FIFA 2026 2026年FIFAワー ルドカップ

著書:セサール・C・フローレス・アメスクア (ラ・サール 大学バヒオ校 スポーツマネージメント修士課程 アカ デミック・ディレクター) グローバルな現象と国家のアイ デンティティ ワールドカップは単なるスポーツ の枠を超え、経済や政治にも大きな 影響を与える現象です。メキシコ代 表がゴールを決めれば、国全体が動 きを止めます。それは試合の結果を 超越した、国民が一つになる友愛の 瞬間なのです。 このスポーツの祭典は、以下の 側面において社会変革の真の原動 力となるべきです: 2026年ワールドカップは、スポー ツに「社会的目的」が備わったとき、 世界中が勝者になれることを証明す るための絶好の機会なのです。

ワールドカップ・日本代表応援ルート

バレリア・バラハス ワールドカップが目前に迫っており、日本代表チームの初戦に帯同するためにモンテレーに行くのは骨の折れる仕事のように思えますが、バヒオは他の州や世界各地との接続が優れているため、これまでよりも簡単に可能であり、事前に計画を立てておけば少しは節約できるでしょう。 日本はモンテレーで開催される2026年ワールドカップの初戦をBBVAスタジアムで行う。バヒオに住む日本人たちは、6月20日に遠征してチームを応援する準備をすでに進めている。 モンテレーへのワールドカップ旅行を計画するための小さなガイドをご紹介します。 移動手段:バス、飛行機、それとも車? 国の中心部に住んでいる場合は、旅行の予定や冒険に同行する人の数によって異なる可能性がある 3 つの交通手段を検討してください。 以下に、各交通手段のおおよその料金と旅行に関する重要なヒントを紹介します。 バス ‐料金 ‐高速料金 現地での移動:車、タクシー、それともメトロ? モンテレイ市には3つのメトロ路線と31のトランスメトロ(接続バス)路線があり、最 も一般的な交通手段です。また、バス高速輸送システム「エコビア(EcoVía)」もありま す。 支払いは主にデジタル決済で、アプリ「Urbani」またはカード「Me Muevo」を使 用します(窓口購入も可能)。 ワールドカップ専用ルートを 準備中 おすすめ観光スポット

2026年サッカー 日本代表

バレリア・バラハス 2026年ワールドカップ、日本代表は史上最強 の世代として、かつてないほどの高い期待を 背負って大会に臨みます。もはや単なる「組 織力のあるチーム」ではなく、世界の強豪と も対等に渡り合えるチームと見なされていま す。モンテレイで行われる初戦では、チュニジ アと対戦します。 ここでは、日本代表の命運を握る主要メン バーを紹介します。 森保 一(監督) サンフレッチェ広島での 実績で知られる指揮官。 彼の戦術的な柔軟性がチ ームを支えている。 久保 建英 「日本のメッシ」と称され る至宝。23歳にして欧州 での豊富な経験を持ち、 今大会の攻撃を牽引する 絶対的なエースとして期 待されている。 鈴木 彩艶 アメリカにルーツを持つ 若き守護神。ベルギーで の目覚ましい活躍を経 て、欧州が注目する大器 としてゴールマウスを守り ます。 三笘 薫  筑波大学で「ドリブル」に 関する卒論を書いたこと でも有名な、世界屈指の ドリブラー。その独特な加 速で相手DFを翻弄する。 佐藤…

もうひとつの「日本代表」

Por Pablo Emilio Carrillo グアナファトのサッカーコートでは、日本語も飛 び交っています。 ここ10年来、ある日本人グループが、自分 たちの大きな情熱のひとつである「サッカー」 を通じて交流し、楽しむ方法を見つけ出しま した。 彼らの名は「ロス・ニポネス(Los Nipones) 」。グアナファト州に拠点を置く自動車関連企 業の駐在員や社員たちで構成されたチームで す。日々の仕事や責任の合間を縫って、サッカ ーコートは彼らにとって大切な交流の場となっ ています。 カズ、ヤマモト、ササキ、オオツキといった チームメイトたちは、毎週コートに立ち、アマチ ュアトーナメントの試合に挑みます。日本代表 のユニフォームに身を包んだ「ロス・ニポネス」 は、継続、努力、そしてサッカーへの情熱を体 現している存在です。 ワールドカップの熱狂が広がる中、彼らは モンテレイで日本代表を応援する準備を進め ています。初戦がモンテレイで開催されるとい う絶好の機会。グアナファトからは車で約8時 間の距離です。 「絶好調の日本代表を応援しに行きます。 ずっと待ち望んでいた結果を今こそ残してほ しい。ぜひ優勝してほしいですね」と語るの は、コロンビアの血も引く若き日本人、ヤマモ トさん。サムライブルーを全力でサポートする 準備は万端です。

