新型コロナウイルスの影響にも関わらず 安定を維持するグアナファト経済

世界的な新型コロナウイルス感染の拡大による経済危機においても、グアナファト州は地域を活性化する工業団地により2020年第一四半期の経済成長を安定維持できました。 マウリシオ・ウサビアガ経済開発省長官は、アパセオ・デル・グランデからレオンへ広がるグアナファト州の自動車産業ベルトは世界的レベルを誇ると述べています。 また、産業ベルト以外の新たな工業地域、サン・ルイス・デ・ラ・パス、サン・ミゲル・デ・アジェンデ、そしてサン・フェリペなどでも経済成長が飛躍しているとウサビアガ長官は言いました。 経済開発省の報告によると、グアナファト州に29ある工業団地の用地60%がすでに利用されており、開発が期待される未利用地の面積は2500ヘクタールです。 また、州内全ての工業団地面積は3480ヘクタールで、総投資額は9億1400万ドルに上ります。2020年までに工業団地内の企業は16万人の雇用を創出しました。 「これまでグアナファト州には56社が新たに進出し、21億8200万ドルが投じられてきました。これは州政府6年間の目標額の43%に相当します。2021年にはさらに12社以上の企業がグアナファト州に進出する予定で、2024年までの目標投資額50億ドルを達成するための大きなインパクトとなるでしょう。」とウサビアガ長官は述べました。 グアナファト州では自動車部品、サービス、金属加工、新技術、プラスチック、繊維、航空、農業、建設、セラミックなどの産業に投資が集中してきました。 国別に見ると、アメリカ、ドイツ、日本、オーストリア、カナダ、イギリス、フランス、中国、イタリア、メキシコ、台湾などが州への投資に参入しています。 主な企業はKohler(コーラー)、 Taigene、Pepsico(ペプシコ)、Continental,(コンチネンタル)、P&G、Webasto(べバスト)、Nucor(ニューコア)、 GKN Sinter(GNKシンターメタルズ)、CW Technology、 Eurocast、ZKW(ZKWグループ)、 Nestlé-Purina(ネスレピュリナペットケア)、 JK Material(JKホールディングス)、Stant,、Serviacero、FedEx(フェデックス)など。

メキシコ総選挙が 近づく

来る6月6日にメキシコで総選挙が行われます。国会議員(連邦議会)、州知事15名、30の地方議会、そして1900名の首長が新たに選出されます。 グアナファト州では46地方自治体の首長と地方議員の選挙が行われ、グアナファト州議会は新たな顔ぶれで出発することになります。 メキシコでは、州知事の任期は6年、自治体の首長は3年です。 法律によると州知事の再選は認められていませんが、首長は1回のみ再選可能です。例えば、エクトール・ロペス・サンティジャナ現レオン市長は6年間の任期を終え今年退任します。 メキシコで国政選挙を監督するのは全国選挙機関(INE)と呼ばれる機関で、州選挙は各州の選挙管理委員会によって実施されます。 市長選挙立候補者の選挙運動は4月5日から6月2日までで、6月6日日曜日が投票日です。当日メキシコ人有権者は自治体に設置された投票所へ向かい、投票を行います。 投票により選出された議員は10月10日より公務にあたります。 今回の選挙で選出される議員 連邦議会議員 地方議会議員(コアウイラ州とキンタナ・ルー州を除く) 30州の地方自治体首長(ドゥランゴ州とイダルゴ州を除く) 15州の州知事:バハカリフォルニア州、南バハカリフォルニア州、カンペチェ州、チワワ州、コリマ州、ゲレロ州、ミチョアカン州、ナジャリ州、ヌエボレオン州、ケレタロ州、サンルイスポトシ州、シナロア州、ソノラ州、トラスカラ州、サカテカス州

日本人学校の児童が 紙芝居を作成

日本では多くの学校ですでに対面授業が再開されていますが、メキシコでは継続するパンデミック禍での連邦政府及びグアナファト州政府の信号情報に基づき、イラプアト日本人学校ではいまだオンラインで授業が行われています。 そのような状況にも関わらず、児童たちはリモートでグループワーク活動をしています。その一環として、日本の童話で紙芝居を作成しました。 「桃太郎」は日本では誰もが知っている童話です。子供に恵まれないお爺さんとお婆さんのもとに、川から流れてきた大きな桃から生まれた元気な男の子がやって来ます。「桃太郎」はすくすくと育ち、立派な青年になりました。ある日、鬼に金品を奪われて困り果てる村人を見て、桃太郎は鬼ヶ島へ退治に行くと言い出しました。 島へ向かう途中、犬、猿、雉(キジ)に出会い、鬼退治を手伝うかわりにきびだんごが欲しいと言われ、桃太郎は快くだんごをあげました。こうして1人と3匹は鬼ヶ島に行き、村人たちの金品を取り戻したというお話です。 日本人学校の児童たちは、一人ひとりが家にある絵の具、紙、そして野菜などを使って紙芝居「桃太郎」の一場面をそれぞれ作成しました。 登場人物の制作にはズッキーニ、トマティージョ、トマト、ライム、ヒカマ、チャヨテ(ハヤトウリ)、ピーマン、チリ、豆類、トルティージャ、そしてサボテンなどの野菜も使用しました。 最後にそれぞれが作った場面をつなぎ合わせ、各自自分の紙芝居を演じて6分間の動画を撮影しました。 このように、新型コロナウイルスの状況下でも日本人学校ではクラス内での活動を強化する試みを実践しています。 Video: https://www.facebook.com/watch/?v=753793765563947

