第7回:無給休暇

従業員の損失>会社の損失 筆書「現役通訳夫婦が見たメキシコ自動車産業と今後」では多くの共感・納得の声を頂いていますが、本シリーズは著書に書き切れなかったこぼれ話&メキシコ人向けの内容でお届けしていきます。 読む: 第6回:今すぐ 筆書「現役通訳夫婦が見たメキシコ自動車産業と今後」では多くの共感・納得の声を頂いていますが、本シリーズは著書に書き切れなかったこぼれ話&メキシコ人向けの内容でお届けしていきます。 第7回目は「無給休暇」です。最近では日本でもサービス業などでは少し聞く様になりましたが、製造業ではまだまだ一般的では無い無給休暇制度。メキシコではごく一般的です。 例えば個人又は家庭の事情(子供の学園祭、住宅購入補助金の申請・審査、マイホームの引き渡し等)で休みたい、とします。「会社に行けない=1日分の給料が減る=(従業員にとっては)最悪の損失」という構図になります。でも、逆を言うと「1日自由な時間」の対価は「1日分の給料だけ」です。 しかし製造業では1名欠けるとラインが止まる場合やスピードを落とす必要が出てくる工程が多々あります。(数名、リカバリーできる欠員要員を配置している会社は多いと思いますが)つまり従業員ファーストの目線から成り立っている制度であり、「欠勤したことにより生産や会社全体への迷惑・損失」を考慮する事はしません。(その心配はお金持ち=経営者がする事であり、自分達が心配する事では無いと考えます) 年次有給の日数不足救済処置として利用される無給休暇ですが、筆者が驚くのは殆どの会社では、「当日の始業時前までに連絡をくれた場合」→無断欠勤ではなく無給休暇扱いにする会社や人事担当者が多いという事です。 なぜかと言うと、それ以上に無断欠勤(無連絡)者も多く、まだまだ「連絡をくれる人」の方が重宝されがちであると言う背景もあり、人事担当者も対応に苦慮しているからだと言われています。  今日も何処かで定員が揃わず苦労されている現場担当者の皆様、くじけずに頑張りましょう!

自動車産業の稼働開始の許可されました

自動車産業はこの度メキシコ制政府の決定により 必要不可欠な産業に分類されることになりました。今月18日から感染防止のための処置を十分に取って工場の稼働が許可されることになりました。 工場稼働に当たって は従業員に作業中に十分な距離を保って作業にあたることを徹底することが求められます。工場に入る前に検温などの健康チェックシステムを確立することも決定されました。 6月1日からは各州ごとに決定されたコロナウイルスの感染状況の信号(赤、黄、緑)によって分けられた段階に従って工場の稼働が始まります。 安全に稼働出来るよう 最終的に各企業が政府が設定した感染防止策のガイドラインに従い安全に工場の稼働をしていくことになります。

レオン領事館に板垣総領事が着任されました

マウリシオ・ウサビアガ・バリガグアナファト州の経済開発局長を表敬し、グアナファト州の経済発展、日本企業の進出状況、治安問題について意見交換を行いました。 板垣総領事 ようこそグアナファト州へ これからも日本とメキシコの益々の経済・文化教育交流が推進されることを期待しています。

ホンダが生産ストップを決定 コロナウイルスの影響を受けて

セラヤに生産工場をもつホンダは6日間工場の稼働をストップすることを決定した。コロナウイルス感染拡大を受けて消費の落ち込み、部品調達など様々な観点から判断を下した。 生産ストップは今月23日から31日まで。この操業停止によって4万台の生産減少になる。 この生産ストップはメキシコのみならず アメリカ、カナダも同様の措置が取られる。 この3ヶ国の生産ストップで2万7千600の社員に影響が出ることになる。ホンダは生産中止の間も給料を補償することを社員に通達している。 操業停止の6日間 工場内や従業員が使用する全ての場所を徹底的に清掃し コロナウイルス対策を更に強化してくい。 6日後再び 工場が稼働する時に備え 従業員を感染から守る努力を更に続けていく。

日本人新年会

グアナファト州の日本人コミュニティは、海外に住んでいながらも日本の行事を継承すべく新年会を開催しました。イラプアト市内で催された会では和食やお酒が振舞われ、家族連れでの参加も目立ちました。 陽気で楽しい新年会で一年の始まりを祝いました。

マツダ社と社員への祝辞

マツダ・サラマンカ工場の生産100万台達成を祝う席でメキシコ労働力の重要性が再認識された。 「企業の存在が大前提ですが、作業員がいなければこのような目標は達成できませんでした。メキシコの労働者は非常に優秀ですが、マツダは更にそのレベルアップを図ってきました。メキシコ工場は短期間で中国、そしてタイの工場を上回ったのです。」とCTM(メキシコ労働組合連盟)のアルフォンソ・アセベス・デル・オルモ会長は述べました。 CTMは80年以上前からメキシコ人労働者を擁護してきた組合団体で、現在5000名のマツダ社員が加盟しています。 マツダ社の幹部も出席する中、アセベス会長はマツダ社員であるグアナファト市民の日々の努力に敬意を表し、こう続けました。「マツダ社の地域社会に対する社会的責任は非常に大きいと思います。以前は農民や大工だった市民が、今ではこんなに美しい車を製造しているのです。これから先も困難を乗り越えながら前進していきましょう。」 また、メキシコと日本という二国の文化や言語の違いにも関わらず、マツダにとって企業と最も重要な従業員の成長を促すアイデンティティが確立されていると強調しました。 従業員の中にはマツダ車1台目から100万台までの生産に携わった社員が3名(フランシスコ・ハビエル・クエバス・ガルシアさん、ダビ・ガルシアさん、シリア・ダイアナ・ラヤス・ガルシアさん)おり、その優秀な勤務態度が称えられ表彰されました。また、マツダが産業に乏しい地域に課した目標を達成する能力があることが、彼らのような勤勉な社員により証明されました。 CTMもこの結果に非常に満足しており、賞品としてこの3人にラップトップパソコンが贈られました。アセベス会長は、「マツダの成功は全メキシコ人マツダ社員の成功でもあります。マツダ社、そして社員の皆さん、おめでとうございます!」と締めくくりました。

