東洋のゴージャスさに触発されたルミエルタワー40は、バヒオ地域を代表する最高級住宅で、安心安全で快適な暮らしを実現。 ルミエルタワー40はレオンの新たなライフスタイルを提案しています。高級感溢れるこのタワーマンションは、国内外の企業家などプロフェッショナルな人々にとって最適な住居となるでしょう。 東洋文化に感化されたこの建物は、「風や空気」を感じながら自然と共生する、静かで平穏なライフスタイルがデザインされています。 43階建てで160メートルの高さを誇るルミエルタワー40は、バヒオ地域で一番の高層ビルです。この印象的なタワーマンションでは現在107戸が賃貸・販売されています。マンション各戸にはバルコニーやテラスが設置されており、レオン市内のメトロポリタン公園、ゴルフ場「ボスケカントリークラブ」、そして雄大な山々が遠望できます。 またこのマンションには、オートロックのエントランスホール、プール付きテラス、キッズエリア、6階建て屋根付き駐車場、ジム、日本の温泉のようなジャグジー、プライベートミーティングルーム、図書館、そしてレストランやバーが堪能できる「スカイビュー」など、グアナファト州では唯一贅沢な設備が仕様されています。 ルミエルタワー40は、レオン北部にある豊かな自然に囲まれた高級住宅地「グラン・ハルディン」内にあり、ガラスの塔のような外観のこのタワーマンションは、機能性、美しさ、快適さ、そして豪華さを兼ね備えています。30年以上の実績を誇る不動産業者、INNOVAグループが快適な暮らしを求めて実現したプロジェクトです。 マンション ルミエルタワー40では全107住戸の区画割りも工夫されており、東洋文化の影響を受けた斬新なデザイン。 内装には大理石が用いられ、ヨーロピアンキッチン、調光可能な照明、室外へ続く広々としたバルコニーなどが設けられている。 — ルミエル2 2LDKのルミエル2はLDKとテラスの連結が広い空間を作り出し、メトロポリタン公園や山々の景色が堪能できる。 2ベッドルームはどちらにもバルコニーが付いており、マスターベッドルームには広々としたドレッシングルームとバスルームが併設されている。 — ルミエル1 1LDKのルミエル1は大都会のロフトスタイルで、ベッドルームは実用的かつダイナミックにデザインされている。 快適なLDKの延長線上にあるバルコニーは広々とした空間を演出し、ゴルフ場や連なる山々が一望できる。 ホテルのスイートルームのようなベッドルームではパーテーションを利用してプライバシーを確保でき、バスルームにはゆっくりくつろげる浴槽がある。 — ルミエル3 3LDKのルミエル3は高層ビルの利点を活かして180度の景観を望める。部屋から見える風景には空、水、そして山々の色のコントラストが映し出される。 全面窓の部屋は採光や風通しに優れており、広々とした空間を楽しめる。マスターベッドルームはホテルのような贅沢な雰囲気で、まるでバケーションを楽しんでいるような感覚に浸ることができる。 — ロビー エントランスロビーは別世界のような快適さを与え、壁に沿って流れる照明や高級インテリアブランド、「ロッシュボボア」の家具が印象的な空間。 高層階用の高速エレベーターが3基あり、各階のエントランスには顔認証システムを導入。 ジム ジムで運動しながらも素晴らしい景色を堪能できる。有酸素運動マシンや、筋力を鍛える多様なトレーニングマシンが取り揃えてある。 — テラスとプール テラスはプールで戯れたり、気の合う仲間と集まったり、家族で時間を過ごす絶好のスペース。 プールでは遊んだり泳いだりしてリラックスできる。ガラス壁で出来ているプールはタイル壁が水に透けて美しい。さらに、屋根付きの子供用プールや8人用のジャグジーもあり、町を眺めながらハイドロマッサージでリラックスできる。 また、ドリンクサービスのあるダイニングエリア、ビッグスクリーン、花壇のある広場、卓球台、テーブルサッカー・ホッケー、チェス盤、子供用アトラクションそしてクライミングウォールなど様々な娯楽が楽しめる。 ジャグジー ジャグジーは日本の温泉をデザインして建築されている。屋根付きのジャグジーは8人用で、バルコニーにはオリエンタルな雰囲気の禅の庭園がつくられ、景観を眺めながらゆっくりとくつろげる。 — プライベートミーティングルーム このエリアは書斎のようなスペースで、暖炉のもとで読書やボードゲームが楽しめる。本棚には興味深い本が並んでいる。 また、ミーティング用の16人掛けテーブルも設置されている。 スカイビュー…
