日本友好交流プログラムへの参加を求めて

在レオン日本国領事館の板垣総領事は、グアナファト障害者センター(INGUDIS)のホセ・グリマルド・コルネロ所長を訪問し、障害者福祉分野における日本との新たなつながりを構築することを目的とした会合を持ちました。 2014年からグアナファトと広島の間には、文化交流協定による直接的な提携が行われています。そして現在、その協定を障がい者福祉など他の分野にも拡大することを検討しています。 グリマルド所長は、障がいを持つ人々をケアするための公共政策「GTOインクルーシブ」を通じて、センター内で実施されている活動について板垣総領事に説明しました。 この会合はINGUDISと在グアナファト日本国領事館が障害者のための研修や文化交流などの活動において、より良い関係を築くための機会を探るという意味で、非常に有意義なものでした。 このように、板垣総領事はグアナファト州のさまざまな分野と連携を強化していくことを目的に、あらゆる政府機関と継続的に会合を行っています。

グアナファトと日本が連携し、若者のためにさらなる機会を創り出す

在レオン日本国総領事館の板垣総領事は、グアナファトの若者たちに教育、雇用、国際移動の面でより良い機会を創出することを目的に、グアナファト州青年支援センター(JuventudEsGto)のアントニオ・ナバーロ事務局長と意見交換を行った。 グアナファト州内の青年と日系企業、さらには日本と海外を結びつける機会を模索している。 また、広島県立叡啓大学と連携し、より多くの学生を日本に留学させ、グアナファト州内の大学との学術交流も図っていく予定である。 青年支援センターは、2017年から日本との文化交流プログラムを実施しており、これまでに400人以上の若者が国際・教育・語学分野で支援を受けてきた。

レフレンドとテネンシアは同じ自動車税?

メキシコでは前世紀から、自動車を所有すると税金を払うことが義務化されている。それが「テネンシア」と呼ばれる自動車税である。グアナファト州のナンバープレートを所有している場合、どのような税金の支払いが必要か、ここで紹介する。 メキシコの自動車税は1962年に導入されたが、その始まりは1968年のメキシコオリンピックのための資金調達を目的とした臨時税だったという説があります。 現在でもこの税金は政府当局により徴収されていまが、課金するかどうかは州政府に自治権があります。 グアナファト州では、自動車の所有者にかかる税金として、テネンシアと呼ばれる高級車税と、レフレンドと呼ばれるナンバープレート税の2種類があり、どちらも毎年納めなければならない税金です。 高級車税 インボイスに記載された車両の価格が50万ペソを超えた場合に課される自動車税。新型車を購入し、それが50万ペソを超えない場合はこの税金を支払う必要がない。ただし、車両価格が50万ペソ以上の場合は超過分に対してのみ2.5パーセントの負担となる。例えば、車両価格が55万ペソの場合、超過分5万ペソの2.5パーセントを支払うことになる。 自動車登録税 ナンバープレートや登録証の交換や使用に対して課される税金。グアナファト州のナンバープレートを持つ車両の所有者全員が毎年納付する。例えば2021年は、自動車が504ペソ、二輪車が140ペソだった。 支払い期限は2022年1月1日から3月31日までで、この日を過ぎると、遅延利息を追加して支払うことになる。 支払いは、源泉徴収事務所、またはグアナファト州税務局が認可した1900か所以上の事業所で、ナンバープレートの番号を示して行う。sateg.gob.mx または、finanzas.guanajuato.gob.mxのウェブサイトで詳細を確認することができる。 また、これらのウェブサイトで直接支払いを行うこともできる(ナンバープレートの番号と銀行カードのみ必要)。 支払い期限は1月から3月 グアナファト州の自動車税は1月1日から3月31日までが支払い期限で、これを過ぎると遅延利息が追加される。 未払金に対する罰則 グアナファト州道路交通法の187条では、高級車税と自動車登録税の不払いに対して最低賃金10から20の罰金を支払う規定を定めている。 自動車税が納められる施設 Farmacias ISSEG, Farmacias San Francisco de Asís, Tiendas Soriana, City Fresko, Farmacias Guadalajara, Farmacias Benavides, Tiendas Extra, Tiendas Chedraui, Tiendas OXXO, Tiendas Elektra,…