マツダ・グアナファト工場で生産100万台を達成

サラマンカ工場で最初のマツダ車が生産されてから6年が経過 2014年のグアナファト進出から6年で、マツダは生産10万台を達成しました。 祝賀会には日本から丸本明マツダ株式会社社長も出席し、州政府関係者やマツダ・サラマンカ工場の幹部、そして従業員と共にその成功を祝いました。 マツダ社は100年前の1920年1月30日に広島県に設立され当初は造船に携わっていましたが、後に三輪トラックの生産を開始しました。その後広島市への原子爆弾投下により甚大な被害が発生しましたが、マツダは逆境を乗り越え自動車の生産を続けました。 読む: マツダ・メキシコ社の 生産台数80万台を超える。 現在マツダは世界的に有名な日本の大手自動車メーカーです。 グアナファトで生産される85%の自動車はアメリカ、南アメリカ、そしてヨーロッパへ輸出されます。 マツダはこれまでグアナファト州では5300人の雇用を創出しており、大半の従業員はサラマンカ、イラプアト、バジェ・デ・サンティアゴそしてセラヤから通勤しています。

ミゲル・マルケス氏に旭日中綬賞

伯耆田総領事最後の公式職務として、日本政府からマルケス氏への勲章伝達式が行われた。 先日ミゲル・マルケス・マルケス元グアナファト州知事に対し、日本とメキシコの交流促進に寄与した功績により日本政府から旭日中綬賞が授与されました。 ミゲル・マルケス氏の州知事任期中に、日本大手自動車メーカーであるマツダ、ホンダ、そしてトヨタがグアナファト州への投資を決定し、他にも200社以上の自動車産業関連日系企業が同州へ進出を図りました。 伯耆田総領事は、ミゲル・マルケス州政府時代に日本からグアナファト州への投資額は10倍に拡大し、同州に住む日本人居住者の数は20倍に増加したことを引用し、次のように元州知事の功績を称えました。 読む: 日本-グアナファトの 関係強化を図る 「ミゲル・マルケス氏は温厚で、カリスマがあり、そして非常に責任感の強い方です。グアナファト州そして日本の双方にとってマルケス氏は多大な貢献をされました。」 その功績の中でも、日本企業の投資誘致、教育・テクノロジー・スポーツなどの分野でのグアナファト・日本間の交流の促進などが挙げられました。 ミゲル・マルケス・マルケス元グアナファト州知事は受賞に際して日本政府に謝意を述べ、投資誘致に関してこれまで貢献してきた歴代の州知事へも賞賛をおくりました。

広島とメキシコの友好を象徴する壁画

広島、グアナファト、そしてメキシコはこれまで以上に絆が深まっている。マツダがサラマンカに進出して以降、経済活動、スポーツ分野、文化交流などあらゆる分野で2か国の関係が強化されてきた。 昨今の親密な友好関係の結果として、広島県は東京オリンピック競技大会に向けてパラリンピック競技を含む全26競技のメキシコ選手団の事前合宿受け入れを決定しました。 これは歴史的な出来事として、メキシコシティにあるメキシコオリンピック委員会の本部、そして日本の広島県福山市に記念壁画として残されます。 壁画にはメキシコのシンボルや、両国のオリンピックアスリートも描かれる予定で、メキシコ人兄妹アーティストのアドリ・デリ・ロシオさんとカルロス・アルベルト・ガルシア・エルナンデスさんにより作成されます。彼らはこれまでに世界中で70作以上の3Dチョークアート作品や、20作以上の壁画を手掛けてきました。 読む: 日本人ファッションデザイナーとメキシコ先住民族伝統工芸職人の協働 今回はメキシコシティのオリンピック委員会と日本の広島県福山市に壁画作品2作を描き上げます。また広島で開催される2つの祭りで3Dアートを作成します。 壁画のお披露目会はメキシコでは4月23日、日本では6月20日に予定されています。 メキシコ壁画運動 メキシコ革命(1910〜1917年)の後、庶民の90%以上は読み書きもできずに町の記録も忘れ去られていった。そこで当時の文部大臣ホセ・バスコンセロスは芸術家を招集し、壁画運動を開始した。この運動は公共の場に壁画を描くことで人々が無料で芸術に触れ、そして字が読めずとも歴史を学び記憶に残すことが目的だった。それ以降壁画はメキシコを象徴する芸術表現となった。 ミノル・アレハンドロ・グティエレス氏 記念壁画の作成は日系メキシコ人であるミノル・アレハンドロ・グティエレスさんの発案により実現し、広島グアナファト親善協会からも支援を受けている。 このプロジェクトは企業からの協賛で成り立っており、協賛企業名またはロゴマークが壁画のプレートに掲載される。またお披露目会にもご招待。 ご協賛金額は1万ペソからで、3月いっぱい募集を募っている。詳細は下記e-mailアドレスまで:minoru.gutierrez@gmail.com