メキシコ紙幣に 印刷されている 歴史上の人物

メキシコ紙幣は色とりどりで、各紙幣に歴史上の偉人、風景画、そして詩又は有名なフレーズがデザインされている。ココ・メキシコでは紙幣の肖像に印刷された人物についてご紹介。 表:元メキシコ大統領で共和制を復活させたベニート・フアレス。隣には政教分離を実現した改革諸法、そして社会的平等を象徴する天秤が描かれている。 裏:オアハカ州にあるメキシコでも有数の古代遺跡、モンテ・アルバン。 表:メキシコ独立革命の中心人物であったホセ・マリア・モレロス。隣には革命中にシンボルとして使用された戦旗、弓矢、そして大砲が印刷されている。 裏:モレロスの出身地ミチョアカン州の象徴であるモレリア水道橋、そして同じく同地のモナルカ蝶が描かれている。 表:古代メキシコの軍人、詩人、指導者であるネサワルコヨトル。隣には彼の詩を象徴する描写が描かれている。 裏:古代アステカの首都であるテノチティトランに存在したテンプロ・マヨール。 表:メキシコを代表する壁画家であるディエゴ・リベラの自画像。隣には同じく彼の代表作である「白ユリと女」が描かれている。 裏:シュルレアリスムを代表する画家、フリーダ・カーロ。ディエゴ・リベラの妻。 彼女の代表作「愛は抱擁する」も印刷されている。 表:2018年に発行された500ペソ新紙幣には、20ペソ紙幣と同様にベニート・フアレスが登場している。この紙幣には首都に凱旋したベニートの様子が描かれている。 裏:バハ・カリフォルニア半島の自然保護区で観察できる世界自然遺産、コククジラ。 表:19世紀初頭のメキシコ独立運動の指導者であるミゲル・イダルゴ神父。隣にはグアナファト州ドローレス・イダルゴ市の教会の鐘が描かれており、毎年9月15日には独立記念日「ドローレスの叫び」の象徴とされている。 裏:メキシコ国内でもシンボリックなグアナファト大学 表:17世紀の代表的詩人、ソル・フアナ・イネス・デ・ラ・クルス。隣には窓際に本、インク壺、羽根ペンが描かれており、彼女が人生の大半を過ごした修道院の図書館を表している。 裏:ソル・フアナが読み書きを覚えたパノアヤ荘園。そしてポポカテペトル山、イスタシワトル山。

第2回:敬称

日本人とメキシコ人の異なる“重み” 筆書「現役通訳夫婦が見たメキシコ自動車産業と今後」では多くの共感・納得の声を頂いていますが、本シリーズは著書に書き切れなかったこぼれ話&メキシコ人向けの内容でお届けしていきます。 第2回目は「敬称」、筆書の第6章ではメキシコにおけるLicenciado/Ingeniero等の敬称について説明しましたが、日本では「部長、課長、係長」と名前+役職で呼ぶ、もしくは単純に役職だけで呼ぶことが一般的です。 相手を敬うと言う意味では同じですが、異なるのはその目的。日本では「社内外階級をはっきりさせる」内弁慶的な機能性を持ち、メキシコでは「場面に応じて敬意を表する」事であり、部下に対しても大勢の前では敬称付けで呼ぶ事があります。メキシコ人は日本人の上司には社内で「さん」付けではなく役職付け、そして日本人はメキシコ人の部下にもLicenciado/Ingenieroの敬称付けを時折織り交ぜると円満になるかも? その本 a 話題の本 著者: 中塚アンヘル信也 フリーランス日西通訳 メキシコ在住13年 自動車業界6年目  現役通訳夫婦が見たメキシコ自動車産業と今後(Kindle版) ある通訳者の黒歴史(Kindle版)

広島県知事のグアナファト来訪

グアナファト州と広島県の友好提携強化を目的として、広島県知事が7月28・29・30日にグアナファトを訪問されます。 この外遊期間中に湯崎英彦広島県知事は、ディエゴ・シヌエ・ロドリゲス グアナファト州知事との会談、またグアナファト州議会議員との会合などを行う予定です。 広島県とグアナファト州の友好関係はマツダ社のサラマンカ進出以降7年を迎えており、その交流は文化、教育、経済、スポーツなど多岐に及んでいます。 今回の訪問で湯崎知事は、2020年開催の東京オリンピックに出場するグアナファト出身のスポーツ選手を広島でもてなすことで、友好提携をさらに深めたい考えです。 7年前、ミゲル・マルケス前州知事が広島県との友好提携を締結した際に同席したベアトリス・ヤマモト氏は、「広島県知事はグアナファトの地、そして人々に多大な敬意を払っています。」と述べています。 訪問中にはミゲル・マルケス前州知事との会談も予定されており、他にも新設されたグアナファト日本人学校や、広島祭りなどへも足を運ばれる予定です。

