グアナファト州の医療サービスを牽引するMAC病院がレオンに新設される。その複合施設の規模は、周辺地域でも最大級。 建設費と設備費に20億ペソを投じるMAC病院は、343の診察室を設ける予定です。高度に専門化されたサービスと最先端の医療機器を備え、最高の技術水準と運営基準が保証されています。42の病室、6つのインテリジェント手術室、24時間対応の救急室、医療専門家による技術進歩を生む研究所を備えたマック病院が4月から開院します。 MAC病院は、アルタシアモール向かいのアエロプエルト通りに位置し、高級ショッピングプラザやマンションも併設されるなど、革新的なコンセプトの建物が特徴的です。レオン南部に開設されるこの新病院は、ハイテク機器と高度な資格を持つ医療専門家により、先進的かつ革新的な施設になるでしょう。 hospitalesmac.com 実績 MAC病院は15年にわたり、優秀な人材と最先端技術を駆使し、思いやり、品質、プロフェッショナリズムを重視した総合的な医療サービスを適正な価格で提供してきた。その歴史はセラヤから始まり、医療サービスの質を向上させるために近代的な施設と最新技術を導入し、何よりも良心的な価格の医療サービスを目指した。 メキシコでも有数の民間病院 MAC病院は、2022年に発表されたメキシコの民間病院ランキングを通じて、メキシコ国内でトップクラスの病院であることが認められた。 メキシコ国内に16病院 MACグループはメキシコ国内に16の医療施設を運営しており、その中でもMACレオンは2番目に大きな施設。以下の都市で展開;アグアスカリエンテス、セラヤ、メキシコシティ、メキシコ州、グアダラハラ、イラプアト、ロス·カボス、ロス·モチス、メリダ、メヒカリ、プエブラ、サン·ミゲル·デ·アジェンデ、タンピコ、ベラクルス。今年はレオン病院の開院に加えて、メリダ、グアナファト、クエマンコ、エカテペックでも新病院の開設が予定されている。 MACレオン病院のサービス ● 42病室● 6インテリジェント手術室● 343診察室● 敷地面積85㎡● ヘモダイナミクス診察● 血液透析● 核医学● アドバンストイメージング● 24時間対応の救急外来● 臨床研究室● 小児·新生児集中治療● 維持療法、集中療法、冠動脈治療● 研究機関● ショッピングプラザ● 集合住宅
板垣総領事が、連邦議会議員を前にグアナファトの潜在力を評価
グアナファト州の経済的・文化的優位性をアピールする展示会「Más Guanajuato en el Mundo y más Mundo en Guanajuato(グアナファトをもっと世界へ、世界をもっとグアナファトへ)」が、メキシコシティの下院議員会館で開催されました。板垣総領事は会合で、経済発展においてグアナファト州が最も積極的かつ効率的な州の一つであることを強調しました。パネルディスカッションでは、ドイツ大使がグアナファト州の利点について、イタリア大使がグアナファトでの休暇について、スペイン大使がグアナファトの豊かな歴史について述べ、板垣総領事は「それぞれの大使の話を伺いましたが、私の利点は実際にグアナファト州のレオンにすんでいることです」と切り出し、グアナファト州の魅力をアピールしました。板垣総領事はグアナファト文化の大切なプロモーターです。
メキシコの春は白い衣装
で到来する
春の訪れを祝う3月21日には、何千人もの人々が白い服を着て、遺跡や山、公園などに出向いて「エネルギーチャージ」を行う。 古来より、春の訪れはポジティブなエネルギーと豊穣をもたらすとされてきました。プレヒスパニック時代には、この自然現象に建築物が支配されることさえありました。遺跡には、太陽から放たれる強力なエネルギーが引き寄せられるという関連性があります。サン・ミゲル・デ・アジェンデのカニャーダ・デ・ラ・ビルヘン遺跡地帯の構造から、その広場は住民を集めてのイベントや公的行事、そして農業活動に関連する天体現象への興味から、天体観測をする空間という二つの目的を満たしていたことがわかります。毎年、多くの人々がこの日に白い服を着用して、運気を引き寄せようと試みます。純粋さを呼び起こすという意味で、白色はそれを吸収するとも言われています。加えて、水晶やパワーストーンを身につけることも効果的だそうです。
グアナファト・オンタイム:日本からインスピレーションを得たキャンペーン
