Yさん男性) 平日午後2時頃、イラプアトにて検問していた警察官より「60キロ制限道路を70キロ走行のスピード違反のため、免許証の記録を取りPLACA押収する」とのこと。 →その警察官にスピード違反の証拠の記録を見せなければ大使館にあなたのIDを 知らせると伝えたところ、「今持っているお金を払えば行ってよい」と言われ敢えて少額($150)入りの財布を見せると「少ないから同乗者に借りろ」とお客様だから無理と伝えると「では$150で良い」とのこと。支払うと免許証を返された。 サラマンカ レオン間の新しい有料高速道路で、スピード違反でポリスに止められ罰金$6000ペソと言われた。 →持ち合わせ無いと言い$4000ペソ払い放免。(Yさん男性) ※その2、3日前に、ほぼ同じエリアで 同僚がスピード違反で捕まり$6000ペソ払い放免。 事例:駐車違反 休日、サンミゲルアジェンテにて、駐車中の車の後ろのナンバープレート(PLACA)が取られており、違反用紙が置いてあった →地元の人に対応を聞くと「記載の場所(その時点で時間外)で支払いPLACAを返却してもらえる」、後日またサンミゲルアジェンテ(違反場所でないとPLACA返却されない)に違反金支払い($150〜300)に行きPLACAを返却してもらう。※その支払い場所は休日も21時まで営業(Nさん女性)添付 違反書類 平日、レオン市内にて、駐車中の車の後ろのPLACAが取られており、違反用紙が置いてあった →その場にいた警察官に交渉したがその場での違反金支払いできず、Walmart店内の指定場所にて違反用紙と運転免許提示し$150支払い 、押印された違反用紙とPLACAを返却してもらう(Tさん女性)※3日以内に支払うと35%割引 平日、レオン市内公園付近にて、駐車中の車の後ろのPLACAが取られており、違反用紙が置いてあった →当日支払い指定場所に行ったがまだPLACAは届いておらず、翌日罰金を支払いPLACAを返却してもらった。(Tさん女性) 平日、レオン市内にて、駐車禁止エリアと知らずに駐車した場所に戻ったら車がなかった。 →その場にいた他のレッカー車の人に、自分の車がレーカーされたことを確認し、通訳に詳細確認してもらうも、どこの保管場所にあるか確認できず翌日Mobility Secretaryにて保管場所【la…
ハチドリ平和と愛のシンボル
ハチドリはアメリカ大陸の気候にのみ適応できる鳥類で、他の大陸には生息しない。小さく華やかなハチドリはメキシコに60種類近く生存しており、古代から魔の鳥と呼ばれてきた。 ハチドリは世界で最も美しい鳥の一つに数えられ、メタリックな緑色、輝く赤色、青色、そして黄色などカラフルな羽根の色からもその陽気さが伺えます。 この小鳥はプレヒスパニック時代からメキシコ文化の一端を担ってきました。アステカ神話の軍神であるウィツィロポチトリは、ハチドリの羽根でできたマントを身に付けていたことから、戦死した兵士たちはハチドリへと生まれ変わると信じられていました。 マヤ族(もう一つのプレヒスパニック文明)も同様にハチドリに一目置いており、ハチドリは神と人間を繋ぐメッセンジャーであると考えられていました。マヤ神話では、地球創造時にハチドリは伝達鳥の役目を任されたとされており、現在でもハチドリを見かけた際には先だった祖先たちの魂が無事であることを伝えに来たという言い伝えがあります。 世界でも小さな鳥の一種であるにも関わらず、ハチドリが羽ばたく速さは最速です。前後、上下、逆方向と、どの方向へも飛ぶことができる唯一の鳥で、浮いているように、空中で制止することができます。 バヒオ地区では、9月、10月ごろに14種類のハチドリを観察できます。 ハチドリはメキシコにおいて平和の象徴であり、愛情、喜びそして美しさを連想させる鳥なのです。
“ココ先生”メキシコと日本人の架け橋に
マリア・デル・ソコロ・フランコさんの通称は“ココ先生” 彼女は人生の大部分を日本人にスペイン語を教えてきました。 また日本の大学生が使うの本の共著者として語学の練習問題や語学習得の演習を行っています。 彼女のご主人は日本人で彼がメキシコに留学されていた時に知り合ったそうです。マリア・デル・ソコロさんは歴史の勉強をしていました。彼女の友達が東京の大学でスペイン語を教えてみない?と誘ったところから専攻していた歴史とは違った人生が始まりました。 彼女は20年間日本に住み3人の子供をもうけました。今ではレオンに住む日本人からお母さんと慕われるようになりました。15名の生徒の中には小学生や中学生もいますが大部分は日本人の主婦や会社経営者で日本企業のメキシコ従業員もいます。 