二文化ママ

新田優香さんは2男1女のママで、そのうち1人は日本人で2人はメキシコ人です。今回新田さんには海外出産の経験、そして9か月前に3人目の赤ちゃんを車で出産しそうになった体験などについて語って頂きました。 新田優香さんは日本人の子ども1人とメキシコ人の子ども2人を育てる二文化ママです。長男のリキ君は4歳で、日本の愛知県で生まれました。妹のチヨちゃんと弟のゲン君はグアナファト州レオン生まれです。 4年前、優香さんとご主人のショウさんはレオンに移住して来ました。メキシコと日本の両文化が存在する家庭では、子ども達はスペイン語を学習しながら日本語で会話をします。 日本での出産とメキシコでの出産、何か違った点はありましたか?との問いかけに、「日本では自然分娩が大半なのに対し、メキシコでは帝王切開の割合が多いと思います。」と優子さんは語ってくれました。 日本では出産後、1週間は病院で安静にするのが普通ですが、メキシコでは自然分娩の場合、翌日にはもう退院です。 また、日本では出産前にお祝いをする習慣はありませんが、メキシコでは出産前から「ベイビーシャワー」と言われる、生まれてくる赤ちゃんを祝うパーティーが行われます。 また、日本ではまだ無痛分娩は身近ではないため出産時には痛みを伴いますが、メキシコでの出産では頻繁に無痛分娩が行われます。 しかし、優香さんの3度目の出産は楽ではありませんでした。 9か月前の暑い夜、母国から何千キロも離れた地で優香さんは陣痛を感じ始めました。ご主人は出張中で留守だったため、2人の子ども達と家に残っていた優香さんはすぐに日本人の友人に連絡し、病院へ連れて行って貰えるように頼みました。病院へ向かうマツダ車の車中には、運転する日本人女性、助手席には出産間近の妊婦、そして後部座席は赤ちゃんの誕生に緊張している2人の子ども達。優香さんは痛みで叫びながら、子ども達は泣きながら、、、。30分後ようやく病院へ到着した時には、すでにお腹の中にいたゲン君は外の世界へと顔を出し始めていました。 救急外来ではすぐに医師と看護師が優香さんの出産に対応し、無事にゲンくんが生まれました。メキシコの病院よりもマツダ車での誕生を好んだのは、日本人でもあるゲン君ならではのエピソードですね。

グアナファト 日本人学校開校

バヒオ地区在住の日本人子女を対象とし、日本の教育課程に準じた小学部と中学部の教育を提供する日本人学校がイラプアトに開校 グアナファト州最初の日本人学校が先日イラプアトに開校しました。日本人児童・生徒が日本から派遣された教員から日本の小・中学校と同じカリキュラムで教育を受けるシステムです。 現在バヒオ地区に住む6歳〜15歳の日本人子女が25名在籍しており、月曜日から金曜日まで授業を受けています。 日本人学校は4月10日に開校し、文部科学省からの派遣教員はじめ13名の教員により,国語,社会,算数(数学),理科,音楽,図工(美術),体育,英語,スペイン語などの授業が行われています。 長山正宏校長によると建設中の新校舎の進捗状況は20パーセントで、8月末には完成し、来学期には新校舎が使用開始される予定です。 新校舎の所在地もイラプアトで、レオン、セラヤ、サンミゲル、ケレタロ、そしてイラプアトから毎日通学している児童・生徒達がアクセスしやすい場所に建設されています。 現時点ではまだ試行期間中のため児童・生徒数は25名ですが、来学期からは新校舎で50名以上の在籍数を見込んでいると、長山校長は述べられました。

祝 母の日

  メキシコでは毎年5月10日が母の日です。この日は母への日頃の感謝の気持ちを伝える日で、日本では毎年5月の第2日曜日に制定されています。 メキシコ人はこの日、母にプレゼントや花を贈ったり、外食をしたり、セレナータ*でお祝いすることもあります。また、幼稚園・小学校などでは母の日のイベントが開催されます。 5月10日はどのレストランも満席で、街の通りには花束が売られ、店舗では母の日ギフト専門のコーナーや値引き販売が行われます。小学校では通常母の日のイベントが行われ、子供たちが愛情を込めて歌や踊りを披露します。 日本では母の日に子ども達が早起きをし、「母の日、お母さんいつもありがとう」と感謝を伝えます。メキシコほど盛大なお祝いではないにしても、この日はカーネーションの花や、感謝の手紙などを贈る習慣があります。 メキシコでは母の日はとても重要な日で、クリスマスに次ぐ家族の祝日でもあります。「良き母親像」の概念が強い、メキシコならではの風習を象徴しています。 メキシコ人女性は若年出産する傾向があり、2016年の統計では10歳〜17歳で出産した母親が全体出産数の42.1%を占めました。 この母の日、メキシコ人は「ママ、おめでとう!」と言うのに対し、日本人は「お母さん、ありがとう!」とそれぞれお祝いの言葉を述べます。