州政府は民間事業者と連携し、グアナファト市民が職場や学校の始業時間を守るよう意識を高めるキャンペーンを始めました。 「Yo soy puntual(私は時間を守る)」は、グアナファト州の自治体、州当局、そして民間企業が参加するプログラムです。 州知事は、自動車関連会社のリーダーたちがこの取り組みを賞賛し、これが成功すれば事業の拡大を検討するようそれぞれの関連会社に伝え、結果的にグアナファト州にとっても有益になるだろうと述べた旨を発表しました。 この啓発活動のスローガンは、「私は時間を守る」「より早く到着すれば、より多くを達成できる」「グアナファトでは常にオンタイム」。
「日本とメキシコの絆を深めたい」:福嶌大使
両国の関係強化を目指すイベントの推進は、在メキシコ日本国大使の目的の一つである。 「メキシコにもっと日本を」。両国の絆を深め、二国間関係を強化し、双方の文化を結びつけ、各団体を連携させていくことが、メキシコ国籍を持つ日本の外交官、福嶌大使の明確な目標です。 「私はメキシコで生まれた日本人ですので、メキシコと日本の距離をさらに縮めたいと考えています。両国の関係が深いのはとても良いことです」と、日墨ネットワーキングイベント2022の開催中に福嶌大使は完璧なスペイン語でココ・メキシコのインタビューに応じてくれました。 このイベントには、両国の友好を再確認し、メキシコと日本を結びつけるプロジェクトを継続するために、60団体から110名以上が集まりました。 福嶌大使は、パンデミックによって失われた時間を取り戻すために、このようなイベントを開催することの重要性を強調しました。 「ネットワーキングイベントは、二国間で活動する全ての組織や団体の連携を強化するために非常に有効です。連携を活性化するためには、人と人が直接会って話すことがとても大切です」。 日本をさらにメキシコ人に近づけ、メキシコをもっと日本へ紹介したいと考えている福嶌大使は、「現時点ではまだまだ遠い」と感想を述べました。 第1回日墨ネットワーキングが開催された2016年以降、二国間関係は強化されてきました。2022年には対面での交流を再開し、各組織が孤立することがないよう取り組んでいます。 「日本を訪れた人のリスト、ディレクトリを作成し、繋がりを形成していくことでリンクを増やすことを検討しています」。 目標は明確で、「メキシコにもっと日本を」ということです。 日本について知りたいと考えている人は多くいます。また、中南米でのイベント開催も視野に入れているそうです。「メキシコだけでなく、中南米でのイベント開催を増やしていきます。パンデミック禍にはインターネットでつながりましたが、今度はラテンアメリカで対面のイベントを開催する予定です」。 メキシコには、日本文化の普及に関心を持つ団体が多くあります。「どの地域にも、企業、大学、学生、奨学金留学生、さらには飲食店や新しい日本文化のファンまで、多くのメキシコ人が日本に関心があります。また、日本の各都道府県からの移住者がメキシコ国内に大勢います」。 福嶌大使は、在レオン日本領事館が2022年に開催した、日本人とメキシコ人が食事や音楽、アニメ、日系企業などを通じて日本文化を紹介するイベントへの取り組みを紹介しました。 今年は、日墨政府間の研修生・留学生の交流プログラム50周年、国交樹立135周年など、いくつかの重要な祝賀行事があります。 「今年はさまざまなイベントを開催し、互いのことをさらに知る良い機会となるでしょう」と」福嶌大使は述べました。
メキシコの年越しの慣例
メキシコでは、新年を迎えるための一連の慣習が受け継がれている。幸運や健康、お金、恋愛などの運気を引き寄せるための迷信のような因習である。 家の掃き掃除 自宅の玄関を掃除すると、家族に幸運をもたらし、家から邪気を追い払うとされている。 黄色と赤色の下着 メキシコでは、年越しディナーの席で赤い下着を身につけると恋愛運が向上し、黄色い下着を身につけると金運アップや商売繁盛につながると言われている。 スーツケースを外に持ち出す ちょうど年越しを迎える深夜0時に、スーツケースを取り出して外で通りを歩く人がいる。これは、その年多くの旅行運に恵まれるための因習である。 靴にお金を入れる 新年のお祝いに行く前に、靴の中に硬貨や紙幣を入れて、一年の金運をアップさせる人もいる。 テーブルの下に入る 男女とも新年を迎える数秒前からテーブルの下に潜り込むことで、恋愛運を引き寄せたりパートナーを見つけることができるとされている。 ブドウを12粒食べる 深夜0時前、メキシコ人は新年までの12秒間で、1秒に1粒ずつ願いを込めながら12粒のブドウを食べる。 ブドウは1年の月数を表し、それぞれの月の幸運や繁栄を意味する。
東京で盛大なフィエスタ・メヒカーナ!
