けん玉とバレロ

日本とメキシコそれぞれの国の伝統玩具であるけん玉とバレロは共通点が多く、どちらもテクニックと集中力が必要な遊びである。 けん玉 原産国:日本 素材:木製 特徴:十字状の「けん(剣)」と穴の空いた「玉」で構成される伝統的な玩具。 テクニック:バランスよく玉を皿の上に乗せたり、けん先に入れたりして遊ぶ。 歴史:アイヌ民族によりもたらされた、何百年も前から日本に伝わる伝統玩具。 風習:現代でも老若男女問わず親しまれており、けん玉の特別授業を行っている小学校もある。 BALERO 原産国:メキシコ 素材:木製 特徴:「頭」と呼ばれる底に穴があいたパーツと、持ち手となる棒状の2つのパーツからできており、様々な大きさのバレロがある。 テクニック:頭部分の穴に棒状の先を入れる。 歴史:プレヒスパニック期にメキシコ原住民マヤ族がガイ骨を用いてバレロに興じていたことが起源だとされている。 風習:現代ではバレロを始めとする伝統玩具で遊ぶ子ども達が減少している。

第4回: 会社のお金

メキシコ人の考える“お金の遣い方” 筆書「現役通訳夫婦が見たメキシコ自動車産業と今後」では多くの共感・納得の声を頂いていますが、本シリーズは著書に書き切れなかったこぼれ話&メキシコ人向けの内容でお届けしていきます。 第4回目は「会社のお金」、つまりお金の使い方や金銭感覚についてです。メキシコ人も日本人も自分のポケットマネーだったら財布の紐を引き締める行為は同じですが、会社のお金だと大分話が変わってきます。 全体的に言える事は、メキシコ人は会社のお金を「賢く」使うというよりは、「自分の仕事を楽にする」為に使う事に重きを置いています。例えば、何か設備を購入しようとしたら「ちょっと高くても」性能の良いもの、最新技術のもの、付帯設備を付けるなどです。もはやそこには「費用対効果」や「長期視点での回収」は希薄な場合が多いです。 何故かというと、「自分達の雇い主はお金持ちだ。だから彼らのお金を使う罪悪感を覚える事は無い、彼らはこの投資で今以上に儲けるだろうから」という外国資本に搾取され続けている歴史が生んだ考え方があるからです。 全てのメキシコ人がそうではありませんが、貴方も思い当たる節がありませんか?

祝3周年!

メキシコ人と日本人を結ぶ話題を提供し続けて創刊から3周年を迎えました。読者の皆様に感謝の気持ちを伝えると同時に、今後もメキシコと日本の絆を深めるのに役立つような情報を発信していきたいと思います。 これからもよろしくお願いいたします。 ビバ・メヒコ!ビバ・日本!

三船敏郎:日本人原住民

スペイン語が話せないにも関わらず原住民役としてメキシコ映画の主役を演じた日本人俳優。当時のエピソードをご紹介。 今から58年前「価値ある男」というメキシコ映画で、三船敏郎さんは飲んだくれで無責任な農夫役を演じました。 1961年4月に映画の撮影でメキシコへ渡った三船さんが着物姿でメキシコ空港に降り立つ姿を、当時多くの新聞社が取り上げました。 渡墨した際の記者会見で三船さんは、スペイン語が全く話せなかったため映画でのセリフは全て丸暗記をしたと話していますが、三船さんの「独特なアクセント」により、最終的にはネイティブによる吹き替えが使われました。 三船さんの映画出演料は1万ドルで、その頃の相場に比べると低めだったそうです。 三船さんがメキシコ映画に出演する(1961年5月オアハカで撮影開始)という珍事は、当時メキシコ映画の国際化を模索していたイスマエル・ロドリゲス監督のアイデアにより始まります。 「三船敏郎さんを探しに日本へ渡りました。」と語るロドリゲス監督は長い交渉の末に三船氏を説得し、あの飲んだくれの原住民農夫が誕生したのでした。 そして映画公開から1年後に、外国語映画賞としてゴールデングローブ賞とオスカー賞にノミネートされました。 三船さんの心にはメキシコでの思い出が刻まれていたのではないでしょうか。帰国後に三船さんから届いた手紙にはこう記されていました。「メキシコの地でメキシコ人の皆さんに出会うことができ、とても嬉しく思います。私の母国日本と同様にメキシコを尊く、恋しく思います。」

アランダ・デ・ラ・パラ病院 創立80周年式典

メキシコ中心部において最も知名度のある民間病院、アランダ・デ・ラ・パラ病院が開院80周年を迎えました。 これまで最新の医療設備を導入し優秀な専門医を採用することで、グアナファトで実績を残しつつ質の高い医療を提供してきました。 現在専門医166名と一般医40名を配置し、病室109室、手術室12室を整備し24時間体制で対応しています。 アランダ・デ・ラ・パラはバヒオ地域の病院でも国際認証を取得したパイオニアであり、重症患者治療にも高度な専門性で取り組んできました。 プエルト・インテンリオール工業団地に開院 アランダ・デ・ラ・パラ病院のプエルト・インテンリオール開設により、外国人又は市外患者に対しても救急医療、外来診療、健康診断、検査入院、集中治療、専門手術、日帰り手術などの医療サービスを提供。 手術室3室、退院サポート室も完備されており、臨床診断、レントゲン検査、エコー検査や乳がん検診も受けられる。 arandadelaparra.com.mx