ディエゴ・シヌエ州知事就任以来、海外企業60社進出
ディエゴ・シヌエ・ロドリゲス氏がグアナファト州知事へと就任して以来過去2年間(2018年〜2020年)で、60社以上の外国企業がグアナファト州へ進出し、24億ドルの投資をもたらしました。 メキシコ国内における立地の良さや周辺地域との交通アクセスも、海外企業がグアナファト進出を検討するうえでプラスの判断材料になったことでしょう。 投資国: 日本、スイス、アメリカ、ドイツ、オーストラリア、台湾、韓国、イタリア、スペイン、カナダ 外資企業: ネスレピュリナ、 Stant、 FedEx、 Pollman、 NKPM
日本が新型コロナウイルス感染拡大を受けメキシコ南部の中米移民を支援
日本政府は国際移住機関(IOM)を通じて、中米移民を新型コロナウイルス感染から保護するための支援をメキシコ南部で推進しています。 メキシコ南部(チアパス州、オアハカ州、タバスコ州、ベラクルス州)に所在する13か所の移民保護施設に届けられた支援物資の中には、石鹸、マスク、帽子、手袋、抗菌ジェルなどの感染予防物品を始め、洗剤、消毒液、ごみ袋などの衛生用品も含まれています。 この支援により、パンデミック禍の困難な状況でメキシコに滞在する中米移民のうち、主に女性や子供たち2000人以上が恩恵を受けました。 これは日本政府とIOMによって交わされた「メキシコ南部国境地帯におけるシェルター及び政府移民施設能力強化計画」による180万ドルの無償資金協力の一環で、移民問題は安全保障問題と直結しているため、国際社会全体がともに取り組む必要のある課題であると考えられています。 日本は新型コロナウイルスの影響を受けた国々への支援も継続しており、各国がそれぞれ衛生管理システムを強化し、国際社会全体が努力することで感染拡大リスクを軽減していく狙いです。
レオン自治体がメッセージの普及革新で賞を獲得
ラテンアメリカの政治、行政機関のコミュニケーションを表彰する権威あるReed Latinos Awards 2020において、レオン市のコミュニケーションと普及活動における業績が認められ、賞が授与されました。 エクトール・ロペス・サンティジャナ レオン市長は、バーチャルイベントとして開催された第2回年次報告で、「政治活動のアプリケーション・デジタルイノベーション化最優秀賞」を受賞しました。 さらに、レオン市は「中程度の聴衆に向けた政府報告キャンペーン最優秀賞」も同時に受賞しました。 また、新型コロナ関連のラジオPRスポットにおいてもレオン市が放送した「ステイホーム」を喚起するジングルが表彰を受け、コロナウイルス感染拡大防止のための予防対策を市民に促す重要な手段となりました。 「これらの賞は、レオン市民に政治参加を呼びかけるコミュニケーションを改善するために共に尽力してきたチームへの賞だと思います。」とソーシャルコミュニケーション部のホルヘ・カノ部長は述べました。 授賞式はキンタナ・ルー州カンクンで12月5日に行われ、ラテンアメリカ、そしてスペインで有名なコンサルタントが出席しました。
第11回:縁起
厄払いの考え方は共通する日本とメキシコ 新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 筆書「現役通訳夫婦が見たメキシコ自動車産業と今後」では多くの共感・納得の声を頂いていますが、本シリーズは著書に書き切れなかったこぼれ話&メキシコ人向けの内容でお届けしていきます。 第11回目は「縁起」です。新年という事もあり、縁起の良いスタートを切りたいと思う今日この頃ですが、読者の皆様の中には去年の厄払いをしたい!と思う方もいるのではないでしょうか? 実はメキシコでも古代文明から引き継がれたお祓いや占星術、厄払いの文化が残っています。特に盛んな地域はメキシコシティー(アステカ文明の中心地)、ベラクルス州カテマコ市(黒魔術・白魔術の街)、そしてユカタン半島全般(マヤ文明)です。3つすべてに共通する事は、お香を焚き、煙を多用する事です。メキシコシティーの旧市街、ソカロ広場に行けばあちこちでお香を焚いて厄払いをしてくれる場所があります(現在はコロナで禁止されております) もし去年から不調続きの方は、機会があればメキシコ流の厄払いの儀式に参加して、すこしでもメキシコの古代文明に触れてみるのも良いかと思います。
