電話のかけるには?

メキシコで電話をかける時に知っておきたい情報を今回ご紹介します。 メキシコの電話番号は市外局番と電話番号に分かれています。 固定電話なのか携帯電話なのかでもかけ方が少し違います。 通話には2種類 ローカル(市内電話) ラルガ・ディスタンシア(市外電話) 重要事項 メキシコではラダと呼ばれる市ごとに市外局番がある。 市外局番を入れた10桁の番号 例1: 市外局番+電話番号 55) 51.71.44.22の場合 55市外局番。55はメキシコシティーの市外番号 5171.44.22 es el número telefónico del usuario. 5171.44.22が電話番号 例2: 市外局番+電話番号 (462) 627.41.12の場合 462 イラプアトの市外局番 627.41.12が電話番号 どちらも合計で10桁の電話番号になっていますね どうやってかけるの? 固定電話から同じ市の固定電話にかける時 (市外局番はつけないで電話番号だけでよい) 例 51.71.44.22の場合   ●固定電話から市外の固定電話にかける時 例: 01 + 市外局番…

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工業団地の社員食堂

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グアナファトのトヨタは カローラからタコマへ製造車種の変更

日本のトヨタからグアナファトにあるアパセオ・グランデ工場でカローラの生産を見送ることになったと通達があった。これを受けてグアナファトの工場は2020年の終わりに稼働を開始することに変更した。 この決定にはマツダが5%の株式を取得したこと、技術協力してアメリカに2021年に製造を開始できる工場の建設を行うこと。そこでメキシコ工場で生産予定であったカローラの生産を開始することになったからだ。このアメリカの工場でカローラを年間30万台生産する予定だ。 こんな状況にも関わらずアパセオ・グランデの工場では1600万ドルの投資に拡大されることになった。2000名の雇用が見込まれている。年間で10万台のタコマの生産を目指している。また新車種のDeportivo Utilitario (SUV)の生産もグアナファト工場で行う。 メキシコのトヨタはこの変更について現在メキシコのバハ・カリフォルニアで製造されているタコマを増産する計画に切り替わったと説明した。アメリカでタコマは一番販売されている日本車からだ。 2017年1月から7月までアメリカでのタコマの売り上げは3.6%も伸びた。台数では20万2千688台だった。 はじめはグアナファト工場で2019年にカローラの製造を開始し年間20万台を生産する予定であった。 製造車種の変更により製造ラインの機械や部品の調達の関係で予定していた時期の一年後に工場を稼働させる決定を行った。

¡ビバ・メヒコ! (メキシコ万歳

メキシコで一番大事なフィエスタと言えば、9月15日の夜。 メキシコの独立記念日であるこの日は ¡ビバ・メヒコ! ¡ビバ・メヒコ!と叫んでお祝いする。スペインからの独立運動の始まりを私たちに思い起させる日だ。 夜11時になるとメキシコ全土で“グリート”(叫び)と呼ばれるセレモニーを大統領府、州庁舎、市庁舎などで行う習慣がある。(これは1810年にミゲル・イダルゴがグアナファト州のドローレス・イダルゴで独立運動を蜂起した様子を再現している)その場に集った人たちは ¡ビバ・メヒコ!と叫びあって愛国心を強くする。 このフィエスタのことを“ノチェ・メヒカーナ”(メキシコの夜)と呼ぶ。 男性はつけひげにメキシカンハットをかぶり、女性は3色のメキシコ国旗カラー(緑・白・赤)の洋服を着て、エンチラーダ、タコス、ポソーレ、チレ・エン・ノガーダなどの メキシコ料理を食べる。テキーラで乾杯してマリアッチを聴きながら独立記念日をお祝いする。

日系のレオン議会議員

政治家として日本とメキシコ両国の交流促進に奮闘する女性議員がレオンの議会で活躍している 山本吾一郎の孫はメキシコと日本の血が流れている。 彼女の名前は山本ベアトゥリス。2つの国籍を持ち、2つの文化を知る彼女は両国の交流推進のため日々貢献している。 彼女には祖父から受け継いだ働き者の日本人の血と創造性豊かなメキシコ人の血が流れる。彼女はレオン議会の議員としてレオンの観光の推進に力を注いでいる。また二国間の文化交流や国際料理フェスティバルや企業のメキシコ進出などに貢献してきた。 議員としてグアナファトの同胞のためできることはなんでもしたい。ベティーの愛称で親しまれる彼女は新しい決意をしてる。 “メキシコと日本の関係がこれからもよいものであるように。 両国の文化交流や留学の推進に貢献していきたい。そして私は日本人の友達になりたい”と語った。 日系の議員としてグアナファトのため40年間貢献をしてきた彼女は 日本のためにもできることはないかと動きだした。 “ここにいる日本人にも私が感じているような楽観的に人生を生きる姿勢、仕事の機会、自信などをもってほしいです。そして私がグアナファトが大好きなように日本人の皆さんもここで我が家にいるような気持ちで生活してほしいですね。できればここに残って子供たちと一緒にグアナファトで生活できる幸せを満喫してほしいです。”自動車ブームによって彼女は再び日本との接点を持ち日系の誇りを改めて感じた。