エストゥディアンティーナが 日本語で演奏

広島県とグアナファト州の文化交流の一環として、エストゥディアンティーナ(グアナファト市の名物楽団)のグループが去年4月に広島を訪れ、フラワーフェスティバルに出演してグアナファトの伝統音楽を披露しました。またそのうち何曲かは日本語で演奏されました。 桜の開花時期に合わせて開かれたフラワーフェスティバルでは、グアナファトで行われる「カジェホネアーダ」と同様に、エストゥディアンティーナ楽団が広島の道を演奏しながら練り歩きました。 楽団長であるマヌエル・アメスキータさんは、日本語での演奏は忘れられない経験になったと述べています。細谷すけみちさんにより日本語に訳された「シエリート・リンド」と「ラ・クカラーチャ」の2曲が演奏されましたが、日本語の歌詞を覚えるのに何日もかかったそうです。「日本語を曲のリズムに合わせるのに苦労しましたが、最終的にはとても感動的な演奏になりました。」とマヌエルさんは話してくれました。 グアナファトの伝統音楽が広島へ渡ったことで、二都市間の交流も更に深まったに違いありません。 また広島県知事が今年グアナファトに訪問された際に、同じエストゥディアンティーナ楽団が再び日本語での演奏を披露しました。知事を始めとする日本からの訪問団にとても喜ばれ、皆友人として歌や踊りを楽しみました。 グアナファトのカジェホネアーダ エストゥディアンティーナの演奏はグアナファト市の伝統音楽で、夕方になるとスエードの上品な衣装をまとった音楽家たちが陽気な音楽を奏でながら町の小道を練り歩く。 ギター、タンバリン、マンドリンそしてカスタネットの音色は1962年にスペイン人によってもたらされた。その後グアナファト大学の学生たちがこれらの楽器を用いて野外演奏を始めたのが「エストゥディアンティーナ」楽団の発祥である。

距離が縮まる広島とグアナファト

飛行距離にすると1万1397KMも離れているメキシコと日本。習慣、言語そして時間帯まで何もかもが異なっているにも関わらず、広島県とグアナファト州の友好関係が近年さらに強固になっていることで、互いに近く感じる。 広島県とグアナファト州の交流は深まる一方で、現在グアナファト州には日本語表示の標識や広告塔が溢れており、自動車産業関連日系企業の進出、日本食レストラン、お盆祭りを始めとする文化イベントなど、日本が日常にあります。一方広島県では、グアナファト州から派遣された交換留学生が勉学に励んでおり、またチリやサボテンでメキシコ料理を調理するシェフ、メキシコの伝統音楽を披露するエストゥディアンティーナ楽団もいます。また2020年の東京オリンピックでは、広島県はメキシコ選手団の事前合宿を受け入れています。 グアナファトと広島の友好提携は5年前に締結され、文化・経済交流発展の為に多様な活動に取り組んでいます。 この友好関係は広島に本社を置くマツダ社がサラマンカに進出した時点から始まり、そこからグアナファト−マツダ−広島へと繋がっていき、今では経済・教育・文化・スポーツなど様々な分野に交流が広がっています。 先日友好提携5周年の記念式典にグアナファトを訪れた湯崎英彦広島県知事によると、現在グアナファト州にはマツダを含む広島県の企業24社が進出しており、200名以上の広島県民が居住しているそうです。 式典では両都市の友好関係をより一層強固なものにしていくことが両知事により再確認されました。 ディエゴ・シヌエ・ロドリゲス知事「今後さらに広島とグアナファトの交流が深まることを願います。」 湯崎英彦知事「メキシコと日本を隔てる地理的な距離にも関わらず、グアナファトと広島はまた一歩近づいているように感じます。」 広島とグアナファトからなる自動車産業関連の職場では日本人・メキシコ人社員が努力を共にし、社内外でのコミュニケーションの活性化に取り組んでいます。また、歴史的観点からも不屈の精神という共通点があります:広島県は原爆から困難を克服し、グアナファト州はメキシコ独立のリーダーとして戦いました。 このような過去が更にグアナファトと広島の友好関係はを深めているのかも知れません。そして今、グアナファトに移住する日本人は増加の一途をたどっています。 マツダから始まった友情 マツダ自動車のサラマンカ工場建設により、両都市の友好関係が始まる。広島県の主要企業であるマツダの進出はグアナファト州の発展に大きく寄与し、両都市の友好関係の要でもある。 当初広島県からメキシコ工場に派遣されたマツダ社員により、企業、政府などが一体となって両者の交流を進め、親善を深めていく目的で、「広島グアナファト親善協会」が設立された。 親善協会設立趣意では以下のように述べられている: 「広島は、70年前の原爆の惨禍の中から、今日の復興と発展を遂げたまちであり、グアナファト州はメキシコ独立運動が始まった地として、自由の象徴とされており、こうした歴史を持つ両県・州が未来に向けて共に歩んでいくことは大変意義深いものと考えられます。」 友好関係5年 2011年4月 マツダがメキシコでの生産事業を発表 2014年2月 グアナファト州サラマンカ工場操業開始 2014年8月 グアナファト州と広島県が経済交流提携を締結 2014年11月 広島県‐グアナファト州が友好提携を締結 2016年1月 在レオン日本国総領事館が開設 2017年6月 ミゲル・マルケス・グアナファト州知事が広島を訪問 2019年7月 ディエゴ・シヌエ、グアナファト州知事が湯崎英彦、広島県知事をグアナファトに迎える。更に交流を深めることを再確認し、けん玉遊びやセルフィ−撮影などが行われた。 よく使われる言葉 Palabras comunes Ciudades hermanas 姉妹都市 Amigos 友達 (tomodachi) Acuerdos…

