この伝統あるフェリアの今年の招待国は日本。移動遊園地、民芸品の販売、コンサートの他、日本の歴史や文化にちなんだ様々なイベントが開催される。 シラオ市は創立482周年を記念し、伝統的なメキシカンスタイルのフェリアが開かれます。このお祭りは7月12日から29日までビセンテナリオ・パーク開催され、日本も特別招待国としてイベントに参加します。 日本の歴史や文化について紹介するブースが設置されるほか、日本映画の上映も行われます。 今回フェリアへの参加に際し、在メキシコ日本大使館、国際交流基金メキシコ日本文化センター、そして在レオン日本総領事館の支援を得ています。 フェリア期間中には、プロレスの試合、アイスショー、コンサートや民芸品販売などがあり、郷土料理を楽しめるエリアも設置されます。 メキシコのフェリアは家族皆が楽しめる場所で、子どもたちは移動遊園地に、そして大人は展示物や民芸品の販売に興味をそそられます。 今回はフェリア会場であるビセンテナリオ・パークのパビリオンで、メキシコの歴史に関しても楽しく学ぶことができるでしょう。 シラオフェリアには、セラヤ、グアナファト、サン・ミゲル・デ・アジェンデ、プリシマ・デル・リンコン、クエラマロ、イラプアト、マヌエル・ドブラド、レオン、サン・ホセ・イトゥルビデ、ロミータ、コモンフォートなどの他の市町村も、民芸品の販売に参加しています。 このフェリアはシラオ市が400万ペソを投じて開催されます。 入場料: 50ペソ(移動遊園地、カルチャーショー、ビセンテナリオ・パークのパビリオン、アイスショー、そしてプエブロ劇場のコンサート入場料込み) 開園時間: 午前11時〜午後24時 週末は午前2時まで 交通アクセス 今回初めてシラオフェリアがビセンテナリオ・パークで開催されるにあたり、パーク行きの市バスが臨時運行される。(通常運賃)
サン・フランシスコ・デル・リンコン: ソンブレロの本場
世界中で愛されるメキシカンハットは「信頼と起業家精神の町」であるサン・フランシスコ・デル・リンコンで作られている ソンブレロ(メキシカンハット)はメキシコ衣装のシンボルでもあり、男性から女性、金持ちから貧しい人、子供から大人まで、幅広く使用されています。パーティーでは上品に、またビーチではカジュアルな装いとして身に付けたり、農業に従事する人は暑さを凌ぐために着用するなど、用途は様々です。 この世界でも名の知れたソンブレロは、グアナファト州レオン近郊のサン・フランシスコ・デル・リンコンという町で生産されています。 町には家族経営で手作りのソンブレロを作っている小さな作業場から、輸出用に大量生産している企業もあります。サン・フランシスコ・デル・リンコンの町全体では150社以上の帽子メーカーがあり、メキシコから海外へ輸出しているソンブレロの10個中9個はソンブレロの本場であるサン・フランシスコ・デル・リンコン産のものです。 別名「サン・パンチョ」とも呼ばれいるこの町から、2018年にはアメリカ、カナダ、ペルー、ブラジル、ドイツ、そしてチリなどを筆頭に1200万ドルの売上を達成しました。 最近では第1回ソンブレロ・フェアが開催され、このメキシコ伝統工芸の強化を目的として、帽子職人、そして産業生産それぞれのプロセス促進が図られました。 サン・フランシスコ・デル・リンコンソンブレロと靴の町 サン・フランシスコ・デル・リンコンは、1607年にオトミ民族とタラスカス民族の定住によって創立されました。 この町の経済はソンブレロの生産から始まり、18世紀にパームを手で編んで作った帽子が最初のソンブレロでした。現在ではライスペーパーや綿、ポリエステル、木綿、そしてプラスチックなどの素材も使われています。 今日のサン・フランシスコ・デル・リンコンはソンブレロだけではなく、スポーツシューズの生産地としても有名です。 ソンブレロとシューズの生産により、現在この町は地場産業の町として国内外に知られています。 ソンブレロ・フェア サン・フランシスコ・デル・リンコンにあるフェリア会場で、5月3日〜5日まで開催された。メキシコの伝統馬術チャーロのショー、マリアッチ音楽やメキシコ北部の音楽バンダなど、盛りだくさんのこのソンブレロ・フェリアは世界で唯一、国内でも最初のイベント。 