メキシコの独立記念日を祝うフィエスタ・メヒカーナが、東京で盛大に行われました。 3日間で10万人以上の人々が集まり、メキシコの音楽、手工芸品、料理、ダンスなど、メキシカンスタイルのお祭りを体験しました。 このフィエスタ・メヒカーナは、日本におけるメキシコ文化普及のために、20年前から毎年9月に開催されています。グアナファト州の日本代表であるロドルフォ・ゴンザレス氏が発起人であるこのイベントは、毎年日本で成功を収めています。
グアナファトで広島祭りが再開
食文化を通じて、広島とグアナファトのシェフがメキシコと日本の味を融合させた極上のメニューを友好の祭典で提供する。 広島県とグアナファト州は姉妹都市です。この友好提携を記念して、双方の行政機関が提携し、美食の祭典が開催されます。 日本流のマグロの解体ショーや、刺身やお好み焼きなどの広島の味を楽しめる3日間です。 開催期間: 11月3,4,5日 場所: SATO(グアナファト州レオン市) Sushi Tai Saje Bar (グアナファト州イラプアト市、サラマンカ市)
原爆から再生した広島とマツダ
グアナファトは広島と友好関係にあります。マツダがサラマンカに設立されて以来、同州に移住してきた日本人の多くは、原爆の悲劇に見舞われた広島県の出身者です。 マツダは1920年、広島で創業されました。それから数年後の1945年8月6日、この町は世界史上最も悲惨な出来事のひとつを経験することになります。この悲しみの瞬間は、マツダが従業員との絆を深める時間にもなりました。 広島は原爆で人口の約3分の1を失い、第二次世界大戦への日本の参戦を終える要因となりました。 死者の数は8万人にのぼりました。広島は一面火の海となり、犠牲者の多くは熱風で蒸発し、数千人が重症を負いました。爆発と同時に爆発点の温度は100万度を超え、住民の4割が死去したと被爆資料に残されています。 爆心地から360メートル以内では、すべての生命が破壊されました。広島にあった9万棟の建物のうち、原爆で残ったのはわずか2万8千棟でした。その中で倒壊を免れたのが、マツダの工場だったのです。 原爆投下後、マツダは直ちに医療品の配布を開始し、家族が再会できるよう市内各地に集合所を設け、さらに工場内に町役場、病院、国営放送局を1年間設置できるように手配しました。 それから70年後、広島の再生はマツダにとって大きな誇りです。「社員の5割以上が広島出身者であり、社会貢献の意識が非常に高い」と、毛籠勝弘取締役専務は公式ホームページで述べています。
「お金」や「投資」が目的ではなく、規律とメンタリティを追及した
グアナファト州で日本の存在感が高いのは決して偶然ではない。グアナファトを世界の自動車産業発展のための重要拠点とするために、先見性のある人々が何年もかけて州の経済を立て直し、日本からの企業誘致に尽力してきた結果なのである。 日本企業のグアナファト進出から10年が経ち、その立て役者たちが自動車ブーム、そして日本の産業から学んだことを語ってくれました。 「お金や投資が目的だったのではありません。規律とメンタリティを追及したのです。同盟関係を模索していました」と、現プエルトインテリオール ディレクターで、日本からの投資促進の中心人物の一人であるエクトル・ロペス・サンティジャナ氏は述べました。ロペス氏は、前経済開発長官兼州知事であり、州政府の関係者と共に、日本からの投資に賭けていました。「日本人は誰もグアナファト州のことを知らず、州の名前を発音するのも困難な状態でした。」 