アイスキャンデ「パレタス」: 伝統あるひんやりスイーツ

メキシコの暑い季節、アイスキャンデーは体の中から冷やしてくれる格好のデザート。メキシコではどんなに小さい町でもお店に行けば手に入るほど、アイスキャンデーは大人気である。 アイスキャンデーの歴史は1940年代にまで遡り、ミチョアカン州にあるトクンボという小さな村から始まります。「ラ・ミチョアカナ」というパレタス(アイスキャンデー)のチェーン店はメキシコシティで店舗を増やし、たちまち成功を収めました。 世界の他の地域では、砂糖水に香料や着色料を加えてアイスキャンデーを作りますが、メキシコではフレッシュな果実が使われています。特に手作りのパレタスは果物の濃厚な風味や食感を味わうことができます。 パレタスには水をベースにしたものと、牛乳をベースにしたものの2種類があり、フレッシュな果物を加えることで自然な甘さと色とりどりの氷菓が出来上がります。 牛乳ベースのキャンデーには、バニラ味、チョコレート味、コーヒー味、チーズ味、いちごクリーム味、マメイ味、レーズン味、チーズパイ味、ブラックベリーパイ味、チョンゴスサモラノス味(凝乳を使ったメキシコのデザート)などがあります。 水ベースのキャンデーはさっぱりしたレモン味、タマリンド味、いちご味、ココナッツ味、マンゴ味、グアナバナ味、メロン味、メロン味、グアヤバ味などが主流で、他にもちょっと変わったテキーラレモン味、チリマンゴ味、チョコミント味、アボガド味などもあります。 また、アイスキャンデーをチョコレートでコーティングしたり、砕いたくるみ、チョコチップ、ココナッツチップをトッピングしたり、チャモイやチリをかけて食べてみるのもいいでしょう。いろいろな食べ方があるので迷ってしまうほどです。 メキシコのアイスキャンデー屋は「パレテリアス」と呼ばれており、アイスキャンデーの他にもフレッシュな果汁水や、アイスクリーム、シャーベットなども売られています。 一番よく知られている店は「ラ・ミチョアカナ」ですが、「ラ・フロール・デ・ミチョアカン」や「ラ・フロール・デ・トクンボ」などいろいろなアイスキャンデーの店があります。ミチョアカン出身の店舗はメキシコ全国に約8000店から15000店もあり、町の通りやショッピングモールなどあちらこちらで目にすることができます。 アイスキャンデーの値段は大きさによりさまざまですが、Sサイズで5ペソから、Mサイズで18ペソ、そしてLサイズでは25〜30ペソが相場です。 アイスキャンデーは自然でフレッシュなため健康にもおすすめです。そろそろ暑い季節がやって来るので、是非メキシコのパレタスを堪能してみてください。

フォルクスワーゲンシラオ工場で 新エンジンを生産

フォルクスワーゲンシラオ工場では、最新技術を駆使した高性能エンジンの生産を今年から開始します。 新エンジンEA211の生産によりフォルクスワーゲンシラオ工場の生産能力は向上し、自動車サプライヤー業界全体に相乗効果をもたらすと同時に、グアナファト州にも大きな経済効果が期待できます。 シラオ工場では1日1500台のエンジンを生産していますが、今年からこのエンジンが北米市場のSUVタオスに搭載されるため、2億3350万ドルを投じて生産ラインが新設されます。また、グアナファトの住民にとっては雇用の増加にも繋がります。 「フォルクスワーゲンはグアナファトの住民に雇用機会を与えるのみならず、地域の環境保護や社会貢献にも取り組んでいます。グアナファト州の経済発展、そして社会発展に貴社は大きく寄与しています。」とディエゴ・シヌエ グアナファト州知事は生産開始式で述べました。 新型エンジン生産のため、モノブロック、シリンダーヘッド、コネクティングロッドの組み立てラインが導入されています。 今回の投資はフォルクスワーゲンが40年間にわたってメキシコで生産を継続している枠組みの中で行われます。これまでプエブラ工場とグアナファト工場で生産されたエンジンは合わせて1400万台を超えています。 フォルクスワーゲンシラオ工場 2013年1月に操業開始 5億5千万ドルを投資 同年1億1800万ドルを追加投資 稼働開始につき473名の従業員を直接雇用 現在の従業員数1200名以上 世界中にあるフォルクスワーゲングループで100番目の工場