天才からもう一人の天才へ

偉大なるアーテイストそして映画監督であるギジェルモ・デル・トロ氏と宮崎駿氏。メキシコ・日本それぞれの国が誇る二人は良き友人でもある。 メキシコ人映画監督ギジェルモ・デル・トロ氏が個人コレクションを集めた展覧会「怪物の館」で、宮崎駿監督が彼に贈った日本語の手紙に二人の友情が記されていました。 宮崎監督が「親愛なる友人」であるデル・トロ氏に書いた手紙は、グアダラハラ大学美術館の展覧会でも大切な一点として展示されました。デル・トロ監督はこれまでの製作活動において宮崎監督から多大な影響を受けてきたそうです。 2008年に書かれた手紙には、デル・トロ氏が吸血鬼を題材にした三部作「ザ・ストレイン」の第一部を宮崎氏にプレゼントしたことに対するお礼が記されていました。日本語では「沈黙のエクリプス」と改題されたこの小説は、後にテレビドラマシリーズ化されたヒット作です。 宮崎監督は手紙の中で冗談交じりに「とても忙しくて頭から灰がパラパラ落ちている」と表現したり、ジブリ作品の中から「くじらとり」、「やどさがし」、「水グモもんもん」などの作品をすすめています。 また宮崎監督が次回作の構想や登場人物をイラスト付きで紹介している手紙の文面からも、二人が親しい様子が伝わってきます。 手紙の最後には再会を願う言葉が添えられており、オスカー受賞者でもある両監督の再会を世界中のファンが待望していることでしょう。

マツダ駅伝大会の開催されました

サラマンカ・マツダの駅伝大会に社員をはじめ取引関係者の3,300名以上の駅伝走者が参加 Por Eunice Mendoza 日本ではとても有名な駅伝が今年もメキシコで開催されました。マツダ社員、取引関係者らが日本文化交流の一環としてサラマンカの町を駆け抜けました。 駅伝の全行程16キロを5区間に分けて走行しました。ヒロシマ通り、メキシコ一日本通り、マツダ工場敷地内に分けられた区間を各チームの代表一人ひとりが走り抜きました。 今年で5回目を迎えるこの駅伝には50をこえるサプライヤーチームを含む3,300名が参加しました。 グアナファト州の15市と国内の5州からも参加者がありました。 マツダ駅伝の知名度は毎年上がっており、グアナファト州の名物イベントになってきています。

第3回:知ったかぶり

日本人が困るメキシコ人の “理解力” 筆書「現役通訳夫婦が見たメキシコ自動車産業と今後」では多くの共感・納得の声を頂いていますが、本シリーズは著書に書き切れなかったこぼれ話&メキシコ人向けの内容でお届けしていきます。 第3回目は「知ったかぶり」、筆書でも取り上げていますがメキシコ人は業務上の知識を問われたら「知らない」とは絶対に答えたくない性質を持っています。でも今回は、さらに一歩先の話です。 日本人は次世代の担い手を育て上げていこうと色々と部下に教えます。でも初歩的な事や、簡単な事しか教えていないにも関わらず、次の日には「俺は何でも知っている」と豪語して回り、最悪の場合、設備の設定を勝手に変えてしまい大問題に発展する事態に何度か遭遇しました。なぜこうなってしまうのか?それはメキシコ人にとっては日本人上司に教えてもらう事は光栄な事であり、すぐに他の同僚と自分は違う(教育を受けた)事を強調したがる傾向があるからです。さらに問題なのが、それを聞いて嫉妬した他のメキシコ人が「じゃあ、この問題の解決方法分かる?」などカマを掛けてきて、分からないまま対応してしまい問題になるのです。 その本 a 話題の本 著者: 中塚アンヘル信也 フリーランス日西通訳 メキシコ在住13年 自動車業界6年目  現役通訳夫婦が見たメキシコ自動車産業と今後(Kindle版) ある通訳者の黒歴史(Kindle版)