自動車産業の発展を記念して、州政府は2022年9月2日から4日まで「マス・ハポン・エン・グアナファト」というイベントを開催します。セミナーでは、日本とグアナファトの関係について議論されます。 フアン・マヌエル・フェルナンデスシカゴ事務所長は、バスク地方のビルバオや、ドイツのシュトゥットガルトなど他の国にも行ったが、自動車分野において戦略的な味方を見つけることができたのは日本だったと語っています。 ラモン・アルファロ グアナファト州経済開発局長によると、グアナファト州への企業進出を説得するために、50回以上日本を訪れたそうです。 「決断する理由は経済的なことだけではなく、企業にとって立地を選定する条件は50以上にのぼります」とアルファロ局長は述べました。 グアナファト州に最初に進出した日系自動車企業は、カサイとヒロテックの2社です。カサイは日産アグアスカリエンテスのサプライヤーでしたが、労働力の奪い合いにならないように1998年にレオンに設立されました。そしてヒロテックはゼネラルモーターズのサプライヤーとして、アメリカンアクスルをサポートするための進出でした。 トランスカルチャーのプロセスは容易ではありませんでした。「ヒロテックでは従業員が聖母グアダルーペの絵を機械に貼り付けていたため、ストライキを起こす寸前でした」とロペス氏。 現在ヒロテックには聖母グアダルーペの祭壇が飾られ、この問題は解決しました。 グアナファト州の投資誘致推進チームは、マツダ、ホンダ、トヨタの誘致に何年もかけて取り組みました。 「このようなプロジェクトは、どれも知事の直接的な関与なしには実現しません」と、フェルナンデス氏は言いました。「私たちは、これらの企業が成功することを補完的に想定していたのです。橋が必要ならば、橋を調達するために全力を尽くしました。」 そして、なぜ日本なのか? 「偶然ではない」とエクトル・ロペス・サンティジャナ氏はいいました。州政府、経済開発庁、シカゴ・デトロイト事務所(フアン・マヌエル・フェルナンデス所長)、日本事務所(ロドルフォ・ゴンサレス・オノ所長)によって多くの宣伝活動が行われました。 「当時は工業団地も建設されていなかったので、非常に完成度の高いパンフレットを作り、投資誘致の説得を図りました。形になるものは何も無かったので、空気を売っているようなものでした」とフェルナンデス氏は語りました。 8人の知事は皆、決断を下してリスクをとる必要があることを、明確に理解していたそうです。 ロペス氏は、日本とグアナファトの関係にはまだ課題が残っていると断言しています。 「これまでのところ、自動車分野しか開拓されていません。しかし、エネルギー、バイオテクノロジー、健康、技術、貿易、教育などの分野にも関係を広げていかなければなりません」とロペス氏は続けています。「日本とメキシコのつながりには、まだまだ大きなチャレンジがあります。私たちは孤立するのではなく、統合するために努力しなければなりません。」 現在、グアナファトには276社の日系企業が進出しており、ここに住む2300人の日本人が自動車産業に従事しています。 20年前には3つだった工業団地が、現在では50にまで到達しています。 重要な決定事項 30年前から、グアナファト州は自動車産業を発展させるために重要な決断を下してきた: 計画:21世紀グアナファト州研究 宣伝:シカゴと日本に事務所を設置(COFOCE) 税関:プエルトインテリオール内に設置 トレーニング:IECAにて専門技術者を養成 教育:UNAMとIPNを誘致 インフラ:道路や橋を建設 経済回廊:イラプアト−アバソロ、セラヤ—アカンバロ 工業団地:50か所新設