開会パレードには600名以上の観衆が訪れ、町の大通りはカラフルに装飾した乗り物や音楽で賑わった。展示会、そして販売会では、伝統的なパーム帽子から、木綿、ライスペーパー、綿、ポリエステル、兎毛そして海苔でできた帽子まで出品された。 また、クリスタル、パール、羽で装飾された帽子や、刺繍が施されたもの、更には手書きのイラストが描かれた帽子も見られた。 このフェリアは、メキシコのアイデンティティーでもあるソンブレロについて深く知れるという観点でも重要なイベントである。 ソンブレロを購入すべき5つの理由 300年以上もの歴史を誇る 素材も色々楽しめる:ライスペーパーや、兎毛、また鳥の刺繍などオリジナルな物もある 好みも人それぞれ:伝統的なパーム帽から、テキサスのカウボーイハットまで 暑さを和らげ、寒さをしのぐソンブレロは年中大活躍 国際的名声からも証明されている通り、品質は保証済み 観光スポット 宿泊場所 Hotel Hacienda San Cristóbal Carretera León-Cuerámaro km 13 San Cristóbal, Gto. 電話 477.152.69.02 レストラン有 Motel Restaurant…
コモンフォート:新しい魅惑の町
グアナファトにあるこの小さな町は、その昔ながらの美しさから3か月前に正式に承認を得ることとなった。保存状態の良い遺跡、伝統工芸品であるモルカヘテ(すり鉢)、歴史ある建築物、宗教的行事、そして原住民文化など、この町の数々の魅力的な点が考慮され、昨年10月に国政府より「魅惑の町」(プエブロ・マヒコ)へと認定された。 先住民時代の伝統は今も受け継がれており、コモンフォートでは「トルティージャス・セレモニアル(儀式の)」と呼ばれる、古代形象で様々な色が組み込まれたトルティージャが食されています。サルサを作る際に使用される、石でできたプレヒスパニック時代の道具、「モルカヘテ」を製作している工房もあちらこちらに見られます。また、宗教的儀式を行う先住民の衣装を着た踊り子たちも町で頻繁に目にすることができ、コモンフォートはメキシコ文化の宝庫と言えます。 歴史深い町であるこの地には、5つの遺跡が残されています:ロス・モラレス、ラ・オルドゥニャ、マードレ・ビエハ、ペニョン・デル・メコ、そしてロス・レメディオです。2500年前にチュピクアロ文化の先人が定住していたロス・レメディオス遺跡の復旧作業が現在行われています。 コモンフォートは、セラヤから車で10分、サン・ミゲル・デ・アジェンデからは20分の場所に位置しています。 植民地時代には宗教に関連する祭祀や宗教行事が生活の中心でしたが、コモンフォートでは現在でもこのような慣習が継承されています。 先住民時代からの宗教所は50カ所にも上り、最も美しい教会はセントロ地区にあるサン・フランシスコ教会です。 コモンフォートを訪れた際に見逃せないのは、プレヒスパニック時代から使用されている調理器具、モルカヘテの制作過程を見学することです。また、ヨシ(イネ科の多年草)から作られた籠(カゴ)や、真鍮でできた装飾品などの工芸品も製作されています。 また、伝統文化を重んじると同時に、地域の産業発展にも取り組んでおり、日系企業を含む自動車産業がコモンフォートにも進出を始めています。 今回は静かで伝統的なこの町について紹介します。 モルカヘテス サルサを作るために使用される調理器具で、溶岩で出来ている。コモンフォートの工芸職人によって丘の頂上から溶岩石が運ばれ、手彫りされる。 モルカヘテに使用される溶岩石の特徴は白い斑点が見られることで、その斑点はミネラル塩であり、モルカヘテを擦りながらサルサを調理する際に独特の風味が加わる。 溶岩の抽出作業 職人は丘の頂上にある鉱山まで歩いて行き、ダイナマイトで岩を取り除き、小さな岩石へと砕いていく。全て手作業で行われ、先の尖った巨大ハンマーを用いて岩を叩いていく。 ソリア:地域に貢献した企業 コモンフォートにはカシミレス・ソリアという、国際的にも高品質のウールを扱う地元産業がある。 ソリアは1918年からコモンフォートの旧アシエンダ跡に設立され、従業員はこの工場の近くに住居を建設し家族で代々工場勤務を行うなど、一つのコミュニティとして成り立っている。 