日本サッカー、そ の誕生と歩み

バレリア・バラハス 日本にサッカーが伝わったのは19世紀後半のことです。開国と 近代化が進んだ明治時代、イギリス人の教師や海軍軍人によ って持ち込まれました。初期の頃、このスポーツは主に学校や 大学を中心に親しまれていました。 その後、数十年にわたり日本では野球が国民的スポーツと して人気を博し、サッカーはアマチュア競技として緩やかに発 展していきました。そして1921年、日本サッカー協会が設立さ れ、競技としての正式な第一歩を記しました。 大きな転換期となったのは1993年の「Jリーグ」開幕です。 これにより日本サッカーは真のプロ化という革命を迎えました。 以来、日本代表は「サムライ・ブルー」の愛称で知られ、アジア サッカー界の主役へと成長を遂げました。 1998年のFIFAワールドカップ・フランス大会で悲願の初出 場を果たして以来、日本は連続して本大会への出場を続けて います。また、2002年に開催された韓国・日本共催大会は、ア ジアで初めて開催されたワールドカップとして歴史に刻まれて います。 日本サッカーの歴史年表 重要な点は、スーパーチャンピオンシリーズ(キャプテン翼)が獲得した人気であり、都市や州を代表するために企業に所属することをやめたチームを強化するのに役立つ野心的なアプローチを西部のコミュニティに伝えることができた。

BB VAスタジアム・モン テレイ:2026年FIFA ワールドカップ開催地

モンテレイのBBVAスタジアムは、ス ポーツの象徴であるだけでなく、メ キシコの大手建設会社であるGrupo GPによる高度なエンジニアリングプ ロジェクトとしても高く評価されてい ます。Grupo GPは60年以上の歴史 を持ち、メキシコ国内で2,200万平 方メートルを超える建設実績を誇 る、同国を代表する建設会社の一 つです。 Grupo GPは、この近代的なサッ カースタジアムの建設を担った主要 建設会社です。土木工事、構造工 事、そしてこの複雑なプロジェクトの ロジスティクス調整に携わりました。 さらに、複雑なコンクリート構造や 鉄骨構造、特にスタジアムの特徴的 な建築形状を実現するために、デジ タル建設モデルや最新の建設管理 といった先進技術を導入しました。 こうした技術革新により、設計と 建設を最高水準の品質と安全性で 同期させることが可能となりました。 BBVAスタジアムにおいて、GP Construcción社は以下の業務を担当 しました。 特筆すべきは、建設段階からサステナビ リティへの取り組みです。プロジェクトは 持続可能な基準に基づいて実施され、 建設段階から環境認証を取得し、環境 負荷の低い材料の使用とエネルギー効 率の向上を実証しました。 BBVAワールドカップスタジアム:

レオンにて第17回メキシ コ全国日系人大会開催

5月29日から31日にかけて、第17回 メキシコ 全国日系人大会(CONANI)が、バヒオ日系 人会の主催により、グアナフアト州で初めて 開催されます。 本大会の目的の一つは、日本文化に親しむ 機会を提供することです。期間中、ブンカフ ォーラム内のビセンテナリオ劇場にて、一般 公開(無料)の3つの大きなイベントが開催さ れます。 ※チケットはチケットマスターにて 入手可能です。 Taichi & Komaki コンサ ート 5月29日(金)17:00~ 日本の若き2人の才能が、 打楽器と伝統楽器 でる三味線を駆使 し、エネルギーに 満ちた現代的な 楽曲を演奏。 演劇「絆-Kizuna 」-プ レ ミア 上 映 5月30日(土)18:00~  ポルフィリオ・ディアス 政権時代における「榎 本植民」の知られざる 歴史から、両国を繋ぐ 多様なメキシコ日系社 会の確立までを辿る。 驚 き、勇 気、愛…