目標達成に向けての日本式3ステップ

新しい年には新たなチャレンジが待ち受けている:日本流に新年の目標を達成してみよう! 日本文化がその目標を追求する厳格さは知られています。 世界中で、目的の達成に焦点を当てた彼らの戦略と古代の習慣がエミュレートされています。 年末はまた、あるサイクルの終わりと、新しい目的が達成されることが提案されている別のサイクルの始まりを示します。 その有効性で人気があり、この初期の2022年に私たちの最高のバージョンへの道を開くことができる日本の方法のほんの一部を紹介します。 オオソウジ:大掃除 使わなくなったものを処分することを目的とした習慣。日本人はこの日を「大掃除」と呼び、主に年末に行われ、新しいもののために空間を作り出すことを目的としている。掃除は外観的なものだが、外との関係は内なる世界を反映しているという前提のもと、精神も浄化される。 タンスや引き出しの中、あるいは家の中のあらゆる場所にスペースを作ることは、実用的な目的である外観だけでも非常に有効だが、治療目的であればなおさらである。 片付いている家では、ストレスや不安のレベルが下がる。スペインの新聞『El País』によると、アメリカの「全米睡眠財団」は、75パーセントの人がシーツがきれいだとよく眠れる、とした研究結果を紹介している。 「イキガイ」との賢いバランス  エクトール・ガルシアとフランセスク・ミラージェスにより、『生きがい:日本が誇る長寿と幸福の秘訣』という本が2016年に出版された。 その中で、日本人の長寿の要因を、「生きがい」と訳される哲学に起因するものとして明らかにしている。 「自分が得意なこと、やっていて楽しいこと、世の中に貢献していると実感できることを見極めることだ。そうすることで、自分の存在が正当化されるような気がして、自尊心が高まる。幸せはその結果なのである」と、ミラージェスは、いくつかのインタビューで説明している。 この方法は、その人の情熱、使命、天職、専門性が交差する円が重なり合う図式で、一般的に広く知られている。 そのバランスをとることが、人生をより幸せに、より長く生きるための大きな課題なのである。 カイゼン:あらゆる瞬間に、あらゆる場所で、全員で  「カイゼン」という言葉に関しては多くの訳語があるが、いずれも品質管理の手法として認識されている。 「カイゼン・インスティテュート」の創設者である今井正明氏は、「継続的改善」という直訳では、この哲学には限界がある」と述べている。「日々、あらゆる場所で、改善する」方が良いと明記している。 「昨日より今日、今日より明日」という言葉は、共通の目標を達成するために組織に変化をもたらすための哲学としてよく知られている言葉である。 この方法論は、第二次世界大戦後に先駆的に「カイゼン」を導入した日本の自動車メーカーに起因するもので、プロセスをより効率的にする方法を毎日考えるという前提に基づく重要な行動変革を意味している。 簡素化することで、仕事の効率と生産性が高まる。それが「カイゼン」である。小さなカイゼンを積み重ねることで、個々のプロセスや組織を最適化していく。カイゼンの哲学は70年以上前に実行され始め、現在では日本の産業界の世界観に根付いている。そしてそれが日本を経済大国へと変貌した大きな一因なのである。