サボテンでパンデミック をしのぐ

新型コロナによる感染拡大は世界中を震撼させる悲劇となった。このパンデミック禍では多くの人々がそれぞれのストーリーを物語っている。 最近の報告書にによると、メキシコには5200万人の貧困層がいるとされています。レオン在住のエステール・サラサールさん(女性・70歳)は、ウチワサボテンを食べてこの過酷なパンデミックを生きのびてきました。 エステールさんはロス・カスティージョスという山間の地域に住んでいます。去年新型コロナ感染が広まって以来、夫(男性・90歳)とともに山へ登り食用の野生ウチワサボテンを収穫しています。 「この状況を乗り切るためにサボテンを売ったり、食べたりしています。サボテンを調理する玉ねぎを買うお金がない日もありました。サボテンに加えて豆類も食べられる日はご馳走でした。」と、エステールさんはメキシコの貧困層に典型的な日干しレンガ建築の家で話してくれました。 数か月後、エステールさんの夫は前立腺がんで亡くなりました。今は隣人に助けられながら一人でこのパンデミックに立ち向かわなければなりません。 同じ集落にも同様に生活に困窮しているアレリ・ゴンサレスさんという女性がいます。彼女の夫はパンデミックが起こってすぐに失業し、子供たちに食べ物を与えるためにエステールさんたちと同じく山へ行ってサボテンを採ったり、近くのダムで魚を釣ったりして食べ繋ぎました。 自然の恵みのおかげでなんとか2週間をしのぎ、アレリさんの夫は靴工場に再就職することができました。 もう一人の隣人、ジェニファー・ベラスケスさんは、自分の洋服を売って食料を買うためのお金に換えています。ジェニファーさんには子供が二人いますが、夫は4カ月間失業していました。苦しみを乗り越えて今は職に就くことができましたが、先行きはまだ不安定な状態です。 このように、パンデミックで窮地に追い込まれながらもなんとか生き延びてきた人々がレオンにもたくさんいるのです。

第二次世界大戦中における メキシコでの日本人弾圧

1940年代、第二次世界大戦の影響下で辛い日々を過ごした日本人移民そして日系人グループが存在した。。 1941年12月に日本軍が真珠湾を攻撃したことがアメリカに対する事実上の宣戦布告となり、そこから全てが始まりました。 当時メキシコ大統領だった、マヌエル・アビラ・カマチョは日本との経済活動を一旦停止し、メキシコにいる少数の日系人にも規制をかけました。 その頃バハカリフォルニア、ソノラ、ベラクルス、シナロア、コアウイラ、そしてタマウリパスなどメキシコ各地に約6000人の日系人が生活していましたが、連邦政府はメキシコシティ、グアダラハラ、クエルナバカ、そしてプエブラなどの州に日系人を集めました。セラヤやケレタロにも強制収容所があったと言われています。 INFOBAEに先日掲載されたマリア・エレナ・オオタ・ミシマ氏とフランシス・ペディ氏の研究によると、当時日系人は政府の勧告から8日以内に収容所に向かわなければならなかったそうです。 「メキシコ人の日本人に対する戦争(2011年)」を書いたセルヒオ・エルナンデス・ガリンド氏は、年齢や性別、メキシコ国籍の有無に関わらず、全ての日系人を監視するというのがアメリカ政府から要請を受けたマヌエル・アビラ・カマチョ大統領の方針だったと述べています。 アメリカ政府は日本人のスパイ工作や、日系人工作員のサボタージュについて警戒するよう警告し、メキシコで監視するべき日系人のブラックリストも作成しました。 その結果、メキシコ国内にいる日系人は脅威であるという理由で日系人が逮捕、収容されるなどの弾圧が続きました。 また、日系人は銀行口座も凍結され(生活のため月500ペソまでの引き落としは許可された)、1939年以前に帰化した日本人移民のメキシコ国籍も無効とされました。 1941年12月のわずか3週間で、住んでいる場所を追われ、わずかなお金で監視生活を送るようになるなど、メキシコ在住日系人の生活は大きく変化したのでした。その数は約1500人に上ると言われています。

