グアナファト州ではすでに、州内の日系コミュニティを活性化し、日本人とメキシコ人の子孫や、日本文化愛好家を結びつける初の協会設立に向けた作業が進められている。その目的は、日本文化と日墨の融合を広めることである。 在メキシコ日本国大使である福嶌教輝大使のイニシアチブにより、日系人コミュニティの活性化や友好関係の構築が進められています。いわゆる「日系人」とは、日本以外の国に移住し、当該国の国籍、または永住権を取得した日本人、およびその子孫を意味します。 福嶌大使の提案はこの概念を拡大し、日本人の子孫ではないものの日本文化と密接なつながりをもつ人々や社会集団を、日系コミュニティに含めるというものです。その中には、メキシコと日本の関係強化に貢献する企業や団体も含まれます。 グアナファト州では、この取り組みを推進するための活動がすでに始まっています。 レオン市に30年以上住んでいる日本人の血を引くメキシコ人、エンリケ·カトウ·ミランダさんがこの活動を担当しています。 「グアナファトの日系コミュニティを活性化するために、1年前から集中的に活動しています」と、理学修士で環境問題の専門家であるエンリケさんはインタビューに応じてくれました。 日系BJXグアナファトとして知られる州の日系コミュニティは、自身もメキシコ生まれの日系人である福嶌大使の提案により新たな日系人の加入を目指す、グアナファト州で初めての団体となります。 同協会を合法的に設立するための手続はすでに始まっており、まもなくグアナファト州に初の日系人協会が誕生することになります。 エンリケ·カトウ·ミランダさんについて エンリケ·カトウ·ミランダさんは日本人の血を引くグアナファト州出身者です。祖父の加藤岸三郎さんは1905年、20世紀初頭の移民の一員としてメキシコにやって来ました。加藤さんはメキシコシティでグアダルーペ·ラミレスさんというメキシコ人女性と結婚し、当時日本からお祝いの手紙を受け取りました。 エンリケさんは日本人の子孫の一人であり、現在ではグアナファト州の日系人コミュニティ活性化の中心的な推進者です。 例年開催される日系人の集いをグアナファト州で開くことを提案 メキシコに住む日系人は、2年に一度メキシコと日本の文化交流を促進するために会合を開いています。エンリケ·カトウさんは2026年に開催される日系人全国大会(CONANI)をグアナファトで開催したいと考えています。「この重要な会議のホストとしてグアナファトを受け入れてくれることを願っています」 CONANIは、全国から250人以上の日系人が集う二つの文化が融合された会合です。同時に日本エキスポも開催され、1万2千人以上の来場者が見込まれています。
ホンダの女性たち
世界でも有数の自動車メーカーで、グアナファト出身の 女性たち1000人以上が活躍している。ホンダ日本工場では 女性社員が一人も在籍しないのとは対照的に、セラヤ工場 では女性の労働力が高く評価されている。 ホンダ・メキシコ社には現在1502名の女性社員が勤務しており、全従業員数の30%を占めています。女性社員は皆グアナファトの住民で、職種は製造オペレーターから部長職まで多岐に及んでいます。大半はセラヤ、アパセオ・エル・グランデ、タリモロ、サルバティエラ、コルタサール、ビジャグラン、フベンティーノ・ロサス、コモンフォートなどの町の出身で、年齢は皆26歳以下と若い女性社員ばかりで、学歴も中学卒業者から博士号取得者まで様々です。 ホンダ・セラヤ工場では男女平等の精神で、女性が働きやすい環境の整備に努めています。その一環として授乳室の設置や、妊婦検診、乳がんの知識啓発キャンペーンなども実施されています。 セラヤ工場では女性社員が責任感、知識、スキルをもってそれぞれの活動に取り組み、貢献してきたおかげで、設定していた目標を達成することができたのです。
「組織の回復力」
祝賀会の中で、ディエゴ・シヌエ・ロドリゲス・グアナファト州知事は、ホンダの組織回復力を強調しました。 セラヤ工場のこれまでの道のりは決して楽なものではなく、洪水やパンデミックのような不利な状況も乗り越えてきました。 「ホンダ・セラヤ工場の操業10周年に立ち会えたことを大変嬉しく思います。グアナファト州は素晴らしい才能の温床です。最も価値あるものは人材であり、それがグアナファトの自動車工場を生産性の高いものにしています」と知事は語りました。 数年前、セラヤ工場はグアナファト州ラハ−バヒオ地方で起きた洪水の被害を受けましたが、ホンダ・セラヤは不屈の精神でこの予期せぬ自然災害を克服しました。
「ホンダ·セラヤの将来は明るい」