自転車でメキシコを駆ける日本人
メキシコグアナフアト在住の山田洋平さんはメキシコでサイクリストとして活動をしています。 これまでカンクンやモンテレーでのロードレース参加に加え、アグアスカリエンテス、グアナフアト、ケレタロ、コリマなどあらゆる場所で自然とふれあえる環境でのサイクリングを楽しんでいます。 2021年1月現在で29歳、10年前に自転車旅を始めてから、世界中を何千キロも旅してきた洋平さんは、メキシコの山々も大好き。 洋平さんはGFNY(グランフォンド ニューヨーク)の日本親善大使として、日本でGFNYレースの開催を目指しています。 GFNY(グランフォンド ニューヨーク)は、プロアマチュ ア関係なく、すべての人が自転車を楽しめるレースイベントである事をコンセプトとしています。 日本でのレース開催実現は大きな挑戦です。 「日本は他の国よりも交通法が厳 しいので、レースのために道を閉鎖 することが難しいです。なので日本にはGFNY本格的だけどどんな人でも楽しめるようなアマチュアレースはありません」と洋平さんは話します。 洋平さんは自転車旅行を大学時代から始めて、熱中しました。 「東京から京都、姫路、そして日 本の北のほうにも自転車で行きました。自転車で キャンプに行くのにハマっていたんです。大学時代、最後の学期に、アムステルダ ムからスペインのパンプローナまで自転車で旅しました(スペイン語は勉強していたのですがフランス語はすごく苦戦しました笑) 楽しい思い出です。 パンプローナまで2,300kmでした。21日かかりました」と洋平さんは語ります。 洋平さんは2015年にアグアスカリエンテ スの会社の通訳としてメキシコに来ました。自由な時間があれば、いつもメキシコの 町や山を旅しています。グアナファト、ケレタロ、コリマなどメ キシコのいろいろな州に自転車で行きました。そして、カ ンクンとモンテレーでのサイクリングレースにも参加。 「メキシコの気候は、サイクリングにぴったりです。日本は雨が降るし、標高が低い、道も狭いので、条件がよくない。」 「私のルーチンは、車で町の郊外まで行き、そこから100kmくらいをサ イクリングすることです。練習が終わったら、車に戻って家に帰ります。」 現在、洋平さんはグアナファト州のレオンで働いており、自転車の活動を続けて います。グアナファトの山々をよく走っています。 「おかしな形をしたバッタや臭い虫、トンビやイグアナも見かけます。ノパルサボテンを切って、とげを取り除 き、料理したこともあります!」と楽しそうに言います。 洋平さんは、メキシコに住んでいる日本人の方々に、問題なくメキシコの山々を自転車で旅行できることを知ってほしいし、せっかくメキシコは気候がいいのでそれを利用してほしいと思っています。 日本人は怖がって家にいる傾向が ありますが、行くべきところはたく さんあります。」
アルマンド・マンサネーロと 日本の愛の歴史
メキシコ出身の作曲家・歌手であるアルマンド・マンサネーロ氏は、ラテンアメリカで多大な人気を誇るだけでなく、何千キロも離れた日本でも彼のロマンチックな歌声は多くの日本人に受け入れられてきた。 テレビドラマの主題歌として作曲された「アドロ」は1967年にメキシコで発表され、日本語でもカバーされました。 マンサネーロ氏はメキシコで知り合った日本人音楽家の誘いで初めて来日し、ヤマハ音楽フェスティバルに参加しました。 日本の美しさや礼儀作法に感銘を受けたマンサネーロ氏は、この時から日本への思いを強く抱くようになります。 実際彼は日本で6回ツアーを行っており、それ以外にも20回観光で訪れています。日本は海外旅行で家族と訪れるお気に入りの場所だったようです。 高瀬寧メキシコ大使はマンサネロ氏の死去を受けて、彼の楽曲の中から「コンティゴ・アプレンディ」を挙げたうえで、生前の彼と日本の深い関係を追憶する声明を次のように発表しています。 「マンサネーロ氏は、2011年に日本が東日本大震災により大きな被害を受けた際、復興を支援するためのチャリティーコンサートを開催してくれました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。」
