オーディオ Frases amigables / フレンドリーな会話 助けてもらえますか Necesito ayuda por favor. なにかお手伝いしましょうか ¿Puedo servirle en algo? もうすこしゆっくり話してもらえますか ¿Puede hablar más despacio por favor? なんですか ¿Mande? ちょっと今はできません 心配しないで大丈夫ですよ Lo siento, pero ahora no puedo. No se preocupe. 大丈夫ですか ¿Está bien? 失礼します Con permiso.…
2つの国のよく似た習慣
日本とメキシコは1万1397キロも離れている。遠く離れたこの二つの国は 文化も言語も時間も異なるけれど似ているところもある。 よく似た伝統玩具やお盆、死者の日などの習慣だ。 Por Violeta Bermúdez 日本にもメキシコにも木製の伝統玩具などは職人が丹精こめて手作りする。 日本では竹を材料にした伝統的なおもちゃが多くありメキシコではメスキートの木を材料にした伝統的なおもちゃが多い。 日本ではお相撲さんのおもちゃがありメキシコではボクサーのおもちゃがある。日本のコマはお正月の伝統的なおもちゃで竹や鉄、木製など色とりどりのコマもある。日本のコマにそっくりなのがメキシコのトロンポと呼ばれるおもちゃだ。遊び方もそっくり。日本のでんでん太鼓もメキシコにも同じような小さい太鼓のおもちゃがある。どちらも伝統的なおもちゃとしてお土産屋さんでよく見かける。 死者の日 メキシコを代表する伝統行事といえばディア・デ・ムエルト(死者の日)。日本にも同じく故人を大切に迎える日がある。 メキシコでは11月2日、日本では8月15日に死者の魂があの世から戻ってくる日と信じられている。メキシコでも日本でもお墓詣りに行ってお花を供えたり、家族が集まる団らんの日になっている。 日本では実家から離れて暮らす人はお盆休みに実家に帰って休みを過ごす人も多い。全国でお盆休みの帰省ラッシュが始まる。 メキシコでは11月1日が幼くして亡くなった子供たちが家族の元へ帰る日とされている。翌日の2日は大人の死者の魂が戻る日で両日とも家の祭壇に故人が好きだった食べ物や飲み物が供えられる。 日本では8月15日に戻ってくる故人の魂は翌日の16日にあの世に再び旅立つと信じられている。 故人を思う大切な日としてメキシコの死者の日、日本のお盆という習慣。二つの全く違う文化の中でも故人を大切にする文化は同じだ。
トヨタグアナファト工場 稼働開始時期の変更
トヨタ自動車はメキシコ工場の稼働開始を遅らせ投資額を減らすことを決定した。 当初トヨタ自動車のグアナファト工場は持続可能な競争力と柔軟性を兼ね備えた組み立て工場で2019年末に稼働すると発表していた。 しかし“グローバルな経営戦略のため”と当初の方針を変更した。 グアナファトへの投資は10憶ドルから7億ドルへ変更されることになった。 “トヨタ自動車はグアナファトに7億ドルの投資でタコマを10万台生産することで承認を取った”とコメントを発表した。 2016年にグアナファト州のアパセオ・グランデで工場の起工式を行ったときには71社目の日系企業進出となった。 当時ココメキシコのインタビューに答えてくれたトヨタ・グアナファト社長のマイク・バファン氏は2019年半ばには工場が操業開始し年間で20万台のカローラの生産が始まると伝えていた。 アメリカ大統領選挙からメキシコに工場を建設しアメリカに輸出する企業を攻撃してきたトランプ氏が大統領になると、トヨタも経営戦略上計画の一部を変更せざるを得なくなった。 グアナファト工場はこれからバハ・カリフォルニアの工場と連携してタコマを生産することになった。年間10万台の生産を目指す。投資額の総合計10億ドルのうちの3億ドルはカローラの生産を2021年からアメリカ国内でするための設備投資に使われる。
発刊から一周年を迎えました
ココメキシコは発刊から一周年を迎えることができました。一年前からグアナファト州がどのように変化を遂げているのかココメキシコと共に皆さんにお伝えしてきました。今日は皆さんに心からありがとうとお礼を言いたいです。 これからもココメキシコをよろしくお願いします。 ありがとう Arigato!