メキシコの暑い春

メキシコでは3月初旬から6月下旬までの春の季節が最も暑い時期で、気温も地域により30度から40度まで上がります。 グアナファトの気候は暖かく乾燥しています。またこの時期は日が長いため、日中の時間をより活用することができます。 暑い季節の注意事項 のどが渇いていなくても1日2リットルは水を飲む 食べ物は冷蔵庫に保存し、早めに消費するよう心がける 露店の食べ物は暑さで傷みやすいため避ける方が良い 頻繁に手を洗う 2時間以上続けて日に当たらない 涼しい場所で休息する 暑い時間帯には屋外での運動を避ける 扇風機、又はクーラーを使用する 急な気温の変化に気を付ける 日焼け止めを使用する 服は長袖、そして帽子を着用する 熱中症とは? 暑熱環境によって生じる障害の総称。 体温の上昇、めまい、頭痛、疲労などの症状がある場合は、熱中症の可能性がある。

春の風物詩

日本文化のシンボルである桜は、生命の再生と同時に命のはかなさを象徴しています。 日本では春になると、桜の木の下で家族や友人と美しい桜の花を観賞しながら「お花見」を楽しみ、春の訪れを祝います。 桜の見頃は通常3月下旬から4月の初旬ですが、南の沖縄では2月下旬から3月初旬、北の北海道では4月下旬から5月初旬と地域により異なります。 戦国時代には、咲いてはすぐに散る桜のはなかさは武士の生き方の象徴とされ、桜の花びらは戦いで潔く散っていく武士の血に例えられてきました。 現在では桜は見て楽しむだけではなく、利尿作用があるため薬用として利用される場合もあります。

日本の芸術をメキシコで発信

高橋美幸さんはメキシコで日本の芸術文化普及に携わっており、日本の唄、和太鼓・三線(沖縄の弦楽器)の演奏、影絵パフォーマンスや日本舞踊など多様な活動を行っている。 高橋さんはマツダ工場があるサラマンカ市に在住で、そこから日本の芸術文化を発信しています。 東京では約10年間、身体表現の講師・振付家として活動し、メキシコでは何人かの日本人と共に民謡グループ「小吉楽」の一員としてバヒオ地域のイベントに多数出演するなど、活躍の場を広げています。 いつどのようにメキシコへ来墨しましたか?  日本路上演劇祭実行委員会の活動を通して、メキシコ人のアーティストたちと知り合い、お互いの演劇祭に呼んだり呼ばれたりするようになりました。その頃、70年代から80年代を通じて盛んだったメキシコの民衆演劇に興味がわき、研究しようと思い、2006年に来墨しました。 メキシコで芸術文化活動を行うようになったきっかけは? 2006年に、「バーみゆき」として活動を始めました。「いろいろな人が気楽に立ち寄れるコンセプチュアルバー」というイメージで、固定したグループというよりも、上演ごとに参加したい人が参加するプロジェクト型です。表現活動はみんなのもの、誰でもできる、という考え方に基づいています。実際、メキシコ人やアルゼンチン人、日本人の友人が参加してくれました。演劇と映像、歌や身体表現など多様な表現形態を使った作品を作って、いろいろなフェスティバルやイベントなどで上演しました。 メキシコで日本の芸術文化を広めるために、他にどんな活動を行ってきましたか?  2009年にコレヒオ・デ・メヒコの博士課程に入り、そこで日本の大衆芸術や民俗芸能についての研究をしていました。その頃から、民俗芸能の上演についての誘いや依頼を受けるようになりました。2010年頃に、私が所属する県人会「メキシコ宮城青葉会」から宮城県の虎舞の上演を提案され、県人会や「日系青年会」の若者たちと協力して踊るようになりました。去年の2月には、レオンのグアナフアト美術館でも踊りましたよ!また、2015年には、メキシコシティーのアート集団「茶飯事(ちゃめしじ)」とコラボして、チャプルテペックで影絵音楽パフォーマンスを上演、2017年にはレオンの路上フェスティバルでも影絵パフォーマンスを上演しました。音楽では、2016年から、三味線奏者ホルヘ・ロドリゲスさん主催の民謡グループ(現在は一時活動休止中)「小喜楽」の一員として活動、唄と太鼓、踊りと沖縄の三線を担当し、メキシコシティーや地方のいろいろなイベントで演奏しています。グアナフアト州では、2016年にレオンのイベロアメリカ大学で、2017年にはサラマンカの文化センターでも公演させていただきました。 2019年、芸術活動における高橋さんの抱負を聞かせてください。  文化の出会いや多様性をテーマに、ここグアナフアト州でももっとコミュニティーと連携して、活動を発展させていきたいです。虎舞や民謡の上演で日本文化を広める活動だけでなく、現代的な表現形態もコラージュしながら、さまざまな世代や多様な文化的背景を持つ人々を巻き込んで、集団創作として作品を作ってみたいと思っています。