第12回(最終回):退職

退職は悪!? 肯定に悩む日系企業とメキシコ人 2年間に渡り連載の機会を頂いたKOKO MEXICO並びに読者の皆様には心より御礼申し上げます。 最終回は「退職」についてです。メキシコも欧米に習い、離職率・人材流動性が高い国となっております。面接を担当される方であれば20代の候補者でもあっても3回以上の転職歴を持つ人が多い事を実感していると思います。 世界的にも珍しい終身雇用制度が存在した日本ですが、理に適った制度だと思います。なぜならどんな仕事であっても必ず「その会社特有のルール/やり方」が存在し、それを極めるには経年の長さが一番効率化に繋がると考えるからです。しかし逆を言うと、「説明しなくても期待通りにやってくれる」、「こういう場合は必ずこういう対応をするだろう」と部下や同僚に対して無意識に過剰な期待をしてしまいがちです。 長年メキシコ人と仕事をしていると思う事は、責任感は皆さん有るのです、プレッシャーも適切に伝えれば重要性も理解してくれます、でも期待通りの結果を出せない。昔は「なんで?」と憤りを感じて怒りを覚えてばかりいましたが、最近思う事は考え方が違うだけ、アプローチの仕方が違うだけであり 人の能力云々だけでは無い気がします。 だからこそ、仕事の成果での判断も大事ですが、雇用主側としてはとにかく長く勤めてくれるように、心地よく勤められる環境を整えれば期待通りの結果を出してくれる、その期待に裏切らないのがメキシコ人の長所だと思います。

メキシコ人と日本人が 共演する舞台

メキシコにある日本舞踊グループ「銀嶺会」 が現代日本舞踊を披露 銀嶺会は新しい世代の日系移民に日本の音楽や踊りを普及することを目的に、1971年に川辺民子先生により創立されました。 「銀嶺」とは日本の富士山、そしてメキシコのポポカテペトル山のように、雪が降り積もって銀色に輝く山を象徴しています。 このグループはさまざまな年齢層からなる日本人、そしてメキシコ人により形成されており、世界一美しい芸術表現である踊りを通して中世日本の伝統や習慣、そして宗教観などを表現してきました。 色とりどりの衣装を身につけ、主に扇や傘、そして桜の枝などの持ち物をもって舞いを踊ります。 川辺先生は古典舞踊、現代舞踊そして民族舞踊を融合し、メキシコ、日本、ペルー、テキサス、サンフランシスコ、カリフォルニア、そしてプエルトリコなど各地で公演を行ってきました。また、日本舞踊のメジャーな流派である花柳流の師範・名取を取得しています。 昨年11月、銀嶺会はメキシコシティで数回公演を行いました。舞台では川辺先生、そして木原先生の子弟であるメキシコ人や幼い子供たち(最年少6歳)も演舞を披露し、日本武道を伝承する天真正伝香取神道流と共演しました。

トマトパワー

トマトはメキシコ料理には欠かせない食材である。 サルサの調理にはもちろん、トマトの色合いや風味が 多くのメキシコ料理のアクセントになっている。 トマトは世界中で最も生産・消費されている果実の一つです。外国人は「トマテ」と呼びますが、メキシコではトマテは薄い殻に覆われた緑色のトマトを意味します。一方赤いトマトは一般的に「ヒトマテ」と呼ばれ、メキシコ北部では「トマテ・ロホ(赤トマト)」と言われています。 トマトの原産地は南米ペルーですが、メキシコで育ち「ヒトマテ」と名付けられました。「トマテ」は古代アステカ族のナワトル語で「へそのある果実」を意味します。 メキシコには3種類のトマトが食されています:ボラ(丸いトマト)、サラデッテ(少し長細く楕円形)、そしてチェリー(小さくて甘味が強い)。 熟れたトマトは黄色いものから赤いものまでさまざまです。甘酸っぱく、生で食べても加熱して調理してもおいしくいただけます。 トマトには食物繊維、ビタミンC、カリウムが多く含まれています。抗酸化作用、抗炎症作用、抗ウイルス作用があるため、消化器系、心臓血管系、免疫系などのさまざまな病気の予防に役立つ重要な栄養素として認められています。 メキシコ料理では伝統的なサルサの調理や、スープ、煮込み料理、ピューレなどにトマトが用いられ、赤い色のメキシカンライスもトマトで煮込んであります。そしてサラダやサンドイッチ、ハンバーガーなどではフレッシュな生のトマトが味わえます。 トマトは年中生産されていますが、特に3月〜5月、そして9月〜11月は最も生産量が多い旬の時期です。 トマトサルサのレシピ トマトのフレッシュサルサ ココ・メキシコが簡単レシピをご紹介 *材料 トマト4個(ボラ、又はサラデッテ) 赤唐辛子1本(辛味が強い) ニンニク1かけ オレガノパウダー(小さじ1/2) 塩・こしょう(お好みで) *作り方 洗ったヒトマテをミキサーに入れ、唐辛子、ニンニク、胡椒、オレガノ、塩を加えて混ぜ合わせる。最後に水を加え、サルサを好みの緩さに調整する。