メキシコと日本をつなぐ10年

「日墨ビジネス交流会」10月29日開催10年前、メキシコと日本の距離をより近づけるという想いから、私たちの歩みは始まりました。この10年間、両国のコミュニティをつなぐ架け橋を築いてきたことを記念し、このたび10周年を迎える節目の機会に、皆さまが一堂に会する特別なイベントを開催します。 10月29日、「日墨ビジネス交流会」を開催します。当日は、メキシコ人・日本人の企業経営者をはじめ、産業界の関係者、そして両国の交流に携わる皆さまが集い、交流を深めながら、新たな出会いやビジネスのつながりを築く機会となります。 会場では、ネットワーキングに加え、3コースのディナーをご用意。また、「グアナファト州の自動車産業はいかにして始まったのか」をテーマとした特別講演も予定されています。 メキシコと日本を結ぶ新たな国際交流の場として、皆さまのご参加をお待ちしています。 早期申込限定の特別価格でチケットをご購入いただけます。ぜひこの機会にお申し込みください。

メキシコと日本の関係にお ける10の決定的な瞬間

メキシコと日本の関係における 10の決定的な瞬間 メキシコが日本と初めて接触し たのは17世紀初頭のことでし た。日本の海岸沖でのメキシコ 船の難船が、両国の住民を引き 合わせました。それ以来、メキシ コと日本は歴史のさまざまな局 面で巡り合ってきました。『ココ・ メキシコ』の創立10周年にあた り、メキシコと日本の友情の歴史 における10の決定的な瞬間を ご紹介します: 1609 1609年 – 最初の出会い:日本が「サン・フランシス コ号」の難破生存者を救助 1609年、サン・フラン シスコ号と呼ばれるメキシコ船が日本の海岸沖で 難破しました。日本の当局と住民はメキシコ人の 生存者を助け、乗組員376人のうち317人が命を救われました。 1614 1614年 – サムライ、支倉常長がアカプルコに到着 支倉常長が60人のサムライと130人の日本人商人とともに ヌエバ・エスパニャ(メキシコ)に到着しました。サムライの 使命は外交関係を樹立し、ヌエバ・エスパニャから日本への フランシスコ会修道士の派遣を実現することでした。合意 には至りませんでしたが、これが日本のサムライがメキシコの地を踏んだ初めての出来事となりました。 1874 1874年 – メキシコが金星観測のため日本へ渡る 1874年、メキシコ人の天文学者グループが金星を観測 するために日本へ渡航しました。彼らは地球と太陽の 距離の測定精度を向上させるための研究を実施しまし た。また、日本の経済、政治、社会情勢に関するレポー トも作成しました。…

ラ・サジェ大学バヒオ校、セルバンティーノ国際芸術祭との連携を強化

執筆:バルバラ・サピアイン、キツィア・トレス ラ・サジェ大学バヒオ校は10年以上にわたり、 セルバンティーノ国際芸術祭(FIC)と継続的かつ 緊密な関係を築いており、近年では「シルクイト・セ ルバンティーノ(巡回公演)」を通じてその協働関係 をさらに強固なものにしています。毎年、一般公開 される公演を招致することで、ラ・サジェのコミュニ ティや地域社会を国内外の多様な芸術シーンへと いざない、大学生活の一部である文化的な体験を 豊かなものにしています。そして今年は初めてFIC の公式ビジュアルアート・プログラムの一環として、 学内にある「マイ大学博物館(MiM)」での展覧会を 通じて同フェスティバルに参加します。 この関係を通じて、同大学は国内外の劇団や アーティストを受け入れ、多様な芸術表現と出会 う場を創出してきました。これらの体験は、芸術と 文化を、感受性や批判的思考、周囲の環境に対す るより深い理解を育むための手段として位置づけ る、同大学の「全人的教育モデル」の一部となって います。 今年は、アリステオ・モラ演出、マリア・セシリア・ グエルフィ脚本によるラ・コンパニア・オプシオナル の舞台『海岸への行き方はたくさんある(Existen muchas formas de llegar a la costa)』が、10月5 日(月)18時から大学の大講堂で上演されます。こ の作品は、ナヤリット州の沿岸部におけるマスツー リズムの影響を探り、開発や土地、そして多様な居 住のあり方について問いかけます。 さらに本学は、イシス・ジェペス氏のキュレーシ ョンのもと、78名のビジュアルクリエイターの作品 を集めたグループ展「トランシトス:溢れ出す大地 (Tránsitos. Una tierra…