広島とグアナファト: パイオニア精神
メキシコは日本が初めて結んだ修好通商条約の相手国であり、平等な商業・航海条約を結んだ国として日本がはじめて移民を送った国でもある。そのつながりは400年も前から続いている。 400年後の現在、多くの日本企業がメキシコ・グアナファト州に企業進出する時代になった。グアナファト州はメキシコ国内で日本人の移住者が最も多い州となった。 グアナファト州と広島県の交流は広島に本社があるマツダ自動車の進出がきっかけとなり2014年11月からはじまった。 広島県とグアナファト州は友好協定が結ばれてから経済、文化、観光、学術など様々分野でのイベントを通して両国の市民は活発に交流を行っている。 “広島は70年前は原爆の投下を受け破壊された街でした。その破壊された街を復興させ現在の発展を遂げた街なのです。メキシコのここグアナファトはメキシコ独立運動の発祥地として自由の象徴の街です。グアナファト州と広島県は歴史的にも深い意味を持っています。この2つの都市が未来に向かってともに歩んでいくことに 深い感慨を覚えます。
シラオの観光名所
クリスト・レイ教会 クビレッテの丘の頂上にあるこの教会はカトリック信者のみならず世界中から観光客が訪れる。シラオで最も多くの人が訪れる観光名所の一つ。 チャベス・モラド博物館 1999年10月22日にオープン。20世紀半ばに活躍した芸術家であるホセ・チャベス・モラドを記念して彼の出生の地であるシラオに建てられた。 多くの彼の石や青銅、カラフルなセメントの独特の技法の作品を鑑賞することができる。 マリア・デラ・パスの蒸留所 テキーラの原料であるアガベをここで蒸留している。16世紀のコロニアル建築のアシエンダ・フランコベナベテでテキーラを味わえる。 グアナファト200年記念公園 グアナファト州で最も重要な境内の一つとして有名。パビリオンが3つ、マクロプラザ、ピロティー、多目的ホール、ヘリポート、サイクリングロード、ペットエリアがある シラオ歴史中心地区 シラオの中心部にあるサンティアゴ・アポステル教会は17世紀の新古典様式の歴史ある建築物。遊歩道には多くのレストランが集まっている。
メキシコで生まれた子供たち
切れ長の目をした新しいメキシコ人たち。雄満バレンティーノ、碧オルテンシア、杏奈ソフィア、英獅ジャスティン。 みんな日本人の両親を持つメキシコの国籍も持つ子供たちだ。生まれた時にメキシコの役所で出生届を出して予防接種を受ける時の手帳ももちろんある。 メキシコで生まれたのでメキシコ国籍も持っているのだ。メキシコの戸籍上は2つの名前がある。名前が2つもあることは日本ではないことだ。 彼らのような新しいメキシコ人がグアナファトには多くいる。メキシコと日本の2つの文化の中で成長している彼ら。子供たちのご両親も2つの文化の中で成長できることに とても満足している。
友好国二つの
メキシコと日本が友好の絆で結ばれたのは今から408年前のこと。 千葉県の沖合でメキシコから出発したヌエバ・エスパーニャの船が座礁し岩和田(現在の御宿)で376名の乗り組員が投げ出された。日本の漁民が彼らを救出したことがメキシコと日本の現在まで続く友好関係のはじまりとなった。 ロドリゴ・デ・ビベロ・イ・ベラスコはヌエバ・エスパーニャの代表としてサンフランシシコ丸で日本を訪れて徳川家康将軍に謁見を許された。 この1609年に起こった出来事はメキシコと日本のはじめの外交交渉となり、 その一年後には座礁したヌエバ・エスパーニャの船から救出された317名が日本の船に護送されて再びヌエバ・エスパーニャの海岸(現在のメキシコ)に帰還することができた。 