ソリアは産業革命時代の名残が残る繊維工場として観光地にもなっており、更に現代のファッションを促進すべく、有名アパレルメーカーのトミーヒルフィガー、ジバンシー、そして日本のハイブランド高島屋などにカシミヤ生地を提供している。 ソリアを訪問の際に現地でカシミヤ製品を購入することもできる。 鉄道遺産 コモンフォート駅は旧メキシコ国鉄メキシコシティ−ラレド(タマウリパス州)路線上に建設された。この路線工事は1880年9月13日に行われ、駅はチャマクエロと名付けられた。 現在でも鉄道は運航しており、国の中心部と北部を結ぶ重要な手段となっている。 今日、旧鉄道駅はメキシコ国立芸術院(INBA)の校舎として使用されている。 マラビス工業団地 コモンフォートにあるマラビス工業団地は、セラヤから25分、サン・ミゲル・デ・アジェンデから15分の場所に位置する。1500万ドルが投資され、15社が進出、5000人以上の雇用が創出された。 マラビス・グループは2003年からグアナファト州で事業を展開しており、現在イラプアトにあるカストロ・デル・リオ、アバソロにあるマラビス、そしてコモンフォートのマラビスと3つの工業団地を含む675ヘクタールを所有している。 日系企業の顧客では、トヨタ、豊田合成、フコク、日立、不二工機、フジシール、そして高松メッキなどを含む。 宿泊場所 View Hotel Boutique (ビュ−・ブティックホテル) Principal Norte #57, Comunidad Don Juan Xido de Abajo, San…
バヒオ地域における日本語ブーム
小林 明子 日本レオン領事館 首席領事 去る7月、レオン市カルカモス公園でレオン市による「Festival de las Naciones」が開催されました。このイベントには、日本、ドイツ、スペイン等の外国コミュニティが参加し、それぞれの国の文化紹介が行われました。今年が初めての開催でしたが、合計1500人もの市民が足を運びました。 日本スタンドでは、日本食と箸、団扇の販売を行いました。一番人気であっという間に売り切れてしまったのが、団扇で、日本語(漢字)で名前を書いてもらうサービスが大変好評を得ました。 日本語というのは、メキシコ人にとって大変魅力があるようですが、実際に日本語を勉強することはとてもハードルが高いようです。しかし、この高いハードルを乗り越えて日本語を着実に学んでいる優秀なメキシコ人も多くいます。 去る7月1日、グアダラハラの日墨文化交流学院で開催された日本語教師のための短期集中講座の開会式に出席した時のことです。この講座は毎年行われているもので、メキシコ国内のみならず、グアテマラやコスタリカ、遠くはトリニダッド・トバゴからも参加していました。特に驚いたのは、日本人の日本語教師のみならず、メキシコ人等、日本語を母国語としない方が数多く参加していることでした。メキシコにおける日本語教育は確実に根を張りつつあるのを実感しました。 また、開会式の後に同学院の生徒達がグアダラハラの中心街を日本語で案内して下さったのですが、この生徒達の日本語レベルもとても高く(“主柱(おもばしら)”なんていう単語まで使いこなしていました!)、日頃の先生達の努力、生徒達の日本に対する情熱に感動しました。一人の男性は、短期間レオンの日系企業で働いていた事があり、日本式の仕事ぶりが大変だったが、日本語のみならず、日本文化全般について学ぶことが出来た貴重な機会となったと語っていました。 バヒオ地域における日本語の出来る人材不足は深刻な状況にあり、毎日のように「良い通訳さんはいませんか」という相談を当館で受けることがあります。グアダラハラで会った生徒達は、まさにこうした戦力となりうる人材であり、将来の日本とメキシコの架け橋となる心強い味方です。バヒオ地域で増える日本人コミュニティを支えるのは、こうした仲介役となれるメキシコ人の友人であり、大切な財産だと思います。 レオン市はグアダラハラほどの歴史は残念ながらありませんが、大学や市が開催している日本語コース等があります。日本語を身につけたメキシコ人はバヒオ地域で引く手あまたです。確かに日本語を書くこと、読むことは難しいかもしれませんが、日本語を話すことはそれほど難しくはありません。是非勇気を持って、日本語学校の扉を叩いてみて下さい!