東京・お台場で祝うメキシコ独立記念日: フィエスタ・メヒカーナ

メキシコで9月を迎えると、年間を通して も最大級のビッグイベントである「独立記念 日」に向け、どの町も一気に熱気が高まって いきます。街中が鮮やかな赤・緑・白のトリカ ラーに彩られ、各地で盛大な祝福の催しが 開催されるこの季節は、国全体が歓喜 と誇りに満ちあふれる特別な時期です。 そんな本国さながらの熱気を体感できるイベント「フィ エスタ・メヒカーナ」が、遠く 離れた日本でも2020年から 毎年、東京のお台場で開催 されています( https://www. fiestamexicana-tokyo.com/ )。 会場には、タコスやテキーラを はじめとする絶品グルメ屋台がずらり と並び、本場の味を堪能できます。さらに、 ステージで繰り広げられる情熱的なマリアッ チの演奏や民族舞踊の鑑賞、色彩豊かな民 芸品が揃うマーケットでのショッピングなど、 五感全体でメキシコ文化を満喫できる趣向 が盛りだくさんです。 まさに小さくて温かいメキシコそのもの の空間であり、ここには人々の思いや縁を引 き寄せる不思議な魅力が漂っています。実 際、筆者自身も2023年にこのイベントへ足 を運んだ際、かつてグアナファトで知り合っ た友人たちと10年以上の時を経て奇跡的に 再会するという出来事がありました。 国境を越え、メキシコと日本を結ぶ架け 橋として、人々と文化の温かい繋がりをいま も育み続けている注目の催しです。この時 期に東京を訪れる機会があれば、ぜひ足を 運んでみてください。

パン・デ・ムエル ト(死 者のパン)の由来とは?

パン・デ・ムエルトのレシピは、小麦粉、卵、イース トから始まります。これらの材料をこねた生地を 焼き上げ、仕上げにバターと砂糖を塗ってまぶし ます。こうして完成する美味しいパンは、死者の 日(Día de Muertos)の期間中、すべてのメキシコ人に親しまれ、楽しまれています。 しかし、この味わい深いパンは最初からこのように作られていたわけではありません。今から 400年以上前の先コロンブス期、メソアメリカの さまざまな文化においては、死に関連する儀式 が行われ、故人を称えるための象徴的な食べ物 が作られていました。当時作られていたのは、生 贄として捧げられた人の心をかたどった、アマラ ンサスと砂糖による人形であったと考えられてい ます。 一方、大西洋の向こう側では、スペイン人たち も独自の大切な伝統を持っていました。そのひと つが「パン・デ・アニマス(魂のパン)」と呼ばれる もので、メソアメリカ同様、故人を敬い、偲ぶ目的 で作られた食べ物でした。 スペイン人がメキシコの地に到着すると、双方 の伝統が出会い、時の経過とともに融合していき ました。こうして誕生したのが、混血文化の象徴 であり、私たちが今日目にしているパン・デ・ムエ ルトです。パンの丸い形状は髑髏どくろを、生地 で装飾された筋は骨を表しています。

死へ手紙を送り、死とと もに笑うメキシコ

バレリア・バラハス メキシコ人にとって「カラベリタ・リ テラリア(死の風刺詩)」は機知の 表れであり、死者の日における最 もユニークな伝統のひとつです。 副王領時代のメキシコにおいて不 満や鋭い批判を表現する手段とし て発展し、今日ではメキシコを代 表する象徴的な伝統文化となって います。 カラベリタ・リテラリア」とは、 実在の人物(存命・故人を問いま せん)と「死神」との遭遇をテーマ に描いた、韻を踏んだ短文の詩で す。職場の同僚や先生、友人、家 族、政治家、あるいは有名人など、 あらゆる人々がその主人公となり 得ます。 この伝統は19世紀のメキシコ の出版物を通じて確固たるものと なりました。表向きは「死」につい て語っているかのような詩句を用 いながら、ユーモアを交えて公人 の欠点を指摘し、特権階級に疑問 を投げかけ、政治的な不満を表明 することを可能にしたのです。

中 秋の名月:月を眺め、感 謝を捧げる

日本には、月を愛でる風習に根 ざした「月見(お月見、または十 五夜とも呼ばれる)」という伝統 行事があります。その名前は文 字通り「月を見る」ことを意味し ます。  この伝統は中国をルーツとし、 時代を経て日本へと伝わりまし た。日本では、秋の収穫への感 謝を捧げ、健康と幸福への祈り が込められた伝統行事へと変 化 し て い きまし た 。毎 年 、家 族 や友人と集まり、感謝の気持ち を共有します。  お供え物はこの行事の不可欠 な要素であり、欠かせない食べ 物の一つが「月見団子」です。こ れはお米の粉で作られた小さく 白い団子で、ピラミッド状に積 み上げて供えられます。その丸 い形状は満月を表しており、感 謝と幸運の祈りの象徴として捧 げられます。  2026年9月25日、この伝統は私 たちに日常の手を休め、空を見 上げて今あるものへの感謝を思 い起こさせてくれます 