日本人による
バーチャル新年会

バヒオ地区に住む日本人コミュニティは、バーチャルパーティで新年を祝います。 タレントショー、プレゼント抽選会、音楽や歓談の場などが設けられていますが、すべて自宅にいながらコンピューターの前で参加するイベントで、オンラインで新年を迎えることになります。 グアナファトに拠点を置くメキシコ日本商工会議所、広島グアナファト親善協会、在レオン総領事館により、日墨両文化の融合を図るために開催されるイベントです。 家族的な雰囲気の中で、オープンで自由な集まりとなる予定で、日時は1月29日午後1時から3時半です。 当日は、世界遺産に詳しいユーチューバーがメキシコの遺産について、また書道家が1月2日に行われる「書き初め」について紹介するプログラムも予定されています。 バーチャル観光ツアーや、べラクスル大学の研究者によるメキシコのピラミッドについての講演など、メキシコと日本の文化をミックスした企画が実施される予定です。 そしてタレントショーも見逃せません。メキシコ人、日本人双方が参加し、歌やダンスなど、隠れた才能を事前に収録したビデオを披露します。紹介された映像をもとに、観客が優勝者を選ぶことになります。 抽選会にはさまざまな賞品が用意されており、参加するためにはおせちを購入し、抽選券を受け取る必要があります。 *おせち:日本の伝統的な正月料理で、仕切りのある重箱にさまざまな料理が詰められている。食材にはそれぞれ意味が込められている。 2022年新年会 開催日:2022年1月29日(土) 時間:午後1時〜3時半ごろまで 形式:オンライン 言語:スペイン語、日本語 無料イベント

411年前、メキシコに初めて日本人がやって来た

日本人のメキシコへの移住には、非常に深いルーツがある。 日本人が初めてメキシコに来たのは411年前で、最初の記録はスペイン統治時代の1610年にさかのぼります。 それから2世紀後、メキシコがすでに独立国家として構成されていた19世紀末、1897年に34人の日本人がチアパスに到着し、「異なる特徴を持つ7つの移民の波」の出発点となったと、人類移動の歴史の専門家である、グアナファト大学のアナ・ビラ・フライエル教授は2017年に発表した学術論文で解説しています。 また、1888年11月30日にメキシコと日本の政府間で締結された「日墨修好通商条約」も、この緊密な協力関係の根幹をなすものと考えられています。 このような日本人移民の波は、それぞれの時代のそれぞれの国の事情によって、異なる特徴を持っています。 最初の2つの波は、ビジャ・フレイエルが述べているように、メキシコに農業植民地をつくるためにチアパス州にやってきた日本人たちでした。これは、日本が諸外国との商業・外交関係を再構築した1858年から20世紀初頭にかけて起こった出来事です。 そして1900年代の最初の10年間に第3の波が到来し、1万人以上の日本人がメキシコ各地で労働契約を結んで移住しました。彼らは、当時活況を呈していた工業に、あるいはポルフィリオ・ディアスが推進する野心的な鉄道事業に、またはサトウキビ畑のプランテーションにそれぞれ配置されました。 ひどい労働条件に苦しんだ移民や、アメリカには更なる経済成長の可能性があり、より良い雇用機会があることを知った移民もいました。1907年から1924年の間に「アメリカンドリーム」を追い求めてアメリカ入国を試みたものの、アメリカ国境警備隊に捕らえられたため「メキシコを踏み台にして、いずれアメリカへ入国しよう」とメキシコへ戻った日本人移民の波が第4波だと、メキシコ大学院大学(COLMEX)アジア・アフリカ研究センターのマリア・エレナ・オオタ・ミシマ教授は説明しています。 第5波は、アメリカを目指す日本人移民のメキシコ国内での移住の流れが大きくなったために現れた波です。日本とメキシコは1917年に「日墨医業自由営業協定」を締結し、主に医学分野の専門家(医師、歯医者、薬剤師、産婆、獣医)のメキシコ国内での移動を容易にすることで、メキシコ革命後の医療の需要に応えようとしたのです。 移民研究を専門とする日本の人類学者、平井伸治教授は「この協定により、まず約30人の医師と歯科医師が渡墨し、その後もいくつかの移民グループがメキシコ社会と日本植民地の両方に医療サービスを提供するようになりました」と述べている。 第6波は、貿易、漁業、農業の分野で小さな日本人コミュニティが統合されたことを意味します。メキシコ北東部に日本人社会が集中する「呼び寄せ」移動が始まりました。1897年から1941年にかけて、チアパス、バハカリフォルニア、コアウイラ、チワワ、メキシコシティ、シナロア、ソノラ、タマウリパス、ベラクルスといった州に日本人の移民集団が定住しました。 第二次世界大戦の終結(1945年)後、1940年代半ばから1950年代初頭にかけて、第七の移民の波が始まりました。それは駐在員、つまり「会社から海外に派遣された日本人」で構成され、「日本企業の役員や技術者が入れ替わりでメキシコに移住した」という特徴があります。 1962年、バハカリフォルニアにメキシコ初のトヨタ自動車工場が稼働し、1961年にモレロスに設立された日産自動車とともに、メキシコで最初の日系自動車メーカー設立の歴史が始まり、その後、グアナファトにつながる道が開かれたのです。 第8波 2011年以降、グアナファトはメキシコにおける日本人の主な定住地となっています。この移民現象は非常に新しいもので、社会学や人類学で研究され始めたのはごく最近のことです。 「グアナファト州は2011年まで伝統産業が盛んで、日系人の定住地として国内第2位だったヌエボ・レオンをわずか4年で追い抜いた」とビラ・フライエルは述べています。 グアナファト大学文化・移民・政治学部の研究者であるビラによると、この日本人移住のブームは、2014年にホンダとマツダの操業が開始された、その年の夏に始まったといいます。 2012年から2014年にかけて、グアナファト州の各市町村に進出した136の日系企業にともない827人の日本人が到着した、とビラ・フライエルは論文「メキシコにおける日本人移民の歴史と現在:グアナファトにおける移民コミュニティ研究のためのアジェンダに向けて」で強調しています。 メキシコの中心にあるグアナファト州では、この動向に適応するため、2015年に、メキシコシティ以外では3か所目となる日本領事館がレオンに開設され、州内の案内標識に一部日本語表記を加えるなど、迅速に対応してきました。また、グアナファト大学は日本の長岡大学と協定を結びました。 2017年には、州内の日本人移民が4年間で400パーセント増加し、約2500人になりました。そして2021年1月には、その数は2700人近くにまで達しました。

