日本のプロレスラーでメキシコで最も人気があるのがウルティモドラゴンだ。メキシコにはタイトル獲得のためやってきた。メキシコをはじめアメリカでも活躍。2本の映画にも出演し現在は後輩の育成にあたる。彼がこれまでの経験を語ってくれた。
Por Laura Bermúdez
浅井嘉浩は日本人プロレスラーで40年に渡ってメキシコのプロレス界で活躍してきた
彼の名はウルティモドラゴン。彼は幼少の頃からメキシコのプロレスに魅了されてきた。
ミルマスカラス、カネック、エルサントがリングで戦うのを見てきた。
日本ではプロレスの身体検査で身長が低いことを理由にチャンスが回ってこなかった。それでも彼はあきらめなかった。トレーナーからメキシコ行きを勧められたのだ。“30年前の日本のプロレスラーは強くて背が高いのが当たり前でした。日本でプロレスが出来ないならとメキシコ行きを決断しました”1977年20歳で渡墨し練習に打ち込んだ。10年後ウルティモドラゴンとしてデビュー。アメリカ、日本にも活躍の舞台が広がる。“メキシコが私の人生の全てを開いてくれました。もしメキシコに来ていなかったら現在の私はありません”メキシコの子供も日本の子供もテレビでプロレスを見るのが大好きだ。なにか共通するものがあるのだろう。彼はアメリカ、日本、メキシコで活躍してきた。“私にとってプロレスは国が違っても同じです。違うのは戦うレスラーのスタイルだけです。”1996年からは後輩の育成のためプロレスの養成所を開いた。ここで日本、アメリカ、メキシコのプロレスラーを目指す若者が育っている。現在は闘龍門で日本企業を中心にプロレスのイベントをプロデュースしている。