年間19万6000台を生産するホンダは、グアナファト州セラヤに進出して10周年を迎えた。 セラヤにあるホンダの自動車工場は、国内および輸出市場向けに自動車と自動車部品を生産して10周年を迎えました。 ホンダ・セラヤは、ハリスコ州エル・サルト工場の生産を補完するため、2014年に操業を開始しました。このメキシコ第2工場の設立により、アメリカ大陸における輸出拡大が進みました。 セラヤ工場では、ホンダFITとホンダHR-Vが生産されており、年間生産台数は19万6000台です。 ホンダ・メキシコの藤川社長は、グアナファトの生産工場の将来は前途洋々だとし、「ホンダ・セラヤの先行きは明るいので、私たちは自分たちの成功を誇りに思うべきであり、今後も成長を続けられるよう、努力を続けて行きます」と記念式典で述べました。 セラヤ工場のホセ・ルイス・テヘダ副社長は「本工場の建設は、メキシコがグローバル生産チェーンの重要な連結点になったという画期的な出来事でした」とし、この地域におけるホンダの影響力を強調しました。 ホンダ・セラヤ工場の開設という戦略的ビジョンは、世界中に自動車、エンジン、トランスミッションを輸出するなど、国内および国際市場の需要への対応を可能にしてきました。 そして、事業を展開する工場周辺の地域社会が夢を実現できるよう、積極的に貢献していくことを再認識しています。 10年間、10のデータ 1.2012年3月、ホンダ·セラヤ工場の礎石が据えられた 2.2年後の2014年2月21日、工場操業開始 3.投資額は8億ドルを超えた 4.2013年9月、CVTトランスミッション工場の建設に4億7000万ドルを投資 5.両工場合計で12億7000万ドル 6.この10年間で、144万9553台 7.ホンダFITが31万7397台 8.ホンダHR-Vが113万2156台 9.現在4800人のスタッフ 10.年間台数19万6000台
ホワイトデー:日本では愛と感謝の日
2月14日のバレンタインデーからちょうど1カ月後、日本では男性から女性に感謝の気持ちを伝えるホワイトデーを祝う。 日本では伝統的に、2月14日に女性が男性にチョコレートを贈る習慣があります。そして、1978年以降、日本のお菓子メーカーがその1か月後に男性から感謝を伝える日を提案しました。
ホセ・アルフレド・ヒメネスは今でも王様
グアナファト出身のこの作曲家兼歌手の音楽は、世界中でメキシコを際立たせている。 没後50年、ホセ・アルフレド・ヒメネスはいまだ「王様」であり、世界におけるメキシコ音楽の象徴でもあります。 先日、没後50周年記念式典が開催され、ディエゴ・シヌエ・ロドリゲス州知事は、グアナファト州出身のホセ・アルフレドの作品を同州の無形文化遺産に認定しました。 ドローレス・イダルゴで開催された、2023年ホセ・アルフレド・ヒメネス国際フェスティバルで、知事はこう宣言しました:「今日、私たちはこの町の偉大な音楽家への賞賛を記録に残し、彼の人生を讃え、彼の音楽に永続性を与えるためにここにやってきました。今日、私たちはメキシコが生まれ、偉大なるホセ・アルフレド・ヒメネスが生まれたこの恵まれた土地に集い、彼の素晴らしい音楽作品をグアナファト州の無形文化遺産とする政令第163号に署名します」 ホセ・アルフレド・ヒメネスの生涯 1926年1月19日、ドローレス・イダルゴ生まれ。ホセ・アルフレド・ヒメネス・サンドバルは、グアナファトのみならずメキシコを代表する音楽家として際立っていました。 サン・ニコラス大学卒の創薬化学者で、当時ドローレス・イダルゴで唯一の薬局を経営していた実業家アグスティン・ヒメネスとカルメン・サンドバルの息子として生まれました。 子供の頃からホセ・アルフレドは音楽と歌が大好きで、作曲の才能もあったと言われています。当時は農作業をする人々や動物に捧げる歌をつくり、フェスティバルで演奏していました。 しかし、彼がようやく10歳になった1936年に父親が亡くなり、ドローレス・イダルゴからメキシコシティに転居せざるを得なくなったことで人生が一転します。母親は薬局を売り払って食料品店を開いたもののうまくいかず、ホセ・アルフレドと兄のナチョは働くために学校を辞めなければなりませんでした。 その後、家族はグアナファト州に戻り、サラマンカに定住しましたが、ホセ・アルフレドはメキシコシティにとどまり、レストラン「ラ・シレーナ」でウェイターとして働きながら音楽活動を続けました。 彼のもう一つの情熱はスポーツで、レオン出身の有名なサッカー選手、アントニオ・ラ・トータ・カルバハルと同じチームに所属していました。 ラジオ局やレコード会社の門をたたいて数年が経ったころ、ホセ・アルフレドはアンドレス・ウエスカと出会い、RCAビクターのアーティスティック・ディレクターであったマリアノ・リベラ・コンデに紹介されました。 そしてロス・レベルデスというグループのボーカルとして歌い始め、今日でも良く知られている次のような曲を作曲しました:El rey(王様)、 Si nos dejan(二人をそっとしておいて)、Un mundo raro(不思議な世界)、 Tú y las nubes(あなたと雲)、 Amanecí en tus brazos,(朝の口づけ)、Cuatro caminos(4本の道)、Te solté la rienda(手綱を緩めた)、El jinete(悲しき騎手)、 La media vuelta(背を向けて)、 Ojalá que te vaya bonito(あなたに幸あれ)、…