サン・ルイス・ポトシの 日本庭園で桜が開花

メキシコ最大の日本庭園は、サン・ルイス・ポトシの タンガマンガ公園内にあります。3ヘクタール以上の 広さを誇り、東京農業大学の造園専門家によって設 計されました。 サン・ルイス・ポトシ州政府、地域の日系コミュニ ティ、そしてメキシコ日本人協会の強力により、国内 で最も美しい日本庭園が実現しました。 「サクラ」として知られる桜の木々が、日本と同 じように咲き始めています。鳥居のアーチ、木製の 橋、池、石灯籠、竹林などが、伝統的な日本の景観 の美しさと調和をメキシコの地で表現しています。 「この庭園を訪れると、日本にいるような気持 ちになります」と、サン・ルイス・ポトシ州政府の在日 代 表、ロドルフォ・ゴンサレス・オノ氏は語りました。 この日本庭園は、2023年9月、サン・ルイス・ポト シへの日本人移住100周年を記念して開園しまし た。単なる日本庭園にとどまらず、メキシコと日本の 友情と文化的な絆を象徴する場所となっています。

在レオン日本国総領事館、開設10周年

ユニス・メンドーサ 在レオン日本国総領事館が開設されてから、10年 が経ちました。当時、その開設がもたらした大きな 喜びと期待を今でも鮮明に覚えています。それは単 なる外交事務所の設置ではなく、この地域が日本 人コミュニティ、そして両国間の経済・文化交流にお いて戦略的な拠点となったことを公式に認めるもの でした。 10年前、日本人移住者の主な渡航先はメキシコ のバヒオ地域でした。特にグアナフアト州 には、日本の主要自動車メーカーであ るマツダとホンダの2社が進出し、 その後トヨタも進出しました。こ れらの企業とともに数百人の 日本人が移り住み、グアナフ アト州および地域全体に大 きな変化をもたらしました。 それ以来、在レオン日本 国総領事館は、日墨間の投 資拡大や学術・文化交流の 発展を見守ってきました。 また、総領事館の存在によ り、ハリスコ州、ケレタロ州、ア グアスカリエンテス州、サン・ルイ ス・ポトシ州、サカテカス州、そしても ちろんグアナフアト州に至るバヒオ地域 において、私たちはこれまで以上に日本文化を 身近に感じることができるようになりました。 ココ・メキシコとして、私たちはこれからもメキシ コと日本の歩みを伝え続けていきます。両国が交流 し、お互いを理解し合い、共に喜びを分かち合える 場であり続けたいと思っています。 地域とともに歩むさらなる年月を願って。 青山健郎総領事、おめでとうございます。 エウニセ・メンドサ ココ・メキシコ ディレクター

サ ン・ル イス・ポトシ 州 、日 本 に 公 式 代 表 事 務 所 を 開 設

サ ン・ル イス・ポトシ 州 のリカルド・ガジャルド・ カルドナ知事による経済政策は、日本との戦 略的な関係強化を推進しており、その一環と して東京に代表事務所を開設することを決 定しました。 経済開発長官ヘスス・サルバドール・ゴン サレス・マルティネス氏は、現在およそ80社 の日本企業が同州に進出していることを強 調しました。 今回の会合では、日本における代表とし てロドルフォ・ゴンサレス・オノ氏が紹介され、 初の活動報告が提出されました。 ゴンサレス・オノ氏は、日本国内で約30社 が参加した初のプロモーションセミナーの開 催、日本貿易振興機構(JETRO)や各都市 の商工会議所との会合、さらに新たな協力 枠組みを推進するための金融機関との連携 など、具体的な戦略的取り組みが実現したこ とを報告しました。 サン・ルイス・ポトシ州は、日本に公式か つ常設の代表事務所を持つメキシコ唯一の 州です。