バ ヒオの中心で、新たな自分へ:ブリティッシュ・カレッジ、卓 越 性と最 先 端の3 3 年

これまでに、人生をゼロからやり直した経験はあるでしょうか? 慣れ親しんだ環境という鎖を断 ち切り、段ボール箱に思い出を 詰め込み、初日のような緊張感を抱えて新しい仕事に就く。あ るいは、地理さえまだ手探りの街の敷居をまたぐ。ブリティッシ ュ・カレッジでは、その気持ちを 痛いほどよく理解しています。 ここレオンが、メキシコ人家 族や外国人家族の故郷として 発展していく姿を、私たちは何 十年にもわたって見つめてきました。象徴的なセロ・ゴルドの 丘の上にある私たちの校舎は、無数の物語を見守ってきました。2026年、私たちは卓越性と文化の絆を祝う創立33周年を迎え、グローバルな視野を持つ 生徒たちを育てています。緑豊 かな敷地内では、文化の融合が生まれています。木陰で瞑想 するアジア系の子どもたちが、クラスメイトから「鬼ごっこだよ!」 と声をかけられて興奮を覚え、笑い声の響くかけっこを始める――そんな光景が広がって います。 私たちの卒業生は現在、多国籍企業のリーダー、科学者 、アー ティスト、そし て エンジ ニアとして活躍しています。数 秘術において知恵と普遍的な 愛を象徴する「マスターナンバー」である33周年を迎える今、私たちは幼稚園から高校までの すべての生徒に寄り添い、大学 という自立の扉を開くための確 かな土台を育んでいます。 常に時代を先駆ける私たち の学校では、2026年8月にACT の「グローバル・アセスメント・ サーティフィケート(GAC)」モデル を採用した初のハイ・スクール・デュアル(ダブルディプロマ)プ ログラムの第1期生がスタートします。このプログラムは批判 的思考力を育み、世界最高峰の90以上の大学への扉を開き ます。 レオンの穏やかな空の下、ブ リティッシュ・カレッジはこれから も、さまざまな文化が手を取り 合い、普遍的な愛の光に導かれ…

メキシコの携帯電話をご利用の方へ回線登録が義務化

メキシコの携帯電話番号をご利用の方は、回線停止を避けるため、携帯電話回線と本人確認書類の紐付け(登録)が義務付けられています。 これは、恐喝などの犯罪防止を目的として、メキシコ通信規制委員会(CRT)が導入した制度です。 登録は、ご利用の携帯電話会社のオンライン手続きまたは窓口で行うことができます 登録に必要な情報は以下のとおりです。 外国籍の方は、有効なパスポートをご持参ください。なお、携帯電話の料金プラン(契約プラン)をご利用の方は、登録はすでに自動的に完了しています。 登録期限は携帯電話番号の末尾の数字によって異なります。8月15日に末尾「0」の受付が始まり、末尾「1」の登録期限は8月31日です。その後、その他の番号も順次実施され、最終期限は12月31日となっています。 期限までに登録を行わなかった場合は、回線が一時停止されます。ただし、番号が失われるわけではなく、登録手続きが完了すれば回線を再開することができます。

モンテレイのW杯スタジアムを 皇室がご訪問

バレリア・バラハス 高円宮妃久子さまは、サッカーワールドカップ に出場する日本代表を応援するため、メキシコを 訪問されました。久子さまは、W杯の歴史におい て記念すべき通算1000試合目となった「日本対 チュニジア」の一戦をご観戦。 夫である高円宮憲仁親王は、日本における サッカーの発展に尽力され、日本サッカー協会 (JFA)の名誉総裁を務められました。2002年 に殿下が急逝された後も、久子さまはその遺志 を継ぎ、これまで数々のW杯において日本代表 の姿を見守り、スポーツと日本の文化外交の絆 を深め続けてこられました。 モンテレイ滞在中、久子さまは政府高官との 公式行事に臨まれたほか、「ラ・ミラルカ博物館 (Museo La Milarca)」をご視察。さらに、パル ケ・デル・アグア(水の公園)内に誕生した「日本 庭園」の開園式典にも出席されました。