篠原誠二氏が モノクロ写真で 表現したいこと
写真家篠原誠二氏の写真展「HIROSHIMA」をレオン文化フォーラムで開催中 篠原誠二氏はメキシコでも著名な日本人写真家です。45年前に来墨して以来、メキシコと日本に関連するモノクロの写真を撮り続けてきました。 仕事、家族そして友人などメキシコですべてを得た篠原氏は、「メキシコは私の故郷です。」と語ります。 メキシコと日本という豊かな文化を持つ二国の類似性や関係性などに焦点をあてながら、これまで約25の展示会を開催してきました。 最新の展示会「HIROSHIMA」では、広島県の悲しい歴史を振り返ると同時に、その悲劇を超えた広島の生命力と希望に満ちた様子を表現しています。 この展示会は現在レオン文化フォーラムで開催されており、2月末まで野外で無料鑑賞することができます。 なぜ展示される写真はいつもモノクロなのですか? モノクロ写真が私の表現方法だと考えています。黒と白に存在する何千もの色合いを楽しみながら、私の目ではモノクロでこそ被写体をうまく捉えることができるのです。長年モノクロでやって来たので、それが私の作品の特徴となりました。 篠原さんの写真を通じてメキシコ人に伝えたいメッセージは何ですか? メキシコはカラフルな色で溢れていて、光と影があり、そして人々は明るく働きもので、温かさでいっぱいの美しい国だということをただただ感じてほしいです。 「HIROSHIMA」展で篠原さんが表現しているストーリーは? 広島は世界で語られているような単なる悲劇の町ではなく、歴史や文化に富んだ素晴らしい場所だということを皆に伝えたいと思いました。 メキシコと広島の共通点とは? メキシコ人も広島県民も温和な人柄で、働きものが多く、常に前向きな姿勢で困難にも立ち向かっているところです。 広島は日本人にとって何を象徴していますか? 人間同士が残忍に戦った傷跡のようなものを日本人は広島に対して感じていると思います。それと同時に、焼け跡から這い上がった人々の努力や強い意志なども象徴しています。 メキシコは篠原さんにとって何を象徴していますか? 私はこの美しい場所で人生の大半を過ごしてきたので、メキシコは故郷のようなものです。ここで家族をつくり、たくさんの友人ができ、仕事をする機会もできました。何よりもメキシコの美しい情景と温かい人々が私を迎えてくれたことに感謝しています。 写真で世界に発信されるべき日本とメキシコのそれぞれの場所はどこでしょう? 世界中のどの国にも伝えるべきストーリーや美しい景観、文化そして伝統があるので、それはとても難しい質問です。 日本もメキシコも世界に紹介すべき歴史や文化がたくさんあると思います。 それでは篠原さん自身が写真撮影するとしたら、メキシコ、日本それぞれどの地域を選びますか? 私なら日本の古い街並みを撮って発信したいですね。観光ツアーでは訪れない場所がたくさんあります。 メキシコには私の知らない美しい町がまだまだたくさんあります。全てを撮影するには時間が足りないかもしれません。
メキシコ人が400鉢以上の盆栽を 展示する美術館を設立