2024年はメキシコ大統領選挙の年
今年2024年はメキシコにとって選挙の年になります。地方自治体、州政府、連邦政府の3レベル全てで選挙が行われ、近年の歴史上最大の選挙プロセスとなります。 また、今年はアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領率いる現連邦政府の最後の年でもあります。 メキシコの選挙プロセスは、選挙の透明性を保証するため、政府機関や政党から独立した機関である国家選挙機構(INE)によって管理されています。 現在のところ、現与党モレナ党を代表するクラウディア・シェインバウム氏(労働党、緑の党、社会結集党の3政党も推薦)と、国民行動党、制度的革命党、民主革命党の3政党で結成された野党連合を代表するソチル・ガルベス氏の2名が立候補しています。 その過程で、現ヌエボ・レオン州知事のサムエル・ガルシア氏が市民運動党(MC)の候補者に指名されましたが、登録過程での誤りにより、大統領選を辞退して知事職に戻らざるを得ませんでした。市民運動党がどの候補を擁立するかは不明です。 この2024年の選挙では、3つのレベルの行政機関で議員が選出されます。 最も重要な選挙はメキシコ大統領選であり、連邦レベルでは500人の連邦下院議員と128人の上院議員が選出されます。 州知事選挙が行われる州: グアナファト州、チアパス州、ハリスコ州、モレロス州、プエブラ州、タバスコ州、ベラクルス州、ユカタン州の8州で新知事が選出され、メキシコ・シティの新首長も選出される。 メキシコシティでは、16区の区長も選出される。 また、全国各地の地方議員、全国各地の自治体首長選の投票も行われる。 選挙はいつ行われる? 同日選挙の投票は6月2日(午前8時から午後6時まで)に一斉に行われる。 グアナファト州では、3月2日から州知事候補者の選挙運動が始まり、すべての選挙運動は選挙の3日前である2024年5月29日に終了する 新メキシコ大統領の就任はいつから? 選挙後、憲法第83条の選挙制度改革が承認され、2024年10月1日メキシコ新大統領が就任する。下院議員と上院議員は8月1日に就任する。
レオンで監視カメラによる罰金制度を導入
レオン市内の要所に設置された監視カメラとC4(州のコンピューター監視システム)を通じて、ドライバーの走行速度を検知し、スピード違反者には罰則が科せられます。 反則金は、車のナンバープレートに登録されているドライバーに科せられることになります。 レオン交通警察のオリンポ・グティエレス・ガルシア所長は、ナンバープレートが検知されないように何らかの行動をとったドライバーには300ペソ以上の罰金が科せられると説明しています。 2024年1月1日以降は、実質的な罰金が適用されます。 レオン市の交通規則によると、スピード違反の罰金は約3112ペソから4668ペソ。 スピード違反が感知されると、違反したナンバープレートの名義人の住所に通知書が送られます。 レオン市内の速度取締まりカメラ設置場所 このプログラムでは、10か所にカメラを設置する予定
グアナファト発、トヨタが世界に向けて新型タコマ・ハイブリッドを生産へ
グアナファト州と日本の自動車業界にとって昨年の大きなニュースのひとつは、トヨタがハイブリッド電気自動車の新型タコマをアパセオ・エル・グランデ工場で生産すると発表したことです。 前年半ば、トヨタ・メキシコ社のルイス・ロサノ・オリバレス社長は、2021年から新世代タコマをグアナファトで生産する準備を進めてきたと話しました。 トヨタ・タコマ2024 グアナファトで生産されるトヨタ・タコマ2024は、主に米国で販売されます。 ハイブリッドシステムは、2.4リッターエンジンと電気モーター、8速トランスミッションの組み合わせにより、最高出力326HP、最大トルク465lb-ftを発揮します。 トヨタ・タコマ2024は、最大3トンの牽引能力と775キログラムの積載能力に加え、トレーラーブレーキコントローラーと360度カメラが備わっています。 そのヘビーデューティーな機能はテクノロジーにも及んでおり、8インチまたは14インチのマルチメディア・タッチスクリーンを搭載し、Apple CarPlayやAndroidに接続することができます。