癒しのフラワーアート「生け花」

生け花は、日本文化に深く根差した自然への経緯から生まれた伝統芸能である。 生け花は、古来より行われていた仏様へのお供え物に由来すると言われています。本来は仏壇に供える花として飾られていたもので、日本人の仏や故人に対する愛情や敬意を表すためのものでした。 生け花の起源は500年以上前の中国で、それが日本に伝わり、新しい流派や伝統、スタイルが生まれました。 この伝統芸能は、自然とコミュニケーションをとる生き方に基づいており、花、枝、葉、果実、そして種子などを組み合わせて構成し、鑑賞する芸術です。 また、美的鑑賞にとどまらず、季節の流れや生命のサイクルとも結びついていることから、瞑想にも用いられています。 生け花は創造的な表現ですが、その形式には一定のルールがあります。主なルールは、生け花に使用されるのは自然な花材のみで人工物は使用しない、そして静けさの中で行うことです。生け花を実践している日本人は、自然を細部から鑑賞する時間として、静寂の中で1本1本に時間をかけて花を生ける必要があると考えています。 生花を用いる生け花は、数日で枯れてしまう短命な芸術であり、生き物ならば誰もが通るはかない無常を表現しています。 生け花は、その宗教的な起源と、誕生、成長、死、再生という自然サイクルとの深い関係から、精神的な共鳴をもたらします。 趣味として楽しまれることが大半の生け花ですが、心と体と魂のつながりを取り戻すための瞑想的な儀式でもあります。 生け花は単に花を生けるだけでなく、自然と人間が一体となった規律ある芸術であり、自然に対する敬意と調和を表現しているのです。