盆栽とは木や苔を鉢に植えて自然の風景を模して造形し、その姿全体を鑑賞する。どんな種類の樹木でも盆栽として楽しめ、大きさは1.5メートル以下の小さなものが多い。 盆栽という日本独特の手法は、一種の芸術とみなされています。メキシコ人のエミグディオ・トゥルヒージョ・サンチェスさんは、47年前からメキシコで盆栽職人として活躍してきました。 ココ・メキシコのインタービューで、エミグディオさんは日本文化への関心や愛着、そして盆栽が彼の人生に欠かせないものとなった経緯などを語ってくれました。 エミグディオさんは現在80歳で、プエブラ州アトリクスコの出身です。ある雑誌で盆栽を目にして以来その美しさに魅了され、盆栽の大規模な展示会へ見学に行くために来日しました。 「初めて盆栽を見た時から、その独特の世界観、そして日本文化に深く惹かれ、1974年からはフルタイムで盆栽業に従事しています。盆栽は私の人生そのものなのです。」 1980年から盆栽のコレクションを本格的に始め、2001年には生まれ故郷にメキシコ盆栽芸術学院を創立しました。 エミグディオさんは日本語を話しませんが、ジョン・ナカ氏、寺川宝積氏、小林國雄氏、そして漆畑大雅氏など日本屈指の盆栽師を彼の学院に招待し、ワークショップや実演などを開催してきました。 10年前には同じくアトリクスコにジョン・ナカ盆栽美術館を設立し、日本、イタリア、そしてアメリカなど世界各地の盆栽師の協力を得てエミグディオさんが手掛けた、400鉢以上の盆栽コレクションが展示されています。 コレクションには50センチの小さな盆栽から3メートルに及ぶ大きなものまであり、アウエウエテ、コショウボク、オリーブ、ニレ、針葉樹など100種類以上の樹木からなります。 それぞれの盆栽に樹木の名前、形式、植え付けの日付などが記されたラベルが付いており、毎日必要な手入れがが施されています。 また、美術館では200種類以上の盆栽が販売されており、価格は200ペソから4万ペソに上るものもあります。 ジョン・ナカ美術館はパンデミック禍でも開館しており、感染防止対策を徹底しながら団体客に向けたガイドツアーも行っています。
日本人デュエットが ラテン歌手に
マリキータ&ジロー夫妻が才能を生かしてメキシコ音楽に従事 ラテン音楽は日本でも人気があり、スペイン語の曲も色んな場所で流れ、カラオケや歌声サロンなどでもメキシコの楽曲が歌われています。 日本で最初に紹介されたメキシコ音楽グループはロス・パンチョスでした。このトリオは60年代に「Los Panchos en Japón」というアルバムでスペイン語と日本語の楽曲を発表し、彼らのボレロ(舞踊音楽)は日本でも高い人気を得ました。 先日新型コロナ感染で死去したメキシコ人歌手、アルマンド・マンサネーロさんもロマンティックな歌声で日本人を魅了しました。 それ以降数々の日本人歌手やグループ、そしてオーケストラなどがラテン音楽を演奏するようになり、日本人デュエット:マリキータ&ジローもそのうちの一組です。 マリキータ&ジローは歌手の帆足まり子さん(マリキータ)と夫でありギターリストの三村秀次郎さん(ジロー)によるラテン・デュエットです。「あてどなく」、「それはきみのよう」、そして「今宵君が欲しくて」などのスペイン語楽曲をレパートリーに取り入れた日本では草分け的な存在です。 二人はアミーゴ株式会社や雑誌「Hola Amigos」を設立し、ラテンアメリカの音楽や文化を発信しています。また、ラテンアメリカと日本のアーティストの交流にも努めてきました。 マリキータ&ジローはスペイン語がわからないにも関わらず70年代にメキシコに渡り、2週間滞在してアルマンド・マンサネーロの歌を収録しました。そこでマンサネーロ氏との友情が芽生えたのです。 その後マンサネーロ氏は日本で6回ツアーを行い、そのうち1回は日本のサルサバンド:オルケスタ・デ・ラ・ルスと共にツアーを開催しました。 マリキータこと帆足まり子さんは2003年12月27日に亡くなりましたが、夫のジローさんは日本人歌手、松本マリアさん、ミニエ・マリエさん、そしてタカバ・マサミさんと共にメキシコ民族音楽を演奏し続けています。 去年10月、ジローさんは死者の日に関連してメキシコの楽曲「ラ・ジョロナ」を松本マリアさんと披露しました。 その他にもこれまでラテン音楽を演奏してきた日本人に、東京キューバンボーイズ、ロス・インディオス、そしてメキシコの伝統的な音楽ジャンル:ランチェーラを歌った宝とも子さんなどが挙げられます。また、サム・モレーノという芸名で知られる長谷川修さんは、18歳でメキシコに渡り日本へ帰国後、東京にメキシコレストランをオープンし、後に有名なマリアッチグループ、マリアッチ・サムライを結成しました。