その四年後の1614年には日本政府から使節団の支倉常長が60名の侍と130名の商人を率いてメキシコ・アカプルコに到着し金融・商業の交流の先駆けとなり 1888年には日本にとってはじめての国際通商条約の日墨通商条約が結ばれことになったのである。 メキシコへ最初に進出した日本企業 第二次世界大戦後にメキシコに進出した大手日本企業は自動車、自動車部品、電気(発電所建設含む)電子製品マキラドーラ輸出産業 1954年に丸紅、1955年に三井、1956年 1962年三菱、1962年住友、1967年伊藤忠、1970年日商岩井、1975年双日、Sojitz Corporation、1975年ニチメン、1981年兼松が 代表的な企業である。 中でも自動車産業は日本が世界をけん引していく存在として注目を集めている。近年メキシコのグアナファト州では日本車の組み立て工場や部品の調達網が作られ多くのメキシコ人が自動車産業に従事している。日本とメキシコの経済関係はますます強固なものになってきている。両国が結んできた友情、寛容と連帯のように絆が深まることを期待したい。メキシコの12の都市と日本の都市は姉妹協定で結ばれている。姉妹都市では文化交流をはじめ様々なイベントが行われている。中でも大多喜町の大城祭りは毎年サムライがメキシカンハットをかぶってパレードしたり、メキシコ人女性が着物きたり友好的な雰囲気の中で行われている。
グアナファトー日本 ゴルフトーナメント
グアナファト州に多くの投資を行っている日本。その相互関係強化の一環として グアナファト州政府は第3回目となるグアナファトー日本ゴルフトーナメントを開催した。 Por Kokó México このゴルフトーナメントはサンミゲル・デ・アジェンデのマランキンゴルフクラブで18チーム合計72名が参加して開催された。 ギジェルモ・ロメロ・パチェコグアナファト州経済開発省長官は日本人とメキシコ人が直接交流できるこのようなイベントは大変重要であると述べた。 新しいビジネスの可能性を地元企業の経営者や海外の投資家と懇談するよい機会となった。参加者はメキシコ企業、日本企業ともに大変多くの方が交流トーナメントを楽しんだ。 アツモリメキシコ工業、住友コーポレーション、美濃メキシコ工業、カサイメヒカーナ、 カワダメックス、ナガセメキシコ、アンドラデ・ナバ組合、広島銀行、藤田コーポレーション、ヒロテックメキシコ、センコーロジスティクスメキシコ、マツジュウメヒカーナ、トウキョウ・ロキ・メキシコ、ワイテック、ケイレックスメキシコ、マツダ、ホンダ、トヨタ、在メキシコレオン領事館など多数の参加者があった。
トヨタが市場に与える影響
パブロ・セサル・カリージョ 新聞記者 グアナファト州政府とトヨタは15年に渡って工場誘致の話し合いを重ねてきた。 容易な交渉ではなかった。 2009年にはすでにグアナファトへの工場誘致は決定されていたのに世界経済危機に見舞われ計画は流れた。そして2011年再び計画がまとまったところで今度は日本が東日本大震災に見舞われた。 万全の準備で待ち望んだ2017年。市場全体を揺るがすような決定を下された。トヨタは当初予定していたカローラの生産プロジェクトを変更したのだ。投資額も減額された。 トヨタは難しい決断をしなければならなかったのだ。 2017年トランプ政権の誕生によって自動車産業もアメリカ国内での生産増加を迫られ、メキシコに工場を置く自動車産業に国境税をちらつかせ圧力をかけてきたのだ。 それでも グアナファトのトヨタ工場は健在だ。世界経済危機や東日本大震災そしてトランプ大統領にも屈することはない。