ココ先生は特殊な教授法を使ってスペイン語を教えています。 “私たちの文化に溶け込む日本人の姿勢やコミュニケーションを取ろうと努力する姿勢がすばらしい” ボードゲームを使ったり映画を見たり音楽を聴いて楽しくより早く言語を習得させます。 コミュニケーション以外の様々なレベルの検定試験対策クラスにも対応してくれます。 ココ先生はバヒオ地域の日本人にとても興味を持っています。 “私たちの文化に溶け込む日本人の姿勢やコミュニケーションを取ろうと努力する姿勢がすばらしい”“生徒と先生という関係から友情が生まれてそこから家族のような気持ちが生まれます”
グアナファト州で新たに移民局を設立
グアナファト在住の日本人は、移住者としてグアナファトで快適な生活が過ごせるよう州政府より支援を受けられる。 今では日本人はグアナファトの新たな住民であり、ディエゴ・シヌエ・ロドリゲス州知事は移住者に直接対応する機関として新たに移民局を設けました。 移民局では主にアメリカへと移住するメキシコ人や、グアナファトへ移住して来る外国人への相談窓口となる予定です。 初代局長は、移民問題やメキシコ−アメリカ関係に詳しいフアン・エルナンデス氏が就任されました。 グアナファト在住の日本人コミュニティの数は約5000人で、フアン・エルナンデス局長はインタビューで日本人との関係をこのように語ってくださいました。 「日本人コミュニティはグアナファトで大変歓迎されています。いろいろな形で州の発展に貢献してくれていますし、すでにグアナファト住民の一部としてこれからも更に関係を深めていきたいと思います。」 移民局では日本人コミュニティのニーズなど、直接意見交換をするため、各代表とのミーティングも予定しています。 これまではグアナファト州政府とメキシコ外務省がそれぞれ日本人に対応していましたが、今後移民局の台頭が期待されています。 「在レオン日本領事館を通してグアナファト州在住日本人との交流を図るプログラムを作成し、移住者の生活向上に繋げていくのが目的です。」 また、文化・教育・スポーツなど様々な分野に双方が協力しながら取り組んでいく予定です。 「互いに理解を深める為にはどんどん提案を出していただくことが重要で、日本の文化について更に知識を深め、日本人コミュニティが必要としている問題の解決に取り組みたいと思います。」
JAL(日本航空)が子ども「航空教室」を実施
イラプアトにあるグアナファト補習授業校に在籍する小学生・中学生を対象に、JAL(日本航空)のスタッフによる航空教室が開かれました。 航空教室では、高学年児童・生徒対象に飛行機の機体整備や、そのメカニズム、そして飛行前の準備などについて説明がありました。 また、小学1・2年生のまだ低年齢の子供たち58名は、保護者と共に折り紙で紙飛行機の折り方と飛ばし方のコツが伝授されました。 今回の航空教室は、メキシコシティ、サンディエゴ、ダラスからそれぞれ来校したJALの職員3名により開催されました。 バヒオ地区に在住している日本人子女たちは、日本で必要とされる教育水準に達するよう、この補習校で毎土曜日に日本の様式で学習しています。 イラプアトで航空教室が開かれるのは2回目で、グアナファト補習授業校とJALの協賛で行われ、児童・生徒達は日頃の教室での学習から離れて楽しく体験授業を行い、また一つ将来を考える良い機会となりました。
ベティ・ヤマモト氏日系メキシコ人の政治家
日系メキシコ人のベティ・ヤマモト氏は、これまでレオン市又は国の政府機関において様々な役職に就任されて来ました。日墨友好関係の促進におけるヤマモト氏の努力と功績が称えられ、在メキシコ日本大使館を代表して在レオン伯耆田修総領事より表彰状が伝達されました。 「日本から移住してきた先人のお蔭で今の私があります。」 “Yo soy producto de un japonés que se vino a vivir a México”. 「私自身は機会に恵まれませんでしたが、メキシコにスペイン語・英語・日本語の3か国語を話すトリリンガルの学校設立を目指して努力を続けていきます。」 “Seguiré trabajando por que haya escuelas trilingües en México: español, japonés e inglés porque yo no tuve esa oportunidad”. 「メキシコへ移住して来る日本人の助けになれないか、と行動を起こし始めて10年になります。」 “Hace 10 años que…