イラプアトで開発されたロボットが世界最高レベルに参戦

先日開催されたハノーバー・レオン見本市に出展された「プロメテウス」が、ANA Avatar Xprizeコンテストのファイナリスト15に選出 グアナファトで開発されたロボット「プロメテウス」が、世界で最も重要なロボットコンテストの一つである「ANA Avatar Xprize」の決勝に進出しました。 このロボットは、日本、アメリカ、フランス、ドイツ、ロシア、韓国、イギリスのロボットと並んで最終選考に残った15チームのうち、メキシコ唯一のロボットです。 プロメテウスは人型ロボットで、頭、首、腕、胴体があり、全方向移動プラットフォームに搭載されています。外部システムに接続して人の動きをコピーすることができ、さらに見る、話す、聞くなどの動作も実行できます。 このロボットは、災害や疫病が発生した地域での支援や、人に代わって危険度の高い作業を行うことを目的に開発されました。 このプロジェクトは、イラプアトの企業Inbiodroid社が、グアナファトの学生の協力を得て展開されており、現在のチームは、エンジニア、研究者、学生そして事務系スタッフなど40人以上のメンバーで構成されています。 コンテストのファイナルは2022年6月に開催され、優勝者には1000万ドルの賞金が授与されます。

総領事がハノーバー・メッセメキシコ事務所代表と会談

板垣総領事は、ベルナー・ロード ハノーバー・メッセ・メキシコ事務所代表と会談し、2019年及び2020年に開催された「インダストリアル・トランスフォーメーション・メキシコ(ITM)」が及ぼした影響などについて意見交換しました。 ラテン・アメリカで初めて開催されたメキシコでのハノーバーメッセ・フェアの結果を始め、インダストリー4.0を推進するための官民連携に関する政策や活動などについても話し合われました。 また、今年10月6〜8日にレオンで開催されるITM2021について、ロード代表は革新的技術を持つ日本企業の出展を望んでいると述べました。

ビバ・メヒコ!

「グリト・デ・ドローレス(ドローレスの叫び)」として知られるこの表現は、政府によりグアナファト州無形文化遺産に登録された。 メキシコはグアナファトで生まれました。ドローレス・イダルゴでの「グリト」をきっかけに、メキシコ独立革命が起きたのです。 211年前の9月16日早朝、ミゲル・イダルゴ神父とコスティージャは、グアナファト州ドローレス・イダルゴの町にある教会を出て、メキシコ独立革命のために共に戦おうと庶民に呼びかけました。その演説の最後を「ビバ・メヒコ」という叫びで締めくくり、教会の鐘が鳴り響いたのです。ここからスペイン統治に対する反乱が始まりました。 そして今日においても、メキシコでは「グリト」が実施されています。 毎年9月15日の夜には、メキシコ大統領、各地方自治体の首長、そして市民まで国民全員が、町の広場やパーティーで集まり、「グリト」を行います。 国中で「ビバ・メヒコ!ビバ・メヒコ!」と叫びながら、メキシコの独立を祝います。この「ドローレスの叫び」は現在グアナファトの無形文化遺産に登録されています。 「ドローレスの叫び」は伝統と大衆文化の表現なのです。 「グアナファトは、これまでも、現在も、そしてこれからも、この国の歴史の主人公であり続けます。また、メキシコの大事な局面には力を発揮していくでしょう。グアナファト州では市民の団結を尊重し、メキシコ人として我々を結ぶ価値観を擁護、推進しながら働き続けます。そしてまた、メキシコがさらに発展するために働き続けます。グアナファトでは全国民のために、常に愛国心、自由への渇望、そして生活の質の向上を祈る炎が消えることはありません。なぜならここでメキシコは生まれ、グアナファト州はメキシコの偉大なる州だからです。」と、ディエゴ・シヌエグアナファト州知事は述べました。 また知事は、「グリト」が無形文化財に選出されたことは、独立記念がメキシコ人のアイデンティティを象徴し、自由な主権国家である自国へのプライドと愛国心を実証しているとしてこう続けました。「国家独立のゆりかごであるグアナファト州からは、『ビバ・メヒコ!』の叫びがさらに強く響くことでしょう。」