ナポレス 野原が工業地帯に 変身した場所

シラオの小さな田舎町に120の企業が集まるプエルト・インテリオール工業団地がある Por Eunice Mendoza Fotos: José Guadalupe Becerra ナポレスは田舎の忘れられた遠く離れた場所ではなくなった。 今ではグアナファト州で最も注目を集める場所に変わった。 120もの企業が工業団地に集まるメキシコの中でも一番重要な工業地帯となり失業率はとても低くなったのだ。 “ここにはみんなの仕事があるよ”コミュニティーの代表マヌエル・スニェガさんは言った。彼は田舎町に過ぎなかったナポレスの発展を誇りに思っている。 トウモロコシやカボチャ、インゲン豆の種をまく以外に今では住民は自動車工場で工場労働者としても働く。 家から自転車で5分の日本の会社で働くほうがアメリカまで行って ドルで稼ぐよりずっといいからだ。 “もう若者はアメリカに行きたいとは思わないよ。日本語を覚えてエンジニアの勉強をするほうがいいし、ここで大きな企業に入っていい仕事をしている青年はとても多いね。ナポレスはここ数年で激変したね”とスニェガさんは語る。 ナポレスは排水溝やアスファルトの道路が整備され、今までなかった高校にも85名の生徒が通うようになった。新しいレストランやお店もできた。まだインターネット環境がないが“シーベル(インターネットカフェ)”からネットにアクセスできるようになった。ナポレスはシラオから10キロの所にあるが以前は舗装されていないデコボコ道をほこりだらけになりながら40分もかかっていたが今は高速で10分で着くようになった。ナポレスを行ったり来たりするトラックでいっぱいだ。 町の人口も2年前に比べると2600人から3000人に増加した。 職場に近くて家賃も安いナポレスにいろんな国の人たちがここに住み始めている。 農家の人はインゲン豆の種をまいて、レストランでは日本人に食事を提供し、工業団地では商売をする町の人がいる。ナポレスの経済は多様性に富んでいる。牛やヤギも通る道にはマツダやホンダの車が駐車してある。この町で月曜から金曜の午後1時から自動車産業に従事する人々が会議を開いているのだ。

日本車が メキシコを征服

2017年上半期の自動車販売台数の半分が日本車 Por Violeta Bermudez 過去9年間でメキシコにおける日本車の販売台数は35%から50.8%に伸びた。 これは日本車がメキシコ国内の市場において低コストのメンテナンス、燃費の良い車として評価されているからだろう。 メキシコ自動車産業協会( AMIA)によると10年前は50%の市場シェアがあった フォード、クライスラー、ゼネラルモーターズなどのアメリカの自動車会社は 29%の市場シェアにまで落ち込んだ。 2007年1月から6月までの上半期間でアメリカ自動車業界の低迷が続く中 日産自動車は24.7%の市場シェアを獲得。それに続いてトヨタ自動車が6.9%、ホンダ自動車が5.9%の市場シェアを獲得した。 自動車市場の専門家はアメリカの自動車メーカーの低迷の原因の一つは“トランプ・ショック”ではないかと見ている。 フォードはメキシコ人が選ぶ好きな自動車メーカーとして6位から8位に転落しこの半年間で8.2%も売り上げを落とした。 ヨーロッパの自動車メーカーの市場シェアは20.6%で過去5年間 安定した市場シェアを堅持している。   日産:販売台数トップに メキシコ自動車産業協会(AMIA)によるとメキシコで最も販売台数の多かった トップ10の中で4車種を日産自動車が占めた。 第1位と第2位はVersa と NP300がそれぞれ4万3千927台、3万8千716台の売り上げを記録した。これは去年に比べて10.8%も販売台数を伸ばした。 Marchも第6位にランクインし2万7千157台で12%も売り上げを伸ばした。 それとは対照的に長年最高販売台数を記録していた Tsuru(現在は生産停止)は31.1%も減少し1万7千51台にとどまった。 AMIAによるとメキシコにおける年間自動車生産台数が33万4千606台増加し4.9%の増加率になったと発表した。このうち輸出される車は27万6千626台で去年よりも12%増加した。メキシコで最も多くの車が生産され輸出された 記録的な数字となった。国内では対照的に販売台数は5.3%減少し12万7千410台の売り上げにとどまった。  

“メキシコ人になった気分”

メキシコ料理を堪能した午後の時間。日本人の大澤英子さんはエキゾチックなメキシコ料理を味わった。モルカヘーテのサルサの作り方を見てマラカスとギターの演奏に耳を傾けているといつの間にかレストランLa Bikinaのゆったりした陽気な雰囲気に溶け込んでいた。 みんなが陽気で親切な場所。そこはメキシコの縮図のような場所でした。 マゲイの虫を食べる時はちょっと緊張しました。タコスの中に入っているカリカリの虫を食べた時はもっとびっくりしました。もちろんおいしくて全部食べましたよ。 マゲイの虫を食べたり、蟻の卵を食べることはメキシコ人の間でもあまりないと聞きましたが私は幸運にも食べることができて本当に美味しかった。 モルカヘーテで作るサルサは絶対に試したいと思っていました。モルカヘーテは 石でできた器でサルサを作る時のチレをすりつぶすための道具なんですよ。 カラフルなブラウスを着たシェフの方がチレをそこですりつぶしてくれました。 いろんな種類のチレがあってそれぞれに調理の方法があることを知って驚きました。 メキシコ人の陽気な雰囲気がメニューからも漂っていて その雰囲気の中にいるだけで幸せな気分になりましたね。運ばれてきたのは緑・白・赤のメキシコの国旗の色の大きなお皿に名物のチレ・エン・ノガーダでした。 辛くないチレに甘すぎないソースがかかったおいしいお料理でした。 このレストランのメニューは全てメキシコ料理で、食事中でも歌って笑ってみんな陽気でいい人たちばかり。パーティーのような雰囲気でサービスもとてもいい。 レストラン内にはビジネスマン向けのエリアもあって快適でプライベートな感じでしたね。 La Bikinaは伝統的なメキシコに出会えるレストラン。ソンブレロ、ノパーレス、ギターにテキーラ。そんなメキシコを体験できました。  

カミーノス・ディビーノでの収穫祭

ブドウ畑のカミーノス・デ・ディビーノスは3回目の収穫祭を迎えた。 Por Pablo César Carrillo ワインと文化と音楽のフィエスタは ブドウ畑がどこまでも広がる美しさの中で開催された。 鉱山の村サングレ・デ・ヘススのすぐそばには2400メートルの標高に位置するブドウ園がある。耕作するのは上って下りての繰り返し。ブドウ園にはboutique Ex Hacienda Jesús Maríaホテルが隣接している。 ホテルにはダビ・ケベド・オルベラシェフの自慢のメニューがある。中でも創作料理のコースは絶品だ。はじめはチレ・パシージャのマルリンタコス。次に子羊のグアヒージョライス。メインはメスカルにつけたウサギの肉のサングレ・デ・クリスト風モーレだった。 ソムリエのマリア・ホセ・フェルナンデス・デ・カストロさんはワインの試飲の担当者だった。ワイン研究のメリンダ・カスティガンやソムリエのガブリエラ・ゴンザレスも来賓として参加していた。 グアナファト州の収穫祭はこのブドウ園からはじまった。 カミーノス・ディビーノスブドウ園はメキシコで最も標高の高い地にあるブドウ園で グアナファト州の中心レイ・デ・クリスト山のすぐ隣に位置する。 夕方にはシンフォニーオーケストラの演奏で2人のオペラ歌手によるコンサートがあった。そのあとグアナファトの学生の一人がグアナファトの作曲家ホセ・アルフレッド・ヒメネスの歌で雰囲気を盛り上げた。最後にウアパンゴ・デ・モンカジョのリズムに乗ってエル・クビレッテの夜空に花火が舞った。 それは忘れられない思い出に残る最高の夜になった。 メキシコで最も標高の高い場所にあるブドウ園 カミーノス・ディビーノスブドウ園ツアーでは園内のブドウの種類やワインの製造過程についてガイドさんから説明を聞きながら見学できる。所要時間は1時間半ほどで2杯のワインを試飲することができる。 園内にはメキシコ料理のレストランやホテルがあり居心地は最高である。 予約:01.473.735.81.39 見学ツアーは木曜日〜日曜日 サングレ・デ・クリスト